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第四十四話

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「風が出てきたぞ。帆を張れ。風に乗るぞ」
船員の声が聞こえる。
戦国時代の船では無敵のチートスキルである。

安宅船が全速力で江戸に向けて進みだした。
宗古が吉川のスマホを弄っている。
「あなたのスマホでも雪月花のアプリがあったよ。
ほら、同じように操作できるわ」
宗古が吉川のスマホを安宅船の帆に向けて風神を発動している。
「十五分くらいしか風神は持たないみたい。
何度もアプリを再起動させないといけないのは不便ね」

その後も安宅船は強い黒潮と偏西風に加えて宗古の風神の威力で、猛スピードで江戸に向って進んでいる。
安宅船の前に見えた小さな関船は更に早い速度で前に進んでいき前から見えなくなった。
全員で船の中で漕いでいるのか関船の甲板には誰も見えなかった。

数日後、黒潮の勢いと偏西風の勢いは持続し、宗古のスマホの風神が無くても船の耐久限界に近いスピードで安宅船の航海が持続している。
「江戸湾が見えてきたぞ」
船員が叫んでいる。

船室の城のような建物から家康が甲板に下りてきた。
宗古と吉川も昼間はずっと甲板にいて、偶にスマホを操作している。

家康は船長の九鬼と話をしている。
「海賊も、いなくなったか。昔は瀬戸内だけではなく江戸湾にも船荷狙いで盗賊が待っていたのだが」
「家康殿、この安宅船で九鬼を相手に襲ってくる海賊船などあるはずもありません」

勝吉が宗古と吉川の所に近づいてきた。
「もうすぐ江戸です。江戸城は太田道灌が築城してからかなり立っていたので、荒れ放題になっていた。二年前くらいから家康殿が精力的に新しい江戸城の実現に向けて指揮を執っておられます。
まず西の丸から増改築を進めている。
西の丸なら、淀君をお迎えしても失礼ではないくらいの出来だと思う」
「あれは何?」
宗古が安宅船のかなり前のほうにある関船らしきものを指さした。
「さっきから進むわけでもこちらに来るわけもなく、あの辺りで停まっています」
「甲板に誰もいないな」

勝吉は家康と九鬼がいるほうに歩いていき報告しているようだ。
安宅船は江戸城近くの湊に向け舵を切っているので必然的に関船に近づいていく。

安宅船が更に前に進み、関船と並んだそのときに、甲板から誰かが跳び出した。
関船の甲板に姿を現したのは女のようだ。目元以外は布で覆っていて顔が見えない。
女は弓を引いた。矢がこちらに飛んでくる。
「早く船室の中に」
勝吉が家康に声をかけている。
宗古はスマホを取り出した。
「うっ」
吉川が家康を見ると、腕に矢が刺さっている。
勝吉が家康の後ろにまわり家康を抱え、女に背を向けてそのまま船室の入口に向って走って行った。
女は二本目の矢をセットして弓を引いている。

宗古がスマホを女に向けた。
女は苦痛で顔を歪めながら弓を射ったが今度は勝吉の横を通って行った。
女は物凄い形相で、宗古に何かを投げようとしていた。
宗古に何かが飛んでいく。
柔らかい何かに当たった嫌な音がした。
宗古が後ろ向きに倒れていく。
吉川はとっさに、宗古の体を庇って支えて、宗古の上に覆いかぶさった。
吉川の顔の横を何かが通過した。

九鬼が甲板で叫んでいる。
「私の船に向けて攻撃するとはいい度胸だな。大砲準備しろ。
あの関船をぶっ壊せ」

安宅船の砲台の大砲から弾が何発も発射された。
関船は木っ端みじんに真ん中から割れていく。
関船の船底にいた漕ぎ手が海に飛び込んでいく。
関船がゆっくり沈んでいく。

甲板にいた女は器用な横泳ぎをしたかと思うと水中に潜った。
安宅船の大砲は関船だけではなく、女が潜ったと思われる場所にも何発か打ち込んだ。弾が海の中に入るたびに波が襲ってくる。
やがて関船は沈んでいった。漕ぎ手は近くの浜辺に向けて泳いで逃げて行った。

「宗古。
大丈夫か」
吉川は宗古に大声で安否を確認した。
宗古の顔は真っ青だが、声は落ち着いている。
「スマホの電磁波の威力は強力ね。でも壊したかも」
宗古は胸元を開きスマホを見せた。
スマホのガラスの画面が割れて画面が真っ黒になっている。
「いいよ。スマホなんてどうなっても。それより大丈夫なのだな」
「あなたこそ。大丈夫なの。
さっきあなたのすぐ横で通過する音が聞こえたのよ。
私は平気」
吉川が前を見ると甲板に手裏剣が突き刺さっていた。
宗古の近くにもガラスの破片がついている手裏剣が落ちている。
手裏剣には九曜の紋が刻んである。
吉川は耳のあたりの髪の毛が少し無くなっていた。手裏剣に髪をカットされていた。
わずかに逸れたのか。危なかった。
吉川は宗古を抱きしめ安堵した。
柔らかで弾力のある丸みを帯びた感触は確かに宗古だ。
もう危険な目にあわせたくない。

「家康は大丈夫なの。このままでいたいけれど」
吉川に抱かれていた宗古は吉川に問いかけた。
家康の腕に矢が刺さっていたはず。
宗古と吉川は船室に入って勝吉を探した。

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