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エターナル・マザー編

誘い

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決勝前夜、町は大きな賑わいを見せていた。

冒険者や観客として地方から来ている者たちはこぞって酒場を目指す。

町の酒場はどこも座れず、立ち飲みの客も多くいた。

彼らの話題はもちろん決勝戦について。

期待のルーキー、ナイト・ガイ。
リーダーである瞬炎のガイは波動を使わずとも、その天性のバトルセンスで他者を圧倒する。

"低波動"の汚名から一転、"龍涙"の通り名を手に入れたローラ。
恐らく波動使い同士の戦いであれば負けることはない。
なにせ相手の波動を一方的に封印し、こちらは存分に使えるという凄まじい能力を持つからだ。

そしてエリザヴェート。
S級冒険者であり、その戦闘能力は強敵を寄せ付けない。
さらにこちらも相手の波動を吸収し、使用制限させる波動能力持つ。


一方、相手チームであるブラック・ラビットは謎のパーティだ。

リーダーと思われる赤髪の男の波動は炎属性で強力な能力を持つ。
その能力は炎を"音"に乗せて運ぶものだった。
もしかすれば他の能力があるかもしれない。
また、この男の残虐性も勝敗をわけるところだろう。
"死ぬ"か"降参"かという相手にとっては究極の二択を迫り勝っている。

もう1人は青髪の青年でレイと呼ばれる男。
波動属性は水と思われたが地の波動を使うようだ。
しかも今日の試合において相手の波動連続展開で数値が増した攻撃をいもも簡単に防いでいた。
"波動数値が高い"とのことだが、攻防を見るに250万を超える波動数値なのではないかと予測できる。
そんな人間は未だかつていない。


これらを見る限り今回の闘技大会は歴史上最大のものとなるだろうと皆が口々に言う。

ただ残念なことはブラック・ラビットが2人だけのチームなため、たった1試合だけで終わる可能性があるということ。

観客たちは思う。
願わくば大将戦を見たい。
なにせ最後の試合では赤髪の男が出ることは決まっている。

みなは語り継がれるような''ド派手なリーダー対決"が見たかったのだ。

____________


翌日は朝から雨だった。

昨日の晴天を考えると全く予想だにしない天候。

早朝から宿を訪れた闘技大会の関係者が本日の"試合の延期"をナイト・ガイのメンバー達に伝えた。

さほど強い雨ではなかったが、試合、観戦ともに影響があるだろうと配慮してのもの。
なにせ最後の決勝戦であるから盛り上がりも期待して万全で望んでいきたいという闘技大会側の思惑だった。

ナイト・ガイが泊る宿。

ローラはベッドから体を起こし、いつもの服に着替えた。
白のキャミソールに青のホットパンツ。
前が空いたクリーム色のマントローブを羽織ると部屋を出る。

向かった先はガイの部屋だ。

「さすがにもう起き上がってるわよね」

そう呟きつつガイの部屋の前に立ちドアをノックした。
中からゴソゴソと音がして、しばらくすると眠気まなこを擦るガイがドアを少しだけ開けて顔を出した。

「なんだよ……今日は休みだろ?」

「そうよ。だから、ちょっと買い物付き合いなさいよ」

「なんでだよ」

「あたし、昨日の試合で武具が壊れちゃったから買いに行きたいのよ」

「エリザと行けばいいだろ」

ガイは二日経ってもルガーラ戦のダメージが抜けていなかった。
正直、そっとしておいてほしい……そう思っていたのだ。

「あたしはあんたと……」

「……俺と?」

「なんでもない!!」

ローラは顔を赤らめ走り去る。
その後ろ姿をため息混じりで見つめるガイ。

「なんなんだよ……」

そう独り言を呟くと部屋へ戻りベッドへ再び倒れ込んだ。

____________


小ぶりだった雨は強くなってきていた。

1人で露店を回るローラは大急ぎで建物の中に入る。
そこは小ぢんまりとした武具店だった。

「あー、最悪だわ……まさかこんなに降るなんて」

ローラは濡れたローブをパタパタと叩き雨粒を払った。
走ったせいで髪も乱れたので手櫛で整えてから、店内を見回す。

木作りの店内は奥にカウンターがあり、中央だけに陳列棚。
その両サイドに様々な武具が飾られている。

店には客がいなかった。

「ずいぶんと暇な店ね」

そう呟くと奥から咳払いが聞こえた。
カウンターに座る店主だろう。
思ったことを口にしないと気が済まないローラだが、さすがに今のはマズかったと自身の軽率さを恥じる。

気を取り直して店内を見て周った。

「やっぱりレイピアかしら」

そう思ってレイピアが並べられた場所を見る。
考えるに使いやすさでいったらダントツなのだが攻撃性に欠ける気がしていた。
思ったよりもダメージを与えられていない。
にも関わらず、見た目に反して結構重いのだ。
そうなると武器の変更も視野に入れたほうがいいかと悩んでいた。

「お姉様みたいに拳で戦うか……」

そう言ってすぐに首を横に振る。
メリル・ヴォルヴエッジ戦では上手くいったが、あれを何度も繰り返すのは現実的では無い気もする。

ローラは思考しながら真剣な表情でレイピアを凝視していると、いきなり背後から声を掛けられた。

それは若い男の声だった。

「やぁ、こんにちわ」

「ひゃぁ!」

驚いたローラの口から変な声が出た。
恐る恐る振り向くと、そこには青髪の青年が立っていた。
この青年がいつ店に入ってきたのかわからなかった。

「ごめん、ごめん、驚かせちゃったかな?」

「あ、あなた……確か……」

「ブラック・ラビットのレイだ。よろしく」

ニコニコと笑顔を向ける青年レイ。
昨日の試合の噂を少し耳にしていたローラは表情が強張る。

「そんなに警戒しなくてもいい。君は明日の試合、先鋒で出るんだろ?」

「な、なんで、わかるのよ」

「単純なパズルさ。君のパーティリーダーは何か訳あってか波動を制限されている。そうなると彼を中堅で僕に当てて、大将戦をS級冒険者である"彼女"に任せるのが自然だ」

「なぜ、ガイが波動を使えないことを……?」

「彼とはこの町に来てからすぐに会ってる。彼の手を見て気づいたが、波動を封印するための指輪を身につけていた。誰に付けられたのかはわからないけどね。この大会に出場している理由は恐らく純粋な戦闘能力向上の訓練……違うかい?」

「……当たってるわ」

「君は、彼のことは好き?」

「な、なんで、いきなりそんな話になるのよ!!」

ローラの叫び声が店内に響き渡る。
再びカウンターの方から咳払いが聞こえた。

「君に興味があるんだ。もっと君のことを知りたい」

「え……」

笑みを浮かべていたレイの表情が変わった。
一転したその顔は真剣なものだった。

「そ、それって、どういう意味よ」

「そのままの意味さ。もしよかったら明日の夜、食事でもどうかな?」

「なんで、あんたと!?」

「気が向いたらでいい。ああ、そうだ、そのレイピアなんて君に似合ってると思うけど」

「え?」

レイが指差したレイピアは護拳の部分が青い龍で模られている。
派手なように見えて、落ち着いた作りの剣だった。

「では、私はこれで失礼するよ」

そう言ってレイは笑みを浮かべ、少しだけ頭を下げると店を出て行った。

ローラの鼓動がどんどん速くなる。
これは明らかにデートの誘いだ。

ローラはレイから言われたレイピアを見つめるだけで顔を赤らめる。
動くことすらできず、ただ時間だけが流れた。

____________


今回の闘技大会決勝は今までに無いほどの組み合わせだった。

"ナイト・ガイ"対"ブラック・ラビット"

両者は向かい合う形でステージ下に待機していた。

なによりも闘技場に集まった観客は過去に類を見ないほどの多さだ。

伝説の武具が賞品であることもあるが、決勝の舞台にたどり着いた2つのパーティに注目は集まる。

……だが中堅、大将は、沸き立つ観客たちの意に反するものだった。

"ナイト・ガイ"
先鋒 ローラ
中堅 ガイ
大将 エリザヴェート

"ブラック・ラビット"
先鋒 なし
中堅 レイ
大将 赤髪の男


この組み合わせを見た観客は様々に言い放ち始める。

「怖気付いたのかよ!!」

「臆病者!!」

「なんで女の後ろに隠れてんだ!!」

これは全てガイに向けられたもの。
ここまで批判されると思わず困惑していた。

「波動が使えないんだよ……しょうがないだろ」

そう呟くガイだが、そんな事情など知らない観客はさらに興奮し始める。
隣に立つエリザヴェートがそれを見かねてガイの肩に優しく手を当て励ましの言葉を発しようとすると……

ステージ向かい側にいる1人の男を中心に凄まじい熱波が広がった。

その主は赤髪の男だ。

「文句がある奴は下りてこい。俺が相手をしてやる」

この言葉に慄然とする観客たち。
さらに赤髪の男は無表情で続けた。

「この俺の前に立つ度胸も無い人間がグダグダぬかすな。次にヤツらを侮辱した者は俺の炎で灰にしてやる」

隣に立つ青髪の青年とは違って凄まじい圧。
観客たち額に汗が滴る。
彼らは、この瞬間だけは生きた心地がしなかった。

一方、ナイト・ガイのメンバーたちは赤髪の男の発言に困惑していた。

「赤髪って……もしかして実はいいヤツ?」

「さ、さぁ?」

「ぶ、ぶ、ぶ、武人なのかもしれないわね。今から戦う相手が馬鹿にされていたら黙ってはいられない……敬意を感じるわ」

エリザヴェートの"敬意"という言葉に眉を顰めるガイ。
ステージの向こう側に立つ赤髪の男を見つめるが、一体何を考えているのかはわからない。

ただ一つ言えることは、"凄まじい殺気"を感じるということ。
戦いが始まれば瞬時に噛み殺しに来る……そう思わせるほどの圧を感じた。


そして先鋒戦。
ブラック・ラビット側には先鋒はいないのでローラの不戦勝となった。

決まりによりステージに上がるローラ。
その時、青髪の青年レイと目が合った。
ニコニコと笑みを浮かべるレイの表情を見たローラは少し顔を赤らめる。

束の間、審判が不戦勝を伝えるとローラは俯きながらステージを下りた。

ガイはそんなローラを見て首を傾げる。

「どうしたんだよ」

「な、なんでもないわよ!」

なんでもないにしては動揺している、と思ったガイだが、これ以上は突っ込まないことにした。
いつものように言い争いになっても面倒だ。

そんなやり取りをしていると中堅であるレイがステージに上がっていた。
ガイもローラとすれ違いざまにステージへと上がる。

ガイとレイは向かい合った。
7本のダガーを全身に身につけるガイは異質ではある。
だがレイという青年も負けてはいない。
昨日の試合の噂を耳にしたが着ているローブの下にはあらゆる武器を装備していると。

今は大きな杖だけを持っているが、一体どんな戦い方で攻めてくるのか全く見当もつかない。

落ち着いた表情のレイを見て、ガイは深呼吸した。

闘技大会決勝、中堅戦
"ガイ"対"レイ"の試合は幕を開ける。
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