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素直になって側にいたい

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「ニーナは何か買いたい物があるのか? 特別な物でなければ、商人ギルドよりも市場の方が探しやすいと思うが」
「ううん、買い物じゃなくて、仕事を探しに来たんだ」

 広場が近くなったのか道幅が段々と広くなり、また話をする余裕が出てきた。

「仕事……」
「うん、働いて稼がないとね! 商人ギルドならちょっとツテがあって」
「……そんなすぐに働かなくても良いんじゃないか? ニーナは王都に来たばかりなのに」

 カインはほんの少しだけ拗ねた風に言った。ニーナはそんなカインを見ていると、からかいたい気持ちがふつふつと湧き上がって来た。

「え~、仕事と住む所はちゃんとしておかないとさ。ほら、け、結婚を考えるならさ、大事なことだし?」
「それは……」
「ふふふ、カイン君はニーナお兄さんとまだまだ遊びたいんだろ~」

 握った手を指先で撫でるとカインは何か言いたげだったが、フイとそっぽを向いてしまった。ニーナがニヤニヤしているとカインはきまり悪そうな表情をした。

「ニーナは大変な目に合って大怪我をしたのだから、多少羽を伸ばしても良いのではないかと……そんな風に思っているだけだ」
「そうなんだ~」

 クスクスと笑っていると「あまりからかわないでくれ」と更に拗ねられた。

「住む所も、別に探さなくとも……」
「まあ、しばらくは宿屋住まいかな。安い下宿があれば良いよね」
「俺の所に来れば良いだろ」
「……え?」

 カインの言葉の意味がいまいち理解出来なかったニーナは聞き返した。

「カインの、所? え、えーと、一緒に、住むってこと……?」

 カインは至極真面目な顔をしている。冗談ではなさそうなのでニーナはたじろいだ。

「……姉が遺してくれた家は部屋も空いているし、大人二人でも十分に暮らせる」
「う、うん……?」
「姉がA級冒険者になってから建てたので新しいし、小さな庭もある。周囲も静かな良い場所で……」
「もう! ちょっと待ってよ!」

 往来でそんな話を切り出されるとは思っていなかったのでニーナは慌てた。

 広場が見えて来たので「立ち止まって話そう」と言い、広場入口にあるギルドの案内板の横までカインを引っ張って行った。

 手を離すとカインはしゅんとした子犬のような顔になったので、ニーナはこんな時なのに胸がキュンと鳴った。

(か、可愛い。手は繋いでいたかったんだな……ああ、もう……今は胸を高鳴らせている場合じゃないのに)

 大きく息を吸ってニーナはカインを見つめた。

「カイン君、ちょっとさ……毎回、色んなことが、いきなり過ぎるんじゃないかなあ……」

 結婚を申し込まれた時のことを思い出しつつニーナは言った。

「ニーナが王都に来るのなら、俺の家で暮せば良いとずっと考えていた」
「初めて聞いたんだけど……」

 ニーナが口を尖らせるとカインは「今初めて言った」と悪びれる風もなく返した。

「う、嬉しいけど、さっき王都に来たばかりなのに、突然言われたら戸惑うって言うかさ」
「……嫌だったか?」

 カインはこちらを窺うように見つめた。暗い瞳に不安が滲んでいる。

「嫌じゃないよ! でも、恋人になってまだ日も浅いし」
「……出会ってからはもうすぐ五ヶ月になる」
「そういう問題じゃないって!」

 ニーナがムキになって耳や尾の毛を逆立てていると、カインがなだめるように頭を撫でた。

「今は撫でるの……やだ」

 カインの手を掴んで撫でるのを止めさせると、切なげな眼差しがニーナに向けられた。

「ニーナ……」
「ぐ……そんな顔するなよな」

 カインがたまに見せる子どもっぽい部分にニーナは酷く弱い。眉を下げて懇願するような表情のカインにニーナは胸がときめいて仕方なかった。

「分かったよ……好きなだけ撫でれば良いだろ!」

 そう言ってカインの手を離した。カインは眉を下げたままニコリと微笑むと、逆立ったニーナの毛並みを整えるように頭を撫でた。

「性急なのは、分かっているんだ」
「ん……」

 往来でこれ以上騒ぐわけにもいかないので、ニーナは大人しくされるがままになった。

 たまに通行人がチラチラとこちらを見て行くが、痴話喧嘩だと分かると生暖かい目でうんうんと頷き去って行く。ニーナは居心地が悪いのと照れくさいのとで顔が熱くなった。

(カインの職場近くで……どうしてこんなことに。知り合いに見られるとか気にならないのか?)

 しばらくしてカインは毛づくろいを終えると満足そうに手を離した。

「俺はニーナが側にいてくれると幸せなんだ」
「そ、そう」
「……身勝手だと怒っているんだろ?」
「怒ってはいないよ……ただ」

 恋人になり、結婚してカインと家族になれば一緒に暮らすことになる――それはニーナも分かっていたが、まさか王都に着いた矢先に一緒に暮らすだなんて考えてもいなかった。いつか見た夢の続きのようにも思えたが、今は全て現実だ。

「……オレはカインとちゃんと向き合いたいんだ」

 カインはニーナのことをいつも信用してくれるのに、今回の件に関して何の相談もなかったことを寂しく感じていた。

「だから王都で仕事とか住む所をちゃんと見つけて自分の足で立って……逃げ出さずに、カインと肩を並べて生きて行きたいなって思ってたんだ……」

 ニーナはそう言い終えると「オレの方が身勝手だね」と耳をペタンと垂らした。

「ごめん。カインがオレのためを思って……一緒に住もうって言ってるのは分かるんだけど。でも、ずっと頼りっぱなしなのはオレ……ちょっと自分が情けなくなっちゃって……」
「……謝らないでくれ」

 カインは口元を押さえて目を泳がせた。

「すまない……ニーナの気持ちを無視するようなことをしてしまった。俺はただ……周囲への牽制になればと、つまりは……」

 カインが歯切れの悪い言葉を呟き、また子犬のような表情になった。

「……嫉妬しているんだ」
「嫉妬?」
「ああ、ニーナは知らないと思うが……」

 カインは相変わらず歯切れ悪く言い「ベンチに座ろう」と広場に点在する木製のベンチを指さした。ニーナはコクリと頷き、カインの手を握りしめてベンチに向かった。

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