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第六十九話

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千本鳥居には想子が待っていた。
「もうすぐ新年ね。十六歳になるよ」
「真女流名人戦はどうだった?」
「関西の将棋連盟で二回戦って一勝一敗。三番勝負だから元旦に対局して決着よ。観客は無しの非公開になったみたいね。場所は京都能楽堂」
「将棋連盟から京都府警に警備の要請があって、現場検証再現も兼ねて若干名が対応することになったよ。その中の一人だから観に行ける」
「今回の関係者全員は当初予定どおり参加することになったわ」
「そうか」

「例の件分かった?」
「任意の調査だったから、拒否した参考人が複数いたよ。
加納月の胎児のDNAと比較鑑定して親族ではないことが証明されたのは、立会人の石川安生。
それに女性だが対局者の堀尾羅美亜と記録係の望月貞子と君も親族ではなかった。
DNAの任意提出を拒否したのは市会議員の大野春長と囲碁棋士の日海与三郎と能楽師の安宅来電の三名」
「加納月と接点を持っていた人物はどうだった?」
「動機を持っている可能性があるのはDNA任意調査を拒否した三名ね。戦国時代で、忍びの月に殺すと言っていたのは小那姫、こちらでいうと君の対戦相手堀尾羅美亜。
任意の事情聴取では、市会議員の大野以外はいずれもパーティで加納月に会ったことがあると言っている。大野は全く知らないと言っていた」
「聞き込み等の捜査では?」
「加納月のモデル時代のトラブルについて詳しく聞いてみると当時の事務所が貸したスマホからSNSの本人らしいアドレスを特定した。
今でも使っているのかと調べてみると今の加納月のスマホにはそのアドレスは入っていない。
ただそのアドレス自体は生きていて最近でも調べると、その主は、いわゆるパパ活風で小銭を稼いでいたようだ。
加納の滞納気味のクレジットカード使用履歴を見ると地元のネットカフェを頻繁に利用していた。
ネットカフェの履歴ではわからなかったが、加納月は特定されるのを嫌がってスマホではなくネットカフェでパパ活のユーザとやり取りしていた可能性がある」
「そのアドレスで利用してホテルか自宅か特定するキーワードがなかった?」
「SNSに時間の指定と雪月花というワードがあったので調べてみると左京区に雪月花というラブホテルがあった。
加納月の写真を見せて聞き込みを行ったらそこは予約できるラブホテルで、確かに見覚えがある顔で予約されて来られるときもあるとの事だった」
「連れの男の映像か画像があったはず。誰?」
吉川は想子に囁いた。

「なるほどね。
いまからその左京区のラブホテルに行きましょう」
吉川は持っていたスマホを落としそうになった。
まだ君は未成年だぞ。
ラブホテルのこんな真夜中に。
気を取り直して吉川が確認した。
「犯人が分かったと言っていたが、誰なのだ」
「実行犯人はわかっていたわ。でも黒幕がわからなかったの」
想子は吉川に犯人の名前を囁いた。

「証拠が無いでしょ。さあ行きましょう、ラブホテル。
さっさと予約して。
その住所なら今日は大晦日だからまだ電車で行けるわ。
まだ今日の宿泊ホテル決めてなかったからそこにする。
明日の対局も問題ないわ。
付き合いなさいよ。明日は十六歳だから結婚するなら問題ありません」

急に風が強くなり暗雲が伏見稲荷大社の千本鳥居の上空を取り囲んできた。雷鳴が鳴る。

どこかで見た風景だな。
吉川は想子を軽く抱き寄せた。
「スマホが輝いているわ。雪月花のアイコンが輝いている」
画面には、狐のような動物と10/10と書かれた数値とレベル10という文字が浮かび上がった。
スマホのアプリ画面で、文字が追加された。
「宗古はタイムリープを手に入れた。歴史が戻ったら使用可。葛の葉より。これで最後」
雷鳴が止んだ。

吉川は想子を連れて左京区の雪月花というホテルに着いた。
左京区の雪月花はラブホテルの検索でも引っ掛かるが、普通の一人ビジネス用、ベッドはダブルだが、それの宿泊もできるとサイトには載っていた。
「この写真とこの写真を見せて聞き込みをして。
それからチェックインも」

吉川は言われた通り警察手帳を見せてフロントで聞き込みをした。
想子の予想通りだった。
「この情報をもとに京都府警に戻るよ。
君はここに宿泊できるようチェックインと支払を済ませている。
明日は対局応援するよ。思ったより普通のビジネスホテル風で安心した」
「未来の夫でしょう。付き合いなさい。未成年一人にする気?
一旦京都府警に戻ったら、ここに戻ってくるのよ。
シングルもダブルも料金一緒でしょう。もうすぐ十六歳よ。
結婚するなら合法よ。
そうでないと江戸城で、やったことを訴えるから」
除夜の鐘が鳴った。

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