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01.台所のあやかし

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 にかけたお鍋から、温かな湯気が立ち上っている。リフォームしてあるとはいえ、昔の趣を残したまま、半分土間という台所の冬は寒い。
 沸騰させたまま加湿器代わりにしたいところだけど……。

竈神かまどがみさん、少し火を弱めてくれますか?」

 私はほうれん草を切りながら、傍らの竈に向かいそう言った。
 すると竈は「心得た」と言う様にキララと火花を散らし、そうっと火勢を控えめにしてくれる。

「ありがとうございます! あ、子狐ちゃんたち! サーモン食べちゃ駄目だよ? あとで出来あがったのをみんなで食べるんだから、お外で遊んできてね」

『きゅっ』
『くきゅっ』
『くなぁ~ん!』

 三匹の子狐は「見つかった!」とそれぞれに鳴き、伸ばしていた手を引っ込めパタタと庭へ駆けて行った。
 冷蔵庫から出しておいたスモークサーモン……危なかった!

「……あっ、ベーコンは!?」

 テーブルを振り返ると、ベーコンを咥えた子狐二匹と目が合った。

「ああ~! これ朝ごはんになるんだからね!?」

『きゃ~~ん!』
『きゅっきゅ~!』

「もー……一切れだけだからね? あと他の子には内緒にね」

 二匹は嬉しそうにもう一鳴きして、スキップで台所を後にした。

「まったく油断できない……。お手伝いしてくれるのはだけだよ~」

 私がそう言うと、年代物の調理器具たちが嬉しそうに音を鳴らした。彼らはこの台所でだけ、こうして動くことができる付喪神。ちなみに手や足はない。
 鈍い色をしたボウルが自らに卵を割り入れ、同じく先端が焦げた菜箸がそれをかき混ぜ始める。優しい色をしたホーロー製の調味料入れたちは、揃いのスプーンで少しずつその中へ塩と胡椒を入れていく。

『カン、カン』

 菜箸がアルミで出来ているらしいボウルを軽く叩いた。

「あ、そっかごめん、今入れるね!」

 牛乳を取り出しボウルへ注く。それから粉チーズとコンソメの顆粒も少々。卵を割って待機中の、もう一つのボウルにも入れてやる。

 台所で働くこれらの道具は皆、お祖母ちゃんが愛用していた台所用品だ。どれも百年以上、大事に大事に使われ、そして――付喪神になったのだという。
 台所の筆頭は一番古株である竈の竈神。次いでお釜と鉄瓶、包丁、鍋、そして比較的若いボウルやまな板、菜箸たちが続く。

 古道具たちが活躍する反面、この台所にもガスコンロと電化製品がちゃんとある。冷蔵庫にオーブンレンジ、トースター、炊飯器に湯沸かしポット。全て十五年~二十年前のものだけど、丁寧に使われていたからか物が付喪神になるこの家だからか、どれも問題なく使えている。

 ただまぁ、百年は経たないと付喪神にはなれないそうなので、電化製品たちは言わば見習いだろうか? 百年は厳しいだろうけど……私がここにいる間は、一緒に頑張ってもらえたら嬉しいと思う。

 だって、竈の扱いはよく分からないからね!!

「道具さんたち、もうちょっと待っててね」
 
 私はガスコンロでフライパンを温めバターを落とす。細切りの玉葱とざく切りにしたほうれん草を軽く炒める。火が通ったら、行儀良く並んでくれていたお皿に移しちょっと置いておく。そして次は玉葱とベーコン、しめじを同じく炒め、こちらはそのままフライパンで待機だ。

「お待たせー。さっくり混ぜてね?」

 そう声を掛け、卵液が入ったボウルに、炒めた玉葱とほうれん草を移し入れ、更にスモークサーモンとチーズを入れた。そしてもう一つの卵液ボウルには、玉葱ベーコン、しめじを入れる。

 混ぜてくれている間に、私は常温に戻しておいた二枚の『冷凍パイシート』を広げ、レトロなガラスの耐熱皿に敷いてやる。そしてもう一枚は、さっき使ったフライパンに同じく敷いた。
 準備ができたらボウルの中身をそれぞれに流し入れる。耐熱皿の方はサーモンとほうれん草で、フライパンにはベーコンとしめじだ。

「えー……っと、五十分か」

 予熱しておいたオーブンにそうっと皿を置き、ダイヤルを回し焼き時間を設定した。これでこっちは待つだけ。

「その間に……と!」

 ちょっと置いておいたフライパンの元へ向かう。ベーコンとしめじのこちらには仕上げが必要だ。まずは半分に切ったミニトマトを表面に並べ。その上からピザ用チーズを散らしてやる。トマトは彩りでもあるけど、表面でトロォっとなったチーズに最高に合うと思うのだ。だからレシピには無かったけど乗っけてしまう。

「あとは蓋をして弱火で……四十分! 結構焼くんだなぁ~……焦げなきゃ良いけど」

 私は、まだ付喪神にはなれないガスコンロに向かい「よろしくね」と声を掛けた。


 さて。あとはスープを作って、セットしてあるパンも焼き上がりを待つだけだし――。

しろがねを探しがてらお散歩してこようかな」

 スマホのタイマーを三十分後に設定し、前髪を上げていたヘアバンドを取り、肩までの髪に手櫛を通した。そして椅子に引っ掛けておいたダウンを羽織り、台所のに「いってきます!」と言って庭へ出た。

 庭はうっすらの雪化粧。鮮やかなのは、松の緑と南天の赤だけで、梅はまだ蕾のまま。

「は~っ、寒い!」

 吐く息があまりにも真っ白で、お散歩は庭を一周するだけにしようと思った。
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