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第四十九話

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「今宵はもう夜も更けた。宗古殿、月の小面についてはまた明日仕切りなおそう」
家康が宗古に声をかけた。
「勝吉、死体の検分は進めてくれ、それから忍びの者が西の丸に侵入しないように警備強化を頼む。
私は明日朝、淀君と王子稲荷神社に行かねばならぬ。
後は頼む」
「承知しました。
死体はかなり焦げていて誰だかわからない状況らしいです。
私もまだ死体を確認したわけではなりませんので医師も呼んで検分を進めます」

宗古たちも家康に付いて西の丸に戻り、スマホで、忍びの月の動向を探った。
「家康様、今は忍びの月の反応がありません。この西の丸には居ないようです」
「あの静勝軒の死体が忍びの月ならばいいのだが。
警戒が必要だ。明日夜もう一度部屋に来てくれ。月の小面をどうするか決めたい」
「はい。伺います」

家康は茶阿局の部屋に入って行った。
「家康様、火事はいかがでしたか。
家康様、あっ、そこはだめです。まだ部屋の外に人がいます。
もう手もお体もすっかり元気になって」
茶阿局の部屋に入ろうとしていた宗古と吉川は顔を赤らめて、そっと忍び足で茶阿局の部屋の前から去って、宗桂のおっさんの居る部屋に戻った。
「明日は私も王子稲荷神社に行くわ。
あの文書で再転生について何かわかるかも。
葛の葉さんについても調べなければ」

宗古は宗桂のおっさんに聞いてみた。
「王子稲荷神社で、葛の葉さん、いえお母さんにあったときの状況を詳しく聞かせて。明日王子稲荷神社に行くわ」
「わしも行くぞ。葛の葉がいるかもしれんから。
前にも言ったが、私が十七年前くらいに知り合いの王子稲荷神社の宮司を訪ねたら、美しい巫女がいたのじゃ。
その美しい巫女に、
『あなたを支えて名人にさせます、私たちの子も跡継ぎ名人に。不思議なことが起きても何も言わずついてきていただけますか』
と言われて結婚できることになったのじゃ。もちろん私の一目ぼれで」
「王子稲荷神社の宮司は何て名前だったの」
「宮司の名前は、吉川だったと思う。明日行けば誰が今宮司をしているかもわかる。
あのときの吉川という宮司は病死されたが、商売の行商で大変お世話になった」
吉川(戦国時代では大橋さつきの名前)は驚いた。
俺と同じ名前?
確かに俺は、戦国時代は王子稲荷神社の宮司の息子ということになっていたはず。
翌朝、淀君と家康について宗古と吉川と宗桂のおっさんも王子稲荷神社に付いて行った。
「珍しく大野修理がいないようね。淀君のお付は誰でしょう」
「大野春氏ではないかな。小那姫もいるぞ」
ここからは聞こえないが遅れてやってきた勝吉が家康に深刻な顔つきで話をしている。

淀君は王子稲荷神社の本堂で祈願したあと、狐の穴跡と呼ばれる小さな祠のきつねにも深々とお辞儀、拍手をしていた。
そのあとに淀君は、御石様と呼ばれる石を持ち上げて、
「これは軽い、願いは叶う」
と機嫌よく大野春氏に話しかけていた。

王子稲荷神社の御石様と呼ばれる石は、願いが叶う場合は軽く、そうでない場合は重く感じるらしい。
あくまで重さの感じ方は主観でしかないと思うが。

淀君の子宝祈願の用事が終わったようで、大野春氏と小那姫に西の丸に戻ると指示をしていた。

宗古は家康に、私たちはまだしばらく王子稲荷神社に滞在すると伝えていた。
家康はそのあと慌ただしく勝吉と真剣な面持ちで帰り支度をしていた。
「宗古殿、昨夜の死体はどうも女ではなさそうだ。
男のようだ。忍びの月はまだこの辺りにいるかもしれぬ。ここにいるなら警戒は必要だ。少しだけ兵は残しておく。
私は勝吉と死体検分をしないければならないから今から帰る。
煙に巻かれて死んだと思っていたが、死体には背中に刺し傷があるらしい」

総勢が帰った後、宗桂のおっさんは宮司がいる本堂に向って歩き始めた。
死体は気にはなったが、宗古と吉川も宗桂のおっさんの後を付いて行った。

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