19 / 27
19.六日目:空腹
しおりを挟む
さて。お昼のメニューはリクエストされた『オムライスとポテトサラダ』だ。
昨日『常連さんのいる喫茶店』という番組で見て、子狐ちゃんたちが食べてみたくなったらしい。
「俺も少し見たが、茶色いソースがかかっていた」
「なるほど。デミグラスソースか……」
私は早速アプリを開き、作り方を調べてみる。
「あ、難しそうかも。玉ねぎ……小麦粉を焦がしちゃいけないやつか……!」
結局お昼ごはんに出したオムライスのソースは、なんちゃってデミグラスソースとなった。いつも缶かパウチのものを使っていた私に、一から作るデミグラスソースはハードルが高すぎた。
それに朝あんなに食べたのに、子狐ちゃんたちが「ごはん!」「はやく! はやく!」と急かしたので……市販のソース、ケチャップ、酒、砂糖をフライパンでひと煮立ちさせた、即席デミグラスソースを作ったのだ。これはこれで酸味とほのかな甘みが美味しい、私のお気に入りのソースでもある。
「さあ、召し上がれ! あ、子狐ちゃんたち、中のケチャップごはんもソースも毛に付けないように……あー」
言ってるそばから子狐たちの口の周りは赤と茶に染まっている。ああ……口周りの白い毛だけでなくふわふわの胸毛まで……。
「きゅん?」
「きゅん!」
「ううん、いいの。美味しく食べてもらえればそれで!」
子狐ちゃんたちの汚れ……井戸神さんに洗い流してくださいってお願いしたら綺麗になるだろうか?
「仕方がない。美詞が作る『いま風』の食事は我らには珍しくて美味しいからな」
「……そう?」
本物のデミグラスソースでもないし、チキンライスもただのケチャップごはんという感じだし、玉子も半熟ふわトロを目指したけど半熟止まりの『普通の家庭のオムライス』だ。
「美味しい。美味しくて……楽しい」
銀が目を細め、滲み出るような微笑みを私に向けた。そして、おばあちゃんは作らなかったオムライスだったからか、さっきまで大人しかった台所の付喪神たちも、一斉に音をかき鳴らし私に喜びを伝えてくれる。
「うん。私も! ほんと……楽しい」
両親は揃っていても一人での食卓が多かったし、成人してからは一人暮らしをしていたから、こんな風に賑やかに食事をしたことはあまりないし、人を喜ばせるために料理をするなんて、本当に久しぶりのことでもあった。
最初は訳も分からずに始めた生活だったけど――。
「……しあわせ」
唇に付いたソースを舐めて、私は呟いた。
◆
「あ、井戸神さんのお昼のお膳下げ忘れてた……!」
いけない、早く片付けなければ。
井戸神さんはきちっとしてなかったり、美しくないことは嫌いなのだ。いつまでもお膳を下げに来ないだなんて、きっとイライラしているはずだ。
私は拭き終えたお皿を食器棚へ戻し、慌てて井戸へと向かった。
――そう。今日のお皿は私がしまったのだ。いつもなら楽し気に自分で水浴びをし所定の位置へ戻るお皿たちが、今日は動きがのろのろ、足下がおぼつかず動きもゆっくりだったので私に全てをやらせてもらった。
「そろそろ一週間だし……付喪神さんたちも疲れが出て来てたりしてるのかな……?」
あやかしである彼らの生態は不明なので分からないけど。何か調子を崩す原因でもあったのだろか?
そんな事を考えながら裏口から外へ出ると、「きゅん」「くぅん!」という子狐たちの声が聞こえた。食事を終えるとすぐに裏山を駆けに行ったと思っていたのだけど、まだ庭にいたのか。
しかし、その声はなんだか切羽詰まっているような、悲し気な響きが混じっているようで、気になった私は壁に姿を隠しそーっと伺い見た。
「きゅぅ~ん!」
「きゃん!」
「きゅん! きゅん!!」
八匹の子狐たちが必死に銀の脚にすがり付いて鳴いていた。涙こそ流していないが泣いているような声だ。
「しーっ、静かに。今ならまだ美詞は来ない、さあお食べ」
銀は声を潜め、手に持っていたおにぎりを子狐たちに与えていく。
「そうか……そんなに腹が減っていたか。すまない。これには竈神と俺の力を込めてあるから、腹の足しになるだろう」
――え、あの子たち、朝も昼もあんなに食べたのに……足りてなかったの……!?
私は目の前の光景に驚愕した。
だって、今日は朝からごはんを合計二升も炊いたのだ。それに豚汁だって大鍋に具材たっぷりで作って完食だった。
驚きつつ見ているうちに、子狐たちはおにぎりをペロリと平らげ、「まぁまぁだな!」と言うように口の周りをぺロペロ舐め、猫のように手で顔を洗っている。
しかしそんな中で一匹、あの一回り大きな体は、いつもフーフーを忘れてがっついてしまう子だろう。その子は銀を見上げ、彼の白い着物の裾を前脚で掻いていた。
「きゅーん……」
切ない声を漏らし見上げる姿は、掬いを求めているようでもあり、庇護者である銀を心配しているようでもある。
銀はその場にしゃがむと、その子を優しく撫で何やら呟いている。
――なんて言ってるのだろう?
私はドッドッと嫌な音を立てる心臓を抑え、息を殺し耳を澄ませた。
「……だ。お前たちに分け与えるくらいの余力はある。ん? そうだなあと二十日程度だろうか……?」
「きゅぅん……」
「心配は無用。お前たちのことは鹿や狸に頼んである。大丈夫だ、そのうち良い狐が見つかるさ」
銀の言葉に私は息を呑んだ。
昨日『常連さんのいる喫茶店』という番組で見て、子狐ちゃんたちが食べてみたくなったらしい。
「俺も少し見たが、茶色いソースがかかっていた」
「なるほど。デミグラスソースか……」
私は早速アプリを開き、作り方を調べてみる。
「あ、難しそうかも。玉ねぎ……小麦粉を焦がしちゃいけないやつか……!」
結局お昼ごはんに出したオムライスのソースは、なんちゃってデミグラスソースとなった。いつも缶かパウチのものを使っていた私に、一から作るデミグラスソースはハードルが高すぎた。
それに朝あんなに食べたのに、子狐ちゃんたちが「ごはん!」「はやく! はやく!」と急かしたので……市販のソース、ケチャップ、酒、砂糖をフライパンでひと煮立ちさせた、即席デミグラスソースを作ったのだ。これはこれで酸味とほのかな甘みが美味しい、私のお気に入りのソースでもある。
「さあ、召し上がれ! あ、子狐ちゃんたち、中のケチャップごはんもソースも毛に付けないように……あー」
言ってるそばから子狐たちの口の周りは赤と茶に染まっている。ああ……口周りの白い毛だけでなくふわふわの胸毛まで……。
「きゅん?」
「きゅん!」
「ううん、いいの。美味しく食べてもらえればそれで!」
子狐ちゃんたちの汚れ……井戸神さんに洗い流してくださいってお願いしたら綺麗になるだろうか?
「仕方がない。美詞が作る『いま風』の食事は我らには珍しくて美味しいからな」
「……そう?」
本物のデミグラスソースでもないし、チキンライスもただのケチャップごはんという感じだし、玉子も半熟ふわトロを目指したけど半熟止まりの『普通の家庭のオムライス』だ。
「美味しい。美味しくて……楽しい」
銀が目を細め、滲み出るような微笑みを私に向けた。そして、おばあちゃんは作らなかったオムライスだったからか、さっきまで大人しかった台所の付喪神たちも、一斉に音をかき鳴らし私に喜びを伝えてくれる。
「うん。私も! ほんと……楽しい」
両親は揃っていても一人での食卓が多かったし、成人してからは一人暮らしをしていたから、こんな風に賑やかに食事をしたことはあまりないし、人を喜ばせるために料理をするなんて、本当に久しぶりのことでもあった。
最初は訳も分からずに始めた生活だったけど――。
「……しあわせ」
唇に付いたソースを舐めて、私は呟いた。
◆
「あ、井戸神さんのお昼のお膳下げ忘れてた……!」
いけない、早く片付けなければ。
井戸神さんはきちっとしてなかったり、美しくないことは嫌いなのだ。いつまでもお膳を下げに来ないだなんて、きっとイライラしているはずだ。
私は拭き終えたお皿を食器棚へ戻し、慌てて井戸へと向かった。
――そう。今日のお皿は私がしまったのだ。いつもなら楽し気に自分で水浴びをし所定の位置へ戻るお皿たちが、今日は動きがのろのろ、足下がおぼつかず動きもゆっくりだったので私に全てをやらせてもらった。
「そろそろ一週間だし……付喪神さんたちも疲れが出て来てたりしてるのかな……?」
あやかしである彼らの生態は不明なので分からないけど。何か調子を崩す原因でもあったのだろか?
そんな事を考えながら裏口から外へ出ると、「きゅん」「くぅん!」という子狐たちの声が聞こえた。食事を終えるとすぐに裏山を駆けに行ったと思っていたのだけど、まだ庭にいたのか。
しかし、その声はなんだか切羽詰まっているような、悲し気な響きが混じっているようで、気になった私は壁に姿を隠しそーっと伺い見た。
「きゅぅ~ん!」
「きゃん!」
「きゅん! きゅん!!」
八匹の子狐たちが必死に銀の脚にすがり付いて鳴いていた。涙こそ流していないが泣いているような声だ。
「しーっ、静かに。今ならまだ美詞は来ない、さあお食べ」
銀は声を潜め、手に持っていたおにぎりを子狐たちに与えていく。
「そうか……そんなに腹が減っていたか。すまない。これには竈神と俺の力を込めてあるから、腹の足しになるだろう」
――え、あの子たち、朝も昼もあんなに食べたのに……足りてなかったの……!?
私は目の前の光景に驚愕した。
だって、今日は朝からごはんを合計二升も炊いたのだ。それに豚汁だって大鍋に具材たっぷりで作って完食だった。
驚きつつ見ているうちに、子狐たちはおにぎりをペロリと平らげ、「まぁまぁだな!」と言うように口の周りをぺロペロ舐め、猫のように手で顔を洗っている。
しかしそんな中で一匹、あの一回り大きな体は、いつもフーフーを忘れてがっついてしまう子だろう。その子は銀を見上げ、彼の白い着物の裾を前脚で掻いていた。
「きゅーん……」
切ない声を漏らし見上げる姿は、掬いを求めているようでもあり、庇護者である銀を心配しているようでもある。
銀はその場にしゃがむと、その子を優しく撫で何やら呟いている。
――なんて言ってるのだろう?
私はドッドッと嫌な音を立てる心臓を抑え、息を殺し耳を澄ませた。
「……だ。お前たちに分け与えるくらいの余力はある。ん? そうだなあと二十日程度だろうか……?」
「きゅぅん……」
「心配は無用。お前たちのことは鹿や狸に頼んである。大丈夫だ、そのうち良い狐が見つかるさ」
銀の言葉に私は息を呑んだ。
0
お気に入りに追加
107
あなたにおすすめの小説
ブラックベリーの霊能学
猫宮乾
キャラ文芸
新南津市には、古くから名門とされる霊能力者の一族がいる。それが、玲瓏院一族で、その次男である大学生の僕(紬)は、「さすがは名だたる天才だ。除霊も完璧」と言われている、というお話。※周囲には天才霊能力者と誤解されている大学生の日常。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな
ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】
少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。
次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。
姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。
笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。
なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中
付喪神、子どもを拾う。
真鳥カノ
キャラ文芸
旧題:あやかし父さんのおいしい日和
3/13 書籍1巻刊行しました!
8/18 書籍2巻刊行しました!
【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞】頂きました!皆様のおかげです!ありがとうございます!
おいしいは、嬉しい。
おいしいは、温かい。
おいしいは、いとおしい。
料理人であり”あやかし”の「剣」は、ある日痩せこけて瀕死の人間の少女を拾う。
少女にとって、剣の作るご飯はすべてが宝物のようだった。
剣は、そんな少女にもっとご飯を作ってあげたいと思うようになる。
人間に「おいしい」を届けたいと思うあやかし。
あやかしに「おいしい」を教わる人間。
これは、そんな二人が織りなす、心温まるふれあいの物語。
※この作品はエブリスタにも掲載しております。
おおかみ宿舎の食堂でいただきます
ろいず
キャラ文芸
『おおかみ宿舎』に食堂で住み込みで働くことになった雛姫麻乃(ひなきまの)。麻乃は自分を『透明人間』だと言う。誰にも認識されず、すぐに忘れられてしまうような存在。
そんな麻乃が『おおかみ宿舎』で働くようになり、宿舎の住民達は二癖も三癖もある様な怪しい人々で、麻乃の周りには不思議な人々が集まっていく。
美味しい食事を提供しつつ、麻乃は自分の過去を取り戻していく。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ワケあり異類婚御夫婦様、憩いの住まいはこちらでございます。
蒼真まこ
キャラ文芸
異類婚夫婦の入居を歓迎する『みなも荘』。姿かたちは違えども、そこには確かに愛がある─。
幼い頃に両親を亡くした秋山楓は、孤独感を抱えながら必死に生きてきた。幼い頃の記憶を頼りに懐かしい湖へ向かうと、銀色の髪をした不思議な男性と出会う。それは楓にとって生涯の伴侶となる男性だった。しかし彼はただの人ではなく……。
困難を乗り越えて夫婦となったふたりは、『ワケあり異類婚夫婦』の住む、みなも荘を管理していくことになる。 様々な異類婚夫婦たちが紡ぐ、ほっこり日常、夫婦愛、家族の物語。
第一章は物語の始まり。楓と信の出会いと再会。 シリアスな部分も含みます。 第二章より様々な異類婚夫婦たちが登場します。 場面によっては、シリアスで切ない展開も含みます。 よろしくお願い致します。
☆旧題『いるいこん! ~あやかし長屋夫婦ものがたり~』
を改稿改題した作品となります。
放置したままとなっておりましたので、タイトルや表紙などを変更させていただきました。
話の流れなどが少し変わっていますが、設定などに大きな変更はありませんのでよろしくお願い致します。
☆すてきな表紙絵はhake様に描いていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる