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第六十六話

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吉川は京都府警捜査員とともに加納月の自宅を捜索した。
吉川の予想通り、自宅のパソコンから、『江戸城大火で失われた月の能面は神の使いが導く。伏見と王子を結ぶ真ん中に月が現れる』という古文書のような画像が見つかった。
また、机に上に手紙があり
『月は、椅子に座りゼンマイを巻き黄金の狐を目指せば現れる。
そして椅子に座り、能面を被り、血を流すことで黄金の狐は月を持ってくるであろう』
という文面が残されていた。

これは浜松城でラミアという洗礼名だった小那姫が、小面を欲しがっている忍びの月をおびきよせるために使った手紙だよな。
骨董価値がありそうな本物の月の小面があると嘘をついて、誰かが加納月をおびき寄せるために使ったということかな。

また封書の中には、京都能楽堂真女流名人戦の将棋イベント観戦案内と切り取られた痕跡のある紙が見つかった。観戦案内を読むと切り取られていたのは当日の入場チケットのようだ。
差出人は不明。消印は浜松市になっていた。

パソコンの横には印刷された紙があり、先ほどの古文書のような画像と、
「雪・月・花の能面は豊臣秀吉が、雪と花を当時の能楽師に、月を徳川家康に送られたもの。雪の面は京都の金剛流宗家、花の面は三井記念美術館が所蔵している。
月の面は江戸城大火の際に失われたとされている。若い女性の能面なので小面と呼ばれる。もし見つかればその骨董的価値は天文学的になると想定される。」
という印字のものが見つかった。
また、机の引き出しには、カードローンの督促状とモデル事務所の名刺が残されていた。
金に困っていたようだな。

それ以外には特段目に付くようなものは残されていなかった。
鑑識に聞くと、今のところ本人以外の指紋は残されておらず目立った遺留品も無かった。

鑑識を残し、吉川は京都府警に戻り、課長に状況を報告した。
夜になって捜査会議が始まった。
次々と報告が上がる。
「十二月五日午後四時ごろ中京区の京都能楽堂会館で女性が胸を刺され死亡を確認しました。

被害女性は加納月さん32歳。婚姻歴や犯罪歴はありません。現場は将棋の真女流名人戦が対局されていた所で、加納さんは電動車椅子に乗せられ雪と花の能面を被ったまま胸を刺されていました。」

「電動車椅子が廊下に出る前の部屋は鏡の間と呼ばれておりまして、当日の鏡の間の出入りは誰でも外から自由にできる状況でした。
鏡の間には血の付いた小刀が残されていて加納月と血液型は一致していました」

「鏡の間近くに爆竹の燃え残りと導火線の煤が残されております。
現場では直前に鏡の間のほうで大きな音がしたとの情報があります」

「加納月の死体は顔と頭の後ろに能面がかぶさり、手には『月』と書かかれた文字がありました」

「対局場につながる廊下に、微かな血痕が滴り落ちていて加納月の血液型と一致しております」

「加納月の自宅からは、パソコンに古文書のような画像が見つかりました。また加納月の自宅には手紙が残されていました」

「加納月の自宅にモデル事務所の名刺があったので問い合わせてみると、以前在籍していたが契約規律違反があり契約を解除したとの事。
事務所を通さず何人かの顧客の男性と付き合って金でトラブルになっていたと言っていました」

「事務所によるとその後の加納の消息はっきりとは知らないが以前の催し物の臨時派遣で働いていた現場で偶然会ったことがある。
そのとき加納は高級そうな服やブランドもののバッグやアクセサリーを身に着けていたので、理由を加納月に聞いたら、『いい人に巡り合った。それに骨とう品で儲け話がある。』と言っていたようです。
ただ最近、棋士のイベントパーティ会場で見かけたが、顔色は暗く悩んでいたようだと言っておりました」

吉川からはそれ以外の加納月の自宅で見つかった内容を報告した。
最後に吉川は所見を述べた。
「金に困っていた加納月さんに殺害動機を持った人物が、月の小面という骨董価値のあるものを餌にして、京都能楽堂のイベントにおびき寄せ、何らかの手段で殺害したものと思われます。
従って容疑者も当日イベントに参加していたはずです。
実行犯と殺人教唆の犯人が二人いる可能性はありますが、殺害現場の近くにいたのは市会議員の大野春長、地元囲碁棋士の日海与三郎、新進気鋭の能楽師は安宅来電、対局者の堀尾羅美亜、立会人の石川安生、記録係の望月貞子、最後に十五歳でまだ子供なので犯人ではないと思いますが大橋想子の七名が容疑者と思われます」

捜査会議が終わり、明日参考人の事情聴取をすることになった。
「吉川さん、お待ちです。二階に行ってください」
誰?

二階に行くと、大橋想子が立っていた。
「女流名人戦の対局は勝ったわ。
でも財布を能楽堂で落としたみたい。
交通カードは持っているから残高は数千円あるけれど。
まだ警察に財布の落とし物も届いていないみたい。
保護者を聞かれたから、名前借りちゃった」
「そうか。明日はここだよな。これからどうする」
「スマホの写真見てくれる?」
「いいよ。そこの長椅子が空いているから座ってくれ。」

吉川と想子は長椅子で隣り合わせに座り、想子が差し出した手のスマホを吉川が見ようとして、二人の手と手が接触した。

スマホが輝き、想子は衝撃を受けたような顔をしていた。
その後吉川は気が遠くなった。
そして意識を失った。
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