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四十九 どうすれば良いんだろうか
しおりを挟む(あ。『ユムノス』だ)
ぼんやりしたまま付けたテレビの中に『ユムノス』が映っているのを見つけて、思わず目を止める。テレビの中の『栗原亜嵐』はあんなケンカをしたとは思えないほど、いつも通りに「アイドル」の顔をしていた。胸の内に何かを抱えていても、バックステージで泣いていても、表舞台では笑顔を見せなければいけない。そんなことを、妄想する。
(……生放送か。プロ、なんだろうな)
風馬と亜嵐のケンカから、一週間が経った。風馬は相変わらず暗い顔で、すっかり口数が少なくなっていた。部屋に閉じこもりがちになって、俺とは殆ど逢っていない。メッセージも、ずっと来ないままだった。
(これ以上長引くなら、一度ちゃんと話をしないと……)
けれど風馬とは結局、それから二週間を過ぎても会えなかった。メッセージを送っても既読すらつかず、朝も夜も遭遇しない。会社には来ているようだが、どうやっているのか全く会えない。
(本当に隣に住んでるんだよな……?)
疑わしくなるが、寮には帰っているようだ。一体、どう言うことなんだ?
「岩崎、風馬に最近会った?」
ラウンジに居た岩崎を見つけ、風馬のことを訪ねる。風馬が普段、仲良くしているのは、岩崎たち同期の人間たちだ。
「あ、ししょー。うーん、ランドリーに居たのは見たっすけど」
「居たんだ!?」
「でも、殆ど見てねーっすよ」
岩崎でも見ていないのだから、相当だろう。以前なら朝は食堂を利用していたが、須藤たちも一緒にならないらしい。これは、本格的な引きこもりである。
(だからって、一言くらい……)
そう思いながら、俺は溜め息を吐き出す。ネットで『彼氏が引きこもりになって、鬱になっていた』なんて話を見るたびに、胸のおくがザワザワする。
風馬も、どこかがおかしくなってしまっているんだろうか。俺には、何もできないんだろうか。
岩崎に別れを告げ、風馬の部屋の前に立つと、ドアに手を掛けた。中には居るのかも知れないが、鍵が掛かったままだ。ノックをしても返事がない。
「風馬? おい、いつまでそうしてるんだよ。なぁ……」
外からの呼び掛けにも、返事はない。俺は溜め息を吐き、ドアノブにビニール袋を引っ掛ける。
「ちゃんと食ってんのか? ここに、パン置いていくから……」
反応がないドアにそう言って、唇を結ぶ。何なんだよ。どうすりゃ良いんだよ。
泣きたい衝動にかられたが、唇を噛んで耐える。
「ちくしょう……」
小さく呟きを漏らして、俺は扉に背を向けた。
◆ ◆ ◆
風馬の引きこもりは日に日に悪化する一方で、俺の方までメンタルがやられそうだった。相変わらず風馬の姿を見ることはなく、俺も沈んだ気持ちのままに過ごしている。
(せめて、顔だけでも見られたらな……)
とにかく避けられているので、どうしようもない。俺が何かしたわけじゃないのに。
いっそのこと、亜嵐に連絡を取ってみようかと、頭を過る。ケンカの原因である亜嵐と、よく話合えないのがそもそもの原因なのだ。お互いに一方通行にやりあって、気持ちが宙に浮いたままなんだろう。
いつもなら部屋で漫画を読んでのんびりしていた俺だが、ここのところは風馬のことが気になって何も手が付かない。なるべく人が多いところで過ごすようにして、気持ちを紛らわせている。
興味もないサッカーの試合をぼんやり眺めながらラウンジに居ると、寮長の藤宮が声を掛けて来た。
「鈴木、ちょっと良いか?」
「ん? あ、はい」
藤宮に連れられ、ラウンジの奥まったところに呼び出される。何の話だろうと首を傾げた。
「鈴木、栗原と仲が良かったよな?」
「え? あ、はい……」
風馬の名前を出され、ドキリと心臓が鳴る。
「何かあったとか、聴いてるか? 最近どうもうわの空らしくて、仕事もミスが増えてると相談があったんだが……。その上、先日は現場の方にうっかり入り込んだらしくてな」
「ええっ」
「幸い怪我はなかったんだが、ボンヤリしていたようだから」
「――」
そんなに、酷いのか。藤宮は栗原の上司が相談に乗ったり、調子が悪いなら病院の受診をするように勧めたそうだが、反応が鈍く、総務部の方に相談があったようだ。寮生活はどうなんだということで、藤宮の方に連絡が来たらしい。
「――えっと、家族間でトラブルがあったみたいで……」
「ああ、そうなのか。とはいえ、このまま放置も出来ない。鈴木は栗原から話を聞けそうか? 俺の方でも話を聞こうと思うが、できれば支えてやって欲しい」
「……はい」
そんなの、言われなくても。
(――…)
でも、今こうして風馬が、まったく顔を見せてくれない状況で、俺はどうすれば良いんだろうか。
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