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18:押してしまったスイッチ(1)
しおりを挟む帰りの馬車でジェレミーはずっと無言だった。彼は何を考えているのだろう。
あの求婚は、リリアンの適当な返事によって本当に成立してしまうのだろうか。
『冗談だ』と逃げたことが、彼の押してはいけないスイッチを押してしまったのだろうか。
これから、彼はどうするつもりなのだろうか。
そんな、考えても答えの出ないことが頭の中をぐるぐると駆け巡ってどうしようもないリリアンは翌日、ほぼ放心状態のまま元婚約者ヨハネスの元を訪れていた。
「そんなことになってたのか」
山積みの書類をデスクに放置したままのヨハネスは、リリアンの方が大事だとでも言わんばかりに彼女にお茶を勧める。
大方、サボりの口実ができたとでも思っているのだろう。
ダニエルはヨハネスに聞こえるように『はぁー』と大きなため息をこぼすと、主君の椅子に座り、主君の代わりに仕事を片付け始めた。
騎士の仕事って一体何だろう、なんて考えたら負けだ。
「ヨハネス殿下はご存知だったのですか?」
「何が?」
「その、ジェレミーが私のことを……、す、好きとかいう話……」
自分で言うのが憚られるのか、リリアンは落ち着きなく目を動かす。ここまで動揺している彼女はなかなかに珍しい。ヨハネスはその事実に少しだけ嫉妬した。
「私も知ったのはつい最近だ」
「なぜ教えてくださらなかったのですか? 婚約解消の話をしたときに一言いっておいてくだされば、よかったのに……」
「言えるわけないだろう。あれは他人が伝えて良い想いじゃない」
「それはそうかもしれませんけれど……」
「君がジェレミーの告白をなかったことにしようとした罪を、私のせいにしないでくれ」
「うぅ……。意地悪ぅ……」
ヨハネスの痛い指摘にリリアンは体を小さくした。
予想していなかった告白。ジェレミーが跪いたあの瞬間、リリアンの脳裏によぎったのはそれを聞いたことにより変わってしまうかもしれない彼との関係性だった。
これを断れば、ジェレミーはもう自分に笑いかけてくれなくなるかもしれない。
けれど、弟としてしか見てこなかった彼をそんな風に見ることはできない。
公爵邸に戻ってからの一週間が楽しすぎたが為に、その日々を失いたくないと瞬間的に思ってしまったリリアンは咄嗟に彼の告白を無かったことにしようとした。
「やっぱり、最低でしたよね……」
「まあ、やられた方は辛いよな」
「……ですよね」
「どんな顔をして会えば良いかわからないから、先に私のところにきたのか?」
「おっしゃる通りです。どうすれば良いのでしょう」
「とりあえず、早急にあいつのところに行くべきだと思うぞ?」
昨日の今日で、ジェレミーのところに行かずに元婚約者のところにいるというのは心証がよくない。
リリアンは確かにそうだと、持っていたティーカップをテーブルの上に置くと、席を立った。
「あの、殿下はジェレミーに会いましたか?」
「昨日、帰ってきてすぐにな」
「何か言ってましたか?」
「君に求婚を受け入れさせたと報告してきたくらいだ。それ以外は特に何も」
「受け入れさせた、か。わかりました。ありがとうございます」
ジェレミーの報告の仕方は、違和感のある言い方だ。彼が今何を思っているのか確かめた方がいい。
リリアンはペコリと頭を下げると、ヨハネスの執務室を出た。
すると……、
冷たい目をしたジェレミーが目の前に立っていた。
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