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元勇者のためらい(ハル視点)
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ベギン村襲撃から3ヶ月経ち、その間にグラステラ王国暦は1196年になっていた。
平時ならば新年を祝う行事がグラステラには沢山あるのだが、国自体が魔王復活という有事にそれどころではなくなっていた。
「新年の祝い事は大事にしたいのだがねぇ」
「まあまあ、オズワルド殿」
「オズワルド様の言いたいことも分かります」
「ハル、器が空だぞ。スープのおかわりはどうだ?」
野営中、焚き火を囲みながら日常会話を繰り広げる美形の男達をハルは何の気なく見回した。
「何だいハル、人の顔色を窺って。17歳なんてまだまだ育ち盛りなんだから遠慮せずに食べたらどうだい」
視線に気づいた暗青色の長い髪に水色の目をした美貌の男――千里眼の二つ名を持つ魔法使いのオズワルド・シンがこちらを見てからかうように言った。
「ハル殿、兵站に関しては我ら騎士団が滞りなく管理しております。どうぞ遠慮なく!」
金髪碧眼で良く声の通る胡散臭いくらいに爽やな美男子――星火騎士団第五部隊隊長のアルベルト・エステバンがにこやかに言った。
「ハルさん! もしかして胃の具合が良くないんですか!? 僕は内臓疾患は専門ではありませんが診ましょうか!? いえ、診てみたいです!」
白に見える金髪に紫色の目を持つ美少年然とした男――王立研究所所属の若き治療術師シオン・ウェルヴィカは知識欲を隠しきれないない風に言った。
「輝ける星の大地で採れた物を胃の腑に納めれば、星との結びつきはどんどん深くなると言われている。ハル、器をこちらに」
黒髪に灰色の目、頭の上に獣の耳を持つ野性的な美丈夫――天狼族の戦士ラルゴ・ノアは目を細め、焚き火の上にある鍋をスープレードルでかき混ぜながら言った。
「……ありがとう。頂くよ」
ハルはおかわりを遠慮していたわけではなかったが、煌びやかな男達に気圧され、器をラルゴに差し出した。
(だいぶ見慣れて来たが、本当に美形ばかりだ)
さすが恋愛シュミレーションゲームの登場人物でもあるなとハルは息をつき、スープのおかわりを受け取った。
「シオンはもう食べなくても大丈夫か?」
ラルゴは器を置いたシオンに声をかけた。
「僕はもうお腹いっぱいで、食べられそうにないです……」
「そうかそうか、気にするな」
穏やかに言うと鍋をかき混ぜ、焚き火の火加減を調整するように木の枝を焚べた。
ラルゴは天狼族の次期族長と言われる戦士で、十代のシオンとハルを何かにつけて気にかけていた。天狼族は年長者が若者の面倒を見るのが当たり前という生活をしているので、自然とそういった立ち振舞になるようだった。
「もし後で腹が減るようならば、俺が食べられる木の実を取って来るから言ってくれ」
「わあ、この辺りに食べられる木の実なんてあるんですか!? 知りたいです!」
「ああ、低い木に隠れるように成っている実で……」
ハルはラルゴとシオンのやり取りを眺めながら具沢山のスープを咀嚼した。二人の会話には兄と弟と言うか、父と子のような微笑ましさがある。
この二人とは旅を始めてから2ヶ月程経ってから出会った。それぞれ獣人の集落、王立研究所と出会った場所は違ったが、志高く魔王浄化の旅に加わってくれた。
回りくどくアクの強い魔法使いと、キラキラし過ぎて胡散臭い騎士に挟まれていたハルにとって、二人は一服の清涼剤だった。
(3ヶ月でやっと聖なる剣の物語の仲間が全て集まった。現実だと物語をスキップしたり出来ないから、どうしても日数がかかってしまう)
ソードストーリーは十時間程でクリア出来た。ハルは聖なる剣の物語はクリアしていないが、こちらも恐らく数十時間でエンディングを迎えることが出来るはずだ。
(時間の重みを感じるな。時間をかければかける程、この物語はハッピーエンドに辿り着けるのかと疑ってしまう)
この3ヶ月、ハルはずっと手探りで勇者をやっている。魔王が数多の結界を破壊するのを食い止めるように古い結界を修繕して周り、首領級の魔族に襲われた街に援護へ向かい、時には隠されたダンジョンに潜みながら進み――グラステラ王国は広大だ。目的地に移動するだけで数日かかることもあった。
何故そんなにグラステラ王国が広大かと言えば、この大陸が「輝ける星の大地」とだけ呼ばれていた頃に遡る。
遥か昔「輝ける星の大地」には国家と言えないような小国が寄り集まって長く戦乱の世が続いていた。そこに初代グラステラ皇帝となる人物が現れ、小国を統一して大グラステラ帝国を築いた。それから「輝ける星の大地」はほぼ大グラステラの領土となって多種族国家を形成し、他の大陸では類を見ない程の大帝国を築き上げたが――
その後、大グラステラ帝国の栄華は百年程続いてから緩やかに衰退し、戦争や独立を経て現在の「グラステラ王国」となった。
つまり帝国時代の名残でグラステラ王国は今でもやたらと広い領土を持ち、人間族から獣人族、そして精霊族といった様々な種族が王国民として存在しているのだった。
(基本的に陸路移動で、飛び地になっている場所は船にも乗ったけれど、もっと文明が発達していれば馬以外の交通手段があったんだろうな)
この世界には魔法を動力とする気球や飛行船は存在していたが、遊覧飛行が目的の物で早く移動することには向いていない。ハルが前世の知識で知っているような便利な交通手段はグラステラにはまだまだ出来そうになかった。
(俺はまた無いものねだりをしている)
ハルはスープの具材を噛み締めながら、揺らめく焚き火の火を見つめた。
平時ならば新年を祝う行事がグラステラには沢山あるのだが、国自体が魔王復活という有事にそれどころではなくなっていた。
「新年の祝い事は大事にしたいのだがねぇ」
「まあまあ、オズワルド殿」
「オズワルド様の言いたいことも分かります」
「ハル、器が空だぞ。スープのおかわりはどうだ?」
野営中、焚き火を囲みながら日常会話を繰り広げる美形の男達をハルは何の気なく見回した。
「何だいハル、人の顔色を窺って。17歳なんてまだまだ育ち盛りなんだから遠慮せずに食べたらどうだい」
視線に気づいた暗青色の長い髪に水色の目をした美貌の男――千里眼の二つ名を持つ魔法使いのオズワルド・シンがこちらを見てからかうように言った。
「ハル殿、兵站に関しては我ら騎士団が滞りなく管理しております。どうぞ遠慮なく!」
金髪碧眼で良く声の通る胡散臭いくらいに爽やな美男子――星火騎士団第五部隊隊長のアルベルト・エステバンがにこやかに言った。
「ハルさん! もしかして胃の具合が良くないんですか!? 僕は内臓疾患は専門ではありませんが診ましょうか!? いえ、診てみたいです!」
白に見える金髪に紫色の目を持つ美少年然とした男――王立研究所所属の若き治療術師シオン・ウェルヴィカは知識欲を隠しきれないない風に言った。
「輝ける星の大地で採れた物を胃の腑に納めれば、星との結びつきはどんどん深くなると言われている。ハル、器をこちらに」
黒髪に灰色の目、頭の上に獣の耳を持つ野性的な美丈夫――天狼族の戦士ラルゴ・ノアは目を細め、焚き火の上にある鍋をスープレードルでかき混ぜながら言った。
「……ありがとう。頂くよ」
ハルはおかわりを遠慮していたわけではなかったが、煌びやかな男達に気圧され、器をラルゴに差し出した。
(だいぶ見慣れて来たが、本当に美形ばかりだ)
さすが恋愛シュミレーションゲームの登場人物でもあるなとハルは息をつき、スープのおかわりを受け取った。
「シオンはもう食べなくても大丈夫か?」
ラルゴは器を置いたシオンに声をかけた。
「僕はもうお腹いっぱいで、食べられそうにないです……」
「そうかそうか、気にするな」
穏やかに言うと鍋をかき混ぜ、焚き火の火加減を調整するように木の枝を焚べた。
ラルゴは天狼族の次期族長と言われる戦士で、十代のシオンとハルを何かにつけて気にかけていた。天狼族は年長者が若者の面倒を見るのが当たり前という生活をしているので、自然とそういった立ち振舞になるようだった。
「もし後で腹が減るようならば、俺が食べられる木の実を取って来るから言ってくれ」
「わあ、この辺りに食べられる木の実なんてあるんですか!? 知りたいです!」
「ああ、低い木に隠れるように成っている実で……」
ハルはラルゴとシオンのやり取りを眺めながら具沢山のスープを咀嚼した。二人の会話には兄と弟と言うか、父と子のような微笑ましさがある。
この二人とは旅を始めてから2ヶ月程経ってから出会った。それぞれ獣人の集落、王立研究所と出会った場所は違ったが、志高く魔王浄化の旅に加わってくれた。
回りくどくアクの強い魔法使いと、キラキラし過ぎて胡散臭い騎士に挟まれていたハルにとって、二人は一服の清涼剤だった。
(3ヶ月でやっと聖なる剣の物語の仲間が全て集まった。現実だと物語をスキップしたり出来ないから、どうしても日数がかかってしまう)
ソードストーリーは十時間程でクリア出来た。ハルは聖なる剣の物語はクリアしていないが、こちらも恐らく数十時間でエンディングを迎えることが出来るはずだ。
(時間の重みを感じるな。時間をかければかける程、この物語はハッピーエンドに辿り着けるのかと疑ってしまう)
この3ヶ月、ハルはずっと手探りで勇者をやっている。魔王が数多の結界を破壊するのを食い止めるように古い結界を修繕して周り、首領級の魔族に襲われた街に援護へ向かい、時には隠されたダンジョンに潜みながら進み――グラステラ王国は広大だ。目的地に移動するだけで数日かかることもあった。
何故そんなにグラステラ王国が広大かと言えば、この大陸が「輝ける星の大地」とだけ呼ばれていた頃に遡る。
遥か昔「輝ける星の大地」には国家と言えないような小国が寄り集まって長く戦乱の世が続いていた。そこに初代グラステラ皇帝となる人物が現れ、小国を統一して大グラステラ帝国を築いた。それから「輝ける星の大地」はほぼ大グラステラの領土となって多種族国家を形成し、他の大陸では類を見ない程の大帝国を築き上げたが――
その後、大グラステラ帝国の栄華は百年程続いてから緩やかに衰退し、戦争や独立を経て現在の「グラステラ王国」となった。
つまり帝国時代の名残でグラステラ王国は今でもやたらと広い領土を持ち、人間族から獣人族、そして精霊族といった様々な種族が王国民として存在しているのだった。
(基本的に陸路移動で、飛び地になっている場所は船にも乗ったけれど、もっと文明が発達していれば馬以外の交通手段があったんだろうな)
この世界には魔法を動力とする気球や飛行船は存在していたが、遊覧飛行が目的の物で早く移動することには向いていない。ハルが前世の知識で知っているような便利な交通手段はグラステラにはまだまだ出来そうになかった。
(俺はまた無いものねだりをしている)
ハルはスープの具材を噛み締めながら、揺らめく焚き火の火を見つめた。
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