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四十八 兄弟喧嘩
しおりを挟む「――という訳なんだ……」
『絶対、先輩の部屋に入れないで! 俺の部屋に突っ込んどいて! あと二人っきりダメ! すぐ帰るから!』
「あー……、うん」
風馬の声に、曖昧な返事を返す。俺の後ろでは亜嵐が、風馬の部屋を物色して「へー」とか「ふーん」とか言っている。
電話を切り、クローゼットを開けようとしている亜嵐を止める。お前、俺だって物色したことないのに。
「失礼だろ。家探しするな」
「大丈夫ですよ。風馬も怒らないですよ~。俺たち兄弟だし」
「そう言う問題じゃない」
実際、風馬は怒らないのかもしれないけど(そんなことはない気がするが)、居ないところで見るのはマナー違反だろう。まあ、俺の弟も、俺の部屋で好き勝手に物色しているようだが。
(なんとなく、嫌なんだよな……)
俺が知らない風馬のことを、亜嵐が勝手に見るのが嫌だ。俺はまだ風馬に遠慮があるし、私物を勝手に見たりはしない。こうやって彼が居ない部屋に勝手に上がり込むのも、何だか気が引ける。
(本当は俺の部屋でも良いんだけど……)
それだけは、絶対に嫌そうだったし……。ラウンジで過ごすのも、亜嵐の正体がバレてしまっては、部外者を入れているのがバレてしまう。それは、マズい。
「ったく……大人しくしてろよ!?」
「でも、暇じゃないですか」
「動画でも見てろ」
唇を尖らせる亜嵐に、重いため息を吐く。取り合えず、風馬が何を心配しているのかは解っている。俺と亜嵐が二人きりなのが不安なのだろう。そんな誤解をされる筋合いはないんだが。
(俺は尻軽じゃないぞ)
イケメンが好きでも、恋人として好きなのは風馬ただ一人である。まあ、ちゃんと告白していないのだから、風馬が不安になるのも解るのだが……。
目を離すと何をするか分からない亜嵐なので、亜嵐をベッドに座らせ、自分は玄関の傍で立ったまま、風馬の帰りを待つのだった。
◆ ◆ ◆
「――お前っ……!」
帰るなり、風馬が足音を立てながら亜嵐に詰め寄る。一瞬怒鳴りそうになるのを、声をこらえて拳を握る。一方で、怒られているはずの亜嵐の方は、気の抜けた顔で顔をあげた。
「お帰り~。アルバム渡そうと思ったのに、返事ないからさ~」
「あのなあ!」
苛立ちを露にしながら、風馬は一度ハァと溜め息を吐き出した。それから、玄関付近に立ったままだった俺の方を振り返る。
「先輩、すみませんでした……」
「うん。お帰り。もう玄関入れたんだ」
「今業者さんが帰ったところみたいです」
ちょうど良いタイミングだったようだ。風馬の気持ちも解るが、寮内で騒いでいると大事になりかねない。亜嵐がホイホイと入ってきてしまったのが一番の問題ではあるが、須藤が勘違いしてしまったのもあるし、気づかれないうちに追い出した方が良いだろう。
「取り合えず、亜嵐くんには帰ってもらった方が良いね。今後は勝手に入っちゃダメだからね」
「はい。済みませんでした。あ、鈴木さんにもアルバム持ってきたので」
ニコニコ顔でアルバムを取り出す亜嵐は、あまり反省した様子がなかった。芸能人はあまりコンプライアンスに厳しくないのだろうか……。風馬の怒った様子も、あまり効果がなさそうである。風馬が以前「疲れる」と言っていたが、亜嵐の元々の性格もあるのだろう。
「ああ……どうもね……」
なんだか素直にお礼を言うのが少し癪だが、貰ったものに礼を言わないのも気持ちが悪いので、そう返事をする。亜嵐はニコニコ顔だ。
「結果として鈴木さんに直接渡すことになりましたけど、良かったです。もう一度お会いしたかったので」
「え?」
困惑の表情を浮かべる俺に、亜嵐が笑顔を浮かべる。
「実はあと少しで何か掴めそうだったんですけど――良かったらまた、話を聞いてもらっても――」
亜嵐の言葉を遮るように、風馬が目の前に立った。亜嵐は目を丸くして、風馬を見る。
「風馬?」
「お、前っ……!」
風馬が、亜嵐の胸倉を掴む。殴りかかりそうな勢いに、驚いて背中から抱き着いて止めに入る。
「風馬!」
「何なんだよ! そうやって、いつもいつも……! 俺から、奪おうとするなよ!!」
「――」
亜嵐が、息を呑んだのが解った。風馬は今まで堪えていた言葉を止められなかったようで、吐き出すように叫び出す。
「何で、そうなんだよ! そうやって、ヘラヘラ、ヘラヘラ……! 俺からなんでも持って行って、楽しいのかよ! 何でも、奪えると思うなよ! ――一太さんに、触るな! 触るなよ!」
「ふう、ま」
風馬の苦しさを、知っていた。けれど、目の前で見せつけられ、胸が締め付けられる。どうしていいかわからず、俺はただ絞り出したような風馬の背中を見つめた。いつもより、ずっと頼りなさそうな背中は、子供のように見えた。
亜嵐が、青い顔をしたまま立っていた。
「……かよ」
どのくらい、無言だったのか分からない。最初に口を開いたのは、亜嵐だった。
「俺だけが、悪いのかよ……?」
呟きに、風馬が顔を上げる。亜嵐は、泣きそうだった。
「俺が始めると、すぐに諦めて来たのは誰だよ。そんなに好きなら、どうして諦めたんだよ。俺と同じ道には、一度も来たことがないよな。何でそんなに避けて来たの? 俺のこと、そんなに嫌いだった?」
「……亜嵐」
「スカウトされたとき、俺は断れば良かった? お前が好きだった子が俺を好きになったのは俺のせいなの? お前には、悪かったと思ってるよ! けど、お前のために俺はすべてのチャンスを捨てるべきだったのか!? お前に遠慮して、何も選ぶべきはなかったのか!?」
「――っ、それ、は……」
「何で、俺がスカウトされただけで、役者の道を諦めたんだよ! 何で、目の前から去るものを、掴んでなかったんだよ!」
「お……、お前に、俺の気持ちなんか、解らないだろ……!」
「ああ、解らないよ! でも、俺の気持ちも、風馬は解らないだろ!」
目の前の兄弟げんかに、口を挟めるわけもなく、ただ茫然と二人を見つめる。どうすれば良いのか分からない。けど、今は、止めるべきでもないと思った。
「俺は――俺は、お前のこと、凄い奴だと思ってるんだよ……。俺には、夢もなくて、好きなものもなくて、それで、お前の真似ばっかりしてきたことは――悪いと、思ってる……。でも」
「……」
「憧れだったんだ」
絞り出したようにそう言って、亜嵐は唇を結んだ。ぐずっと、鼻を啜って、俺の方を向く。
「済みません、お騒がせしました」
「亜嵐くん……」
それだけ言って、亜嵐は部屋から出ていく。風馬は、うつむいたまま、何も言わなかった。
「……風馬」
何と声を掛けたら良いのか、解らなかった。
亜嵐は、解っていたんだな。自分のことも、風馬のことも。もしかしたら、役者の夢を捨てずに、追いかけて来て欲しかったのかもしれない。
「……一太、さん」
「……うん」
風馬はどさりとベッドに座って、頭を抱えるように俯いた。今、抱きしめることが正解とは思えず、俺はそのままじっと風馬を見下ろした。
「……俺、言い返せなかった……。全部、本当のこと過ぎて……」
亜嵐が手にしたものを、諦めてきたこと。まるで「欲しくなかった」と、手を放してきたことが、風馬の上にのしかかっているようだった。
「済みません、少し、一人にさせてください……」
「風馬……」
一瞬、手を伸ばしかけて、止める。
風馬には、考える時間が必要だ。そう、思ったから。
静かに部屋のドアを閉じ、廊下に出る。一度だけ、部屋を振り返った。
「……」
一人になって、風馬は何を考えるのだろうか。
兄弟仲が、悪かったわけじゃない。けれど、確執はあった。仲が良かったからこそ蓋をしてきたものが剥がれ落ちた今、これから、どうなるのか、解らないけれど。
(俺は……)
俺は、俺だけは、傍に居ると。それだけは、知っていて欲しいと、強く思った。
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