上 下
20 / 27

20.六日目:世話人失格

しおりを挟む
『余力』『あと二十日程度』って……どういうこと!? それに『お前たちのことは鹿や狸に頼んである』とは……ああ、そういえばこの前も鹿の神様に話しをしに行ったと言っていた気がする。
 お茶のみ友達なのかな、なんて軽く考えていたけど……。

「どういうことなの……」

 私はそっとその場を離れ、一度台所へと戻った。


 ◆


「美詞、お主は世話人失格じゃな」

「……井戸神さん! ごめんなさい、お膳を下げるのが遅くなってしまって――」
「そこじゃないわ。まぁ、それも気に食わんかったが……」

 井戸神さんは脚を組み、井戸のへりに腰掛け言葉を続けた。

「美詞。もう六日目じゃ。ただの世話人の飯では我らはいくら食っても身にならん」
「……身に、ならん?」

「お主の食事は美味であり楽しくもあるが……」

 ハッとした。
 まさか、子狐たちがあんなにも空腹を訴えていたのはそれが理由だろうか?

「あの、私の食事には何が足りていないのでしょうか……!?」

 井戸神さんは半眼で私を見下ろし、はぁと深い溜息を吐く。

「何が足りないか? ……妾はもう言ったぞ」
「……」

 じっとその水色の瞳を見つめ返し、私はこれまでに井戸神さんに言われたことを高速で思い返してみる。
 印象に残っている言葉といえば、嫁入りのこと、物置部屋を調べろと言われたことの二つ。言われた通りに物置を調べ、家系図を見つけお狐様のことと嫁の意味を知った。そして銀にも訊ねた。

「井戸神さん。私は屋敷のみんなに美味しく食事をしてほしいと思っています。お腹を空かせたくなんてないです」
「ほぉ。それが本心ならば簡単なことよ。美詞、お主まだ忘れていることがあるじゃろう? 妾は――」

「井戸神よ、それ以上はご容赦を」

 ひゅっと風が吹き、振り返ると銀がそこに立っていた。
 なんだか……少し肩を揺らして息を切らしているような……? 私は珍しいその姿に眉をひそめ、ハッとした。

 銀はさっき、子狐たちに『お前たちに分け与えるくらいの余力はある』と言っていた。ということは自分のをおにぎりに込めて分けたのだろう。それに『あと二十日』とも言っていた。それはきっと、銀が力を分けてあげられるリミットだ。

 そしていつも悠々と構えていた銀が、初めて息切れなんて人臭い仕草を見せた。
 井戸神さんは『いくら食っても身にならん』と言った。

「……銀」
「美詞、ここは冷える。今日は家でゆっくりしよう、また一緒に『レシピ動画』が見たい」

 銀が私の腕を引く。

「でも、待って井戸神さんとお話しを……」
「必要ない」

 はぁ。と大きな大きな、わざとらしいくらいの溜息が井戸神さんの薄水の唇から落ちた。

「――残念よの。別れが早うなるわ」

「井戸神!」

 声がビリリと鼓膜に響いた。こんなに声を荒らげる銀は初めてで、私は驚き隣を見上げた。
 井戸神さんを睨むその瞳は鋭く、怒気が滲むまなじりはほんのり赤い。いつもフワフワもふもふの耳も尻尾も、ぶわっと毛を逆立てている。

「……フン! 馬鹿な子狐じゃ!」
「もう子狐ではない」

 真っすぐにぶつかり合う二人の視線。真正面からかち合っていて、どちらも譲る気配すらない。

「……銀」
「大丈夫。美詞は世話人として頑張ってくれているよ」

 ハッ! と井戸神さんが吐き捨てた。
 その睨む先は私と銀。だけどその切っ先は、鋭いけれど何故だか痛くはないのだ。井戸神さんの目に滲むあの色はなんだろう? 怒りではない……それよりももっと、堪えるような憤り? 
 その色が、痛みを感じているのは井戸神さんの方なのではないかと思わせる。

「でも、銀……さっき、私見ちゃったの。銀が子狐ちゃんたちにおにぎりあげてたでしょう?」

 多分、井戸神さんが言う『世話人失格』は本当のことなのだ。だって子狐たちはお腹を空かせてた。台所の付喪神たちの元気もなくなってきていた。いつも通りに見せているのは銀と竈神さんと、この井戸神さんくらい。

「ねえ、銀。私に何ができるの? 何をしたら銀たちのためになるの?」

 銀は逆立てていた毛を鎮め、眉を八の字にして私を見下ろした。たっぷり数秒見つめられ、そして目を閉じたと思ったら小さく息を吐いた。

「井戸神よ、美詞へは俺から話そう」
「もたもたするでないわ! ……もう時間が無い。妾は――お前たちが弱る姿なんぞ見とうない」

 後半を早口で呟くように言うと、井戸神さんはぴちょん、とひとしずくを残し姿を消してた。

「分かっているよ、井戸神」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

付喪神、子どもを拾う。

真鳥カノ
キャラ文芸
旧題:あやかし父さんのおいしい日和 3/13 書籍1巻刊行しました! 8/18 書籍2巻刊行しました!  【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞】頂きました!皆様のおかげです!ありがとうございます! おいしいは、嬉しい。 おいしいは、温かい。 おいしいは、いとおしい。 料理人であり”あやかし”の「剣」は、ある日痩せこけて瀕死の人間の少女を拾う。 少女にとって、剣の作るご飯はすべてが宝物のようだった。 剣は、そんな少女にもっとご飯を作ってあげたいと思うようになる。 人間に「おいしい」を届けたいと思うあやかし。 あやかしに「おいしい」を教わる人間。 これは、そんな二人が織りなす、心温まるふれあいの物語。 ※この作品はエブリスタにも掲載しております。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

おおかみ宿舎の食堂でいただきます

ろいず
キャラ文芸
『おおかみ宿舎』に食堂で住み込みで働くことになった雛姫麻乃(ひなきまの)。麻乃は自分を『透明人間』だと言う。誰にも認識されず、すぐに忘れられてしまうような存在。 そんな麻乃が『おおかみ宿舎』で働くようになり、宿舎の住民達は二癖も三癖もある様な怪しい人々で、麻乃の周りには不思議な人々が集まっていく。 美味しい食事を提供しつつ、麻乃は自分の過去を取り戻していく。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

ワケあり異類婚御夫婦様、憩いの住まいはこちらでございます。

蒼真まこ
キャラ文芸
異類婚夫婦の入居を歓迎する『みなも荘』。姿かたちは違えども、そこには確かに愛がある─。  幼い頃に両親を亡くした秋山楓は、孤独感を抱えながら必死に生きてきた。幼い頃の記憶を頼りに懐かしい湖へ向かうと、銀色の髪をした不思議な男性と出会う。それは楓にとって生涯の伴侶となる男性だった。しかし彼はただの人ではなく……。 困難を乗り越えて夫婦となったふたりは、『ワケあり異類婚夫婦』の住む、みなも荘を管理していくことになる。 様々な異類婚夫婦たちが紡ぐ、ほっこり日常、夫婦愛、家族の物語。 第一章は物語の始まり。楓と信の出会いと再会。 シリアスな部分も含みます。 第二章より様々な異類婚夫婦たちが登場します。 場面によっては、シリアスで切ない展開も含みます。 よろしくお願い致します。 ☆旧題『いるいこん! ~あやかし長屋夫婦ものがたり~』 を改稿改題した作品となります。 放置したままとなっておりましたので、タイトルや表紙などを変更させていただきました。 話の流れなどが少し変わっていますが、設定などに大きな変更はありませんのでよろしくお願い致します。 ☆すてきな表紙絵はhake様に描いていただきました。

純喫茶カッパーロ

藤 実花
キャラ文芸
ここは浅川村の浅川池。 この池の畔にある「純喫茶カッパーロ」 それは、浅川池の伝説の妖怪「カッパ」にちなんだ名前だ。 カッパーロの店主が亡くなり、その後を継ぐことになった娘のサユリの元に、ある日、カッパの着ぐるみ?を着た子供?が訪ねてきた。 彼らの名は又吉一之丞、次郎太、三左。 サユリの先祖、石原仁左衛門が交わした約束(又吉一族の面倒をみること)を果たせと言ってきたのだ。 断れば呪うと言われ、サユリは彼らを店に置くことにし、4人の馬鹿馬鹿しくも騒がしい共同生活が始まった。 だが、カッパ三兄弟にはある秘密があり……。 カッパ三兄弟×アラサー独身女サユリの終始ゆるーいギャグコメディです。 ☆2020.02.21本編完結しました☆

下宿屋 東風荘 2

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 しかし、飛んで仙になるだけだと思っていた冬弥はさらなる試練を受けるべく、空高く舞い上がったまま消えてしまった。 下宿屋は一体どうなるのか! そして必ず戻ってくると信じて待っている、残された雪翔の高校生活は___ ※※※※※ 下宿屋東風荘 第二弾。

処理中です...