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20.六日目:世話人失格
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『余力』『あと二十日程度』って……どういうこと!? それに『お前たちのことは鹿や狸に頼んである』とは……ああ、そういえばこの前も鹿の神様に話しをしに行ったと言っていた気がする。
お茶のみ友達なのかな、なんて軽く考えていたけど……。
「どういうことなの……」
私はそっとその場を離れ、一度台所へと戻った。
◆
「美詞、お主は世話人失格じゃな」
「……井戸神さん! ごめんなさい、お膳を下げるのが遅くなってしまって――」
「そこじゃないわ。まぁ、それも気に食わんかったが……」
井戸神さんは脚を組み、井戸のへりに腰掛け言葉を続けた。
「美詞。もう六日目じゃ。ただの世話人の飯では我らはいくら食っても身にならん」
「……身に、ならん?」
「お主の食事は美味であり楽しくもあるが……」
ハッとした。
まさか、子狐たちがあんなにも空腹を訴えていたのはそれが理由だろうか?
「あの、私の食事には何が足りていないのでしょうか……!?」
井戸神さんは半眼で私を見下ろし、はぁと深い溜息を吐く。
「何が足りないか? ……妾はもう言ったぞ」
「……」
じっとその水色の瞳を見つめ返し、私はこれまでに井戸神さんに言われたことを高速で思い返してみる。
印象に残っている言葉といえば、嫁入りのこと、物置部屋を調べろと言われたことの二つ。言われた通りに物置を調べ、家系図を見つけお狐様のことと嫁の意味を知った。そして銀にも訊ねた。
「井戸神さん。私は屋敷のみんなに美味しく食事をしてほしいと思っています。お腹を空かせたくなんてないです」
「ほぉ。それが本心ならば簡単なことよ。美詞、お主まだ忘れていることがあるじゃろう? 妾は――」
「井戸神よ、それ以上はご容赦を」
ひゅっと風が吹き、振り返ると銀がそこに立っていた。
なんだか……少し肩を揺らして息を切らしているような……? 私は珍しいその姿に眉をひそめ、ハッとした。
銀はさっき、子狐たちに『お前たちに分け与えるくらいの余力はある』と言っていた。ということは自分の力をおにぎりに込めて分けたのだろう。それに『あと二十日』とも言っていた。それはきっと、銀が力を分けてあげられるリミットだ。
そしていつも悠々と構えていた銀が、初めて息切れなんて人臭い仕草を見せた。
井戸神さんは『いくら食っても身にならん』と言った。
「……銀」
「美詞、ここは冷える。今日は家でゆっくりしよう、また一緒に『レシピ動画』が見たい」
銀が私の腕を引く。
「でも、待って井戸神さんとお話しを……」
「必要ない」
はぁ。と大きな大きな、わざとらしいくらいの溜息が井戸神さんの薄水の唇から落ちた。
「――残念よの。別れが早うなるわ」
「井戸神!」
声がビリリと鼓膜に響いた。こんなに声を荒らげる銀は初めてで、私は驚き隣を見上げた。
井戸神さんを睨むその瞳は鋭く、怒気が滲むまなじりはほんのり赤い。いつもフワフワもふもふの耳も尻尾も、ぶわっと毛を逆立てている。
「……フン! 馬鹿な子狐じゃ!」
「もう子狐ではない」
真っすぐにぶつかり合う二人の視線。真正面からかち合っていて、どちらも譲る気配すらない。
「……銀」
「大丈夫。美詞は世話人として頑張ってくれているよ」
ハッ! と井戸神さんが吐き捨てた。
その睨む先は私と銀。だけどその切っ先は、鋭いけれど何故だか痛くはないのだ。井戸神さんの目に滲むあの色はなんだろう? 怒りではない……それよりももっと、堪えるような憤り?
その色が、痛みを感じているのは井戸神さんの方なのではないかと思わせる。
「でも、銀……さっき、私見ちゃったの。銀が子狐ちゃんたちにおにぎりあげてたでしょう?」
多分、井戸神さんが言う『世話人失格』は本当のことなのだ。だって子狐たちはお腹を空かせてた。台所の付喪神たちの元気もなくなってきていた。いつも通りに見せているのは銀と竈神さんと、この井戸神さんくらい。
「ねえ、銀。私に何ができるの? 何をしたら銀たちのためになるの?」
銀は逆立てていた毛を鎮め、眉を八の字にして私を見下ろした。たっぷり数秒見つめられ、そして目を閉じたと思ったら小さく息を吐いた。
「井戸神よ、美詞へは俺から話そう」
「もたもたするでないわ! ……もう時間が無い。妾は――お前たちが弱る姿なんぞ見とうない」
後半を早口で呟くように言うと、井戸神さんはぴちょん、とひとしずくを残し姿を消してた。
「分かっているよ、井戸神」
お茶のみ友達なのかな、なんて軽く考えていたけど……。
「どういうことなの……」
私はそっとその場を離れ、一度台所へと戻った。
◆
「美詞、お主は世話人失格じゃな」
「……井戸神さん! ごめんなさい、お膳を下げるのが遅くなってしまって――」
「そこじゃないわ。まぁ、それも気に食わんかったが……」
井戸神さんは脚を組み、井戸のへりに腰掛け言葉を続けた。
「美詞。もう六日目じゃ。ただの世話人の飯では我らはいくら食っても身にならん」
「……身に、ならん?」
「お主の食事は美味であり楽しくもあるが……」
ハッとした。
まさか、子狐たちがあんなにも空腹を訴えていたのはそれが理由だろうか?
「あの、私の食事には何が足りていないのでしょうか……!?」
井戸神さんは半眼で私を見下ろし、はぁと深い溜息を吐く。
「何が足りないか? ……妾はもう言ったぞ」
「……」
じっとその水色の瞳を見つめ返し、私はこれまでに井戸神さんに言われたことを高速で思い返してみる。
印象に残っている言葉といえば、嫁入りのこと、物置部屋を調べろと言われたことの二つ。言われた通りに物置を調べ、家系図を見つけお狐様のことと嫁の意味を知った。そして銀にも訊ねた。
「井戸神さん。私は屋敷のみんなに美味しく食事をしてほしいと思っています。お腹を空かせたくなんてないです」
「ほぉ。それが本心ならば簡単なことよ。美詞、お主まだ忘れていることがあるじゃろう? 妾は――」
「井戸神よ、それ以上はご容赦を」
ひゅっと風が吹き、振り返ると銀がそこに立っていた。
なんだか……少し肩を揺らして息を切らしているような……? 私は珍しいその姿に眉をひそめ、ハッとした。
銀はさっき、子狐たちに『お前たちに分け与えるくらいの余力はある』と言っていた。ということは自分の力をおにぎりに込めて分けたのだろう。それに『あと二十日』とも言っていた。それはきっと、銀が力を分けてあげられるリミットだ。
そしていつも悠々と構えていた銀が、初めて息切れなんて人臭い仕草を見せた。
井戸神さんは『いくら食っても身にならん』と言った。
「……銀」
「美詞、ここは冷える。今日は家でゆっくりしよう、また一緒に『レシピ動画』が見たい」
銀が私の腕を引く。
「でも、待って井戸神さんとお話しを……」
「必要ない」
はぁ。と大きな大きな、わざとらしいくらいの溜息が井戸神さんの薄水の唇から落ちた。
「――残念よの。別れが早うなるわ」
「井戸神!」
声がビリリと鼓膜に響いた。こんなに声を荒らげる銀は初めてで、私は驚き隣を見上げた。
井戸神さんを睨むその瞳は鋭く、怒気が滲むまなじりはほんのり赤い。いつもフワフワもふもふの耳も尻尾も、ぶわっと毛を逆立てている。
「……フン! 馬鹿な子狐じゃ!」
「もう子狐ではない」
真っすぐにぶつかり合う二人の視線。真正面からかち合っていて、どちらも譲る気配すらない。
「……銀」
「大丈夫。美詞は世話人として頑張ってくれているよ」
ハッ! と井戸神さんが吐き捨てた。
その睨む先は私と銀。だけどその切っ先は、鋭いけれど何故だか痛くはないのだ。井戸神さんの目に滲むあの色はなんだろう? 怒りではない……それよりももっと、堪えるような憤り?
その色が、痛みを感じているのは井戸神さんの方なのではないかと思わせる。
「でも、銀……さっき、私見ちゃったの。銀が子狐ちゃんたちにおにぎりあげてたでしょう?」
多分、井戸神さんが言う『世話人失格』は本当のことなのだ。だって子狐たちはお腹を空かせてた。台所の付喪神たちの元気もなくなってきていた。いつも通りに見せているのは銀と竈神さんと、この井戸神さんくらい。
「ねえ、銀。私に何ができるの? 何をしたら銀たちのためになるの?」
銀は逆立てていた毛を鎮め、眉を八の字にして私を見下ろした。たっぷり数秒見つめられ、そして目を閉じたと思ったら小さく息を吐いた。
「井戸神よ、美詞へは俺から話そう」
「もたもたするでないわ! ……もう時間が無い。妾は――お前たちが弱る姿なんぞ見とうない」
後半を早口で呟くように言うと、井戸神さんはぴちょん、とひとしずくを残し姿を消してた。
「分かっているよ、井戸神」
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