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顔を変えた過去

戦慄の踵落とし

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達也とソンヒョク。
さっき初めて会った者同士が、数分後にはリングに上がり対峙した。

マットもロープもかなり使い込まれ、いつ壊れてもおかしくない程、脆く感じる。

「ちょっと待った、ソンヒョク。まさか、それ履いてスパーリングすんじゃねえだろうな?」

達也はソンヒョクの履いていた編み込み式の安全靴を指した。
いくら格闘技経験があっても、あんなもので蹴られたら致命傷になる。

「…だよな。今脱ぐから待ってくれ」

ソンヒョクは紐を解いた。

「…アンタ、格闘術って感じがしねえなぁ。
殺人術って言った方がシックリくるような気がするんだが、気のせいかな?」

格闘技経験者同士が対峙すれば、その佇まいだけでどれだけの実力があるのか分かる時がある。

達也はソンヒョクの得体の知れない雰囲気に警戒した。

(…コイツ、何だってあんな靴で蹴ってるんだ?格闘技の大会に出るっていう雰囲気じゃねえぞ、これは)

窓から微かに太陽の日差しがリングを照らす。
ライトも何も無く、暗い小屋の中で両者は構えた。

お互いガードを固め、ジリジリと間合いを詰める。
ソンヒョクのローキックが達也の足を狙った。
だが、達也は膝を立てるようにガードした。

(…ってぇ、何だこの蹴りは?)

まともに食らったら膝を破壊されるんじゃないか、という程、重い蹴りだ。

ソンヒョクはフットワークを使い、達也を翻弄する。

(ジャブだ!)

ソンヒョクの左のジャブをかわした。だが、それはフェンイトで、同時に右足を高々と上げ、達也の頭上へと振り落とした!

(…やべっ!)

テコンドーの代名詞というべき、踵落としという蹴り技だ。

瞬時にかわしたが、左肩がソンヒョクの踵をかすめ、その鋭さに肩の皮膚が切れた。

カミソリでスパッと切られたかのように、肩口から血が流れた。

「小島、どうした?反撃しないのか?」

ソンヒョクの切れ長で鋭い目付きが、達也の動きを封じ込めている。
この男、タダ者じゃない。
格闘技経験者だが、試合で使うような技ではない…

(…コイツ、これで人を殺した事あるんじゃねぇのか?)

この雰囲気に殺られる、と思った。

ソンヒョクは左右の変幻自在な蹴りで、達也を攻め立てた。
辛うじてガードしているが、腕の骨が折れるんじゃないか、という威力のある蹴りの前では、これ以上ガード出来ない。

(…恐い、恐いよ…)

達也が恐怖で怯えていた。
ソンヒョクは殺気に満ちた目付きで、達也をコーナーへと追い込んだ。

(殺される!)

「ぅあ~っ!」

無意識のうちにソンヒョクにしがみつき、二人はそのまま倒れ込み、寝技の体勢になった。

すると、ソンヒョクは素早く達也の背後に回り、首に絡み付くようにチョークスリーパーを極めた。

達也は必死で喉仏に食い込ませないようディフェンスするが、ソンヒョクは構わずに締め落とすつもりだ。

(…ぁ、視界が徐々に消えていく…)

ここで、達也の意識は途切れた。


達也はソンヒョクのチョークスリーパーで締め落とされた。
ソンヒョクがあと数秒長く締めていたら、達也はあの世に逝ってただろう。


「…おい、起きろ」

頬をパンパンと叩かれ、意識を取り戻した。

「…あっ」

リングの中央で、達也は大の字になって倒れていた。

「やっぱり敵わなかったか…オレ、初めて恐いと感じた…ソンヒョク、アンタのは格闘技じゃねえだろ?」


達也はソンヒョクの恐ろしさを肌で体感した。
格闘技の技というレベルじゃない。
これは明らかに殺人術だと。

ソンヒョクはスパーリング前に脱いだ安全靴を、達也に見せた。

「これな、踵の部分に刃を仕込ませているんだ」

達也は安全靴を手にとって、踵の部分をよく見た。

「…えっ?何だこれ!」

思わず声を上げてしまう程、巧妙に作られた靴だった。

ソンヒョクは踵落としをすると同時に、踵の部分から刃が剥き出しになる。

それを脳天からモロに食らうと、真っ二つに割れる…

「踵を上に向けると、こうやって刃が出る仕組みになってる」

ソンヒョクは、アッサリとカラクリを教えた。

「…じゃあ、アンタまさか」

達也の読みは当たっていた。

「…そう、オレはこのコリアンタウンを仕切る、マフィアに雇われた殺し屋だ」

「…」

達也は言葉を失った。
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