【完結】狂愛の第二皇子は兄の婚約者を所望する

七瀬菜々

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17:ひどい人

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 耳まで赤く染め上げて、震える手で花束を渡すジェレミー。
 彼にとっては、まさに一世一代の告白だった。
 これまでの心地よい関係性を壊してまで、手に入れたいと思ったから、この無謀な告白に一縷の望みを賭けた。
 
 しかし……、

「やだ、ジェレミーったら。なんの冗談?」

 リリアンは彼の本気の思いを冗談だと捉えた。

「……じょう、だん?」 

 この女は今、冗談と言ったのか。ジェレミーは信じられないものを見るような目でリリアンを見上げた。
 ここまで真剣に伝えたのに、それが伝わらないなんてあり得るのだろうか。普通ならあり得ない。
 まさか、この求婚を冗談だと軽く流されるなんて思ってもいなかったジェレミーは目を大きく見開いてジッとリリアンの碧い瞳を見つめた。
 すると、薔薇を受け取り、困ったような表情で笑う彼女のその瞳は……、


 微かに揺れていた。
 

「ハハッ……」

 ジェレミーからは乾いた笑みが溢れた。
 はぐらかされた。やはり伝わっていないなんてあり得ない。
 ジェレミーは言いようのない怒りが込み上げてくるのを感じた。
 
「……冗談?」
「……え?」
「リリアンは俺のこの告白を冗談だと言うのか?」
「だ、だって、ほら。私とジェレミーは姉弟みたいなものじゃない?だから……その、あり得ないって思ったというか……」
「あり得ない? どうして? どうしてそう思うの?」

 苦笑いでコテンと首を傾げるリリアンの姿に、ジェレミーの中で何かがプツンと切れた。
    
(俺が、どんな思いでこの日を迎えたと思って……!)

 彼はリリアンの手にある薔薇を取り上げると床に投げ捨て、そして彼女をソファに押し倒した。
 
「きゃっ! 何!?」
「俺の気持ちを受け入れる気がないならそう言えばいいだろう!」
「ジ、ジェレミー?」
「わざわざ、こんな遠回しに断らなくても、無理なら無理ってそうハッキリと言えばいいんだ!」
「ま、待って。……ねえ、待ってジェレミー。違うの」
「何が違うんだよ、リリアン。君は思っていたよりもずっと残酷なことをするんだな!?」

 そう言って、悲痛な表情で殺気を放つジェレミー。
 彼は何度も小さく『リリアン』と呼びながら、彼女の頬を撫で、その手を首元へと滑らせた。そして喉を親指の腹で軽く抑える。
 リリアンは苦しそうに顔を歪めながらも、ジッと自分の首を絞める彼の目を見つめた。

 普通の人間なら、その黄金の瞳で鋭く睨まれたら恐怖のあまりに目を逸らすだろう。
 だが、リリアンの目には、動揺の色はあれど恐怖はなかった。

(そういうところだよ……。リリー……)

 彼女の無意識な行動が、彼を泥沼へと誘う。

 優しい声色で名を呼ばれれば胸が躍り、その花のような笑顔を見れば体が熱くなり、言葉を交わせばその度にどんどんと深みへとハマっていく。
 そばにいても手を伸ばすことなど許されないのに、想いは加速するばかりだ。

 それでも、ずっとそばに居たいから、溢れ出しそうな感情を何度も何度も必死に抑えてきた。
 
「リリアン……。君にわかるか? 兄の婚約者を好きになった弟の立場は地獄でしかないんだよ?」

 その地獄を耐えてきた。この日まで。
 そして、やっとの思いで伝えたのに、この仕打ちはあんまりだ。

 -----こんなにも好きにさせておいて。
 
「君に、俺の思いを否定する権利なんてないよ」

 声を震わせてそう言ったジェレミーの姿は今にも壊れてしまいそうなほどに弱々しかった。

「ご、ごめんなさい。ジェレミー……」

 リリアンは彼の首元に手を伸ばすと、自分の方へと引き寄せ、優しく髪を撫でる。
 まるでガラス細工でも扱うかのように、とても優しく彼に触れた。

「リリアン・ハイネ」

 この女は謝ってはいるが、きっと何が悪かったのかもよくわかっていないのだろう。
   ジェレミーはリリアンの首元に顔を埋めると、重く低い声で名前を呼んだ。
 リリアンはカナリアのように愛らしい声で、聖女のように優しく『なぁに』と答えた。
 
「ずっとだ。ずっと、好きだった……」
「うん……」
「ずっと、近いのに遠い距離がもどかしくて……。ずっと自分のものにしたかった」
「そ、そう……」
「俺を弟としか思ってない君が憎らしくて、子ども扱いされるたびに悔しくて……。兄上の隣に立って微笑む君を、ずっと殺したかった」
「ころ……!?こ、ころっ!?」
「好きなのに、愛したいのに……。憎らしくて、殺したくて……」
「お、おおう……」

   思っていたよりもずっと重たい想いに、リリアンの声はところどころ動揺で裏返る。
   そしてリリアンが動揺するたびに、思い知れと言わんばかりにジェレミーは彼女に体重をかけた。
 年下といえど、もう立派な男だ。胸を圧迫されて息苦しいリリアンは苦しさのあまり、目尻に涙を滲ませた。

 その涙が、ジェレミーの心の奥底に眠る嗜虐心をくすぐる。
   
 ダメだとわかっているが、自分のせいで太陽のような微笑みが似合う彼女が顔を歪ませている。その事実に、仄暗い喜びを覚えた。
 こんなにも自分を苦しめているんだ。多少の苦痛を与えてもバチは当たるまい。

「リリアン。リリアン……」
「……ごめんなさい。本当にごめんなさい。私が、悪かったわ…」
「悪かった? 本当にそう思ってる?」
「思ってる思ってる」
「そう。じゃあ態度で示して」
「た、態度!?」
「態度」
「わ、わかった……。私は何をしたら良いのかしら……?」
「……好きになってほしいなんて言わない」
「ん?うん?」
「ただ、俺のそばにいて欲しい。俺のものになってほしい」
「わかった。貴方のものになるわ、ジェレミー」
「本当に?」
「うん。なる。なるなる……」

 リリアンはジェレミーの背に回した手に少しだけ力を入れた。

 明らかに軽い口調。
 死にたくない。この苦痛から逃れたいがために同意したに過ぎない承諾。
 リリアンの中に眠る生存本能が、ジェレミーの求婚を受け入れさせただけにすぎない。
 
 これが、正当な手段じゃないのは理解している。彼女を思うのなら、相手にされていない時点でスッと引くべきなのだろう。
 けれど、思い知らせてやりたいという欲求が抑えられない。
 この複雑に絡み合う感情を、愛と呼ぶには歪みすぎたこの感情を冗談だと流そうとするのなら、それが冗談でない事をその小さい体に教え込ませてやればいい。

(もう言質はとった……)

 後のことは後で考えれば良い。
 逃げようとするのなら、こちらだって容赦はしない。
 そもそも、先に引き金を引いたのはリリアンの方だ。

 -----捕まえた。逃がさない。


 ジェレミー・フォン・ベイルはこの日、兄の元婚約者を手に入れた。

 



 
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