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第二十五話 デジャブ

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堀尾吉晴がやってきた。
「淀君と大野修理殿と算砂殿が到着された。事前に聞いていなかったが、急なご視察なようだ。家康殿には先ほど報告をした。
遠江分器稲荷神社にすぐ行かれるらしい」
「大変よ。私たちも急がないと」
女中は小那姫に呼びつけられ、女中は小走りに城の外へ走って言った。
浜松城に、そして遠江分器稲荷神社にいったい何があるのだ。

城の天守に行くと、金と紫と黄色に染めた荘厳な衣装で妖艶な淀君が鎮座していて、その横には大野修理がいる。
反対側に徳川家康と堀尾吉晴だ。
俺たちは後ろのほうで控えている。宗桂のおっさんも控えており、そのよこには囲碁打ちの算砂もいる」
大野修理が言った。
「堀尾殿、急な訪問で申し訳ない。淀君がどうしても遠江分器稲荷神社で祈念したいことがあるとおっしゃられて、太閤殿下にも了解を得て我々はここに来た。家康殿が平戸から安宅船に乗られたと聞いていたが、それよりも小さな関船という高速船でここ浜松まできた。
途中嵐が来そうになったがうまい具合に嵐を避けられて追い風で予定より早く着いた。
早速だが、遠江分器稲荷神社に行って淀君と祈念に行って参る。護衛を頼みたい」
「はっ。早速手配いたします」
淀君が少し憑かれたような表情で話す。
「私は見たのです。遠江に鎮座する黄金の狐と私の子が夢枕に現れたのです。その場所で祈念すると太閤殿下の跡継ぎの男子が授かるであろうという夢を見たのです。
太閤殿下と褥をともにした夜の翌朝に見たのです。
太閤殿下にすぐその夢をお伝えしましたところ、すぐにその場所に行って祈念しなさいと言われました」
大野修理が補足した。
「遠江に鎮座する黄金の狐というのは遠江分器稲荷神社のことであろう」

算砂が宗桂のおっさんに小声で説明していた。
「淀君と大野修理が浜松に向かう船に乗るというのを聞いて、便乗させてもらった。月が浜松に行くと聞いていたのであとを追いかけようと思った」

徳川家康、堀尾吉晴、小那姫、勝吉に守られて、淀君と大野修理は遠江分器稲荷神社に向った。宗古は俺と同じ馬でそのすぐ後ろに付いて行った。
宗桂のおっさん、算砂、石山安兵衛もその更に後ろを歩いている。

馬に乗った俺は後ろの宗古に女中と何を話したのか尋ねた。
「女中は、能楽師の来電に呼ばれたらしいわ。
来電と懇ろになった女中よ。
女中が言うには、算砂と月が浜松城に寄贈した囲碁盤が城内にあったら持ってきてほしいと頼まれたらしいわ。
女中は別の高級な囲碁盤が江戸から届いたので、算砂様と月様から寄贈いただいた囲碁盤は、小那姫様が一旦預かったのちに、遠江分器稲荷神社の宮司に倉庫で一時保管することにしたそう。」
「何で能楽師の来電、いや大野修理の間諜である来電はその囲碁盤を欲しがったのだ」
「あの囲碁盤は確か算砂様がいい音がするといっていたよね。多分中が空洞になっている囲碁盤なのよ。
囲碁盤の中に何かが入っている。その囲碁盤は月が寄贈したもの。だから来電と多分月はそれを欲しがった」
「まさか、月の小面が入っているのか、その囲碁盤の中に歩き巫女の月が本物の月の小面を隠したとしたらまずいな」
「可能性はあるわ。早く何とかしないと」

黒い雲が近づいてくる。雷鳴が遠くで鳴っている。

淀君と一行が、遠江分器稲荷神社の黄金の狐の前に到着した。
雷鳴が大きくなって稲光がする。空は黒雲に覆われて風が出てきた。

淀君が二礼に拍手一礼を黄金の狐の前で行い何かを祈っていた。
祈念が終わり、そろそろ帰ろうかと思ったときに何か音がした。
カラカラと音がして、車輪の付いた椅子のようなからくり物に誰かが座っていて、徐々に黄金の狐に近づいてきた。
どこかで見た車いすに似ているなと吉川は思った。
椅子の下には赤い液体が少し滴り落ちている。
座っている者は能面をつけている。

小那姫が叫んだ。
「淀君、私の後ろにいてください」
小那姫は、車輪の付いた椅子のようなからくり物に近づくと着物の胸元を空けて先ほどより大きな声で叫んだ。
「これは大変。」
宗古が小那姫の後ろから覗き込み叫んだ。
「小刀のようなものが胸に刺さっている」
小那姫は能面と取った。
女の顔が現れた。
算砂が叫んだ。
「月。月なのか」
小那姫の顔が真っ青になっている。
勝吉が駆け寄り、車輪の付いた椅子のようなからくり物に座っている女を抱きかかえた。
「息をしていません。刺殺されているようです」
それからの現場は大騒ぎである。
堀尾吉晴の家来が遠江分器稲荷神社を封鎖した。

令和の伏見の能楽堂で加納月が刺された事件と同じではないか。吉川はデジャブを感じた。

堀尾吉晴の家来が叫んだ。
「誰かいるぞ。逃がすな」
本殿の横で女が倒れている。その横には囲碁盤がぱっくり割られている。囲碁盤の中は空だ。
石山安兵衛が本殿の横の女にしがみついた。
「貞、しっかりしろ」
吉川と宗古も後を追う。女の首回りには絞められた痣があった。
石山安兵衛が心臓マッサージのようなことを女にすると、ゲボッという声がした。
石山安兵衛は女を抱しめる。
どうやら一命をとりとめそうだ。何が起きたのかを知る貴重な証人である。
この女は絵師で伏見と肥前で出会った貞という女だろうか。
女が力なく小声で話している。
「囲碁盤に月の小面は無かった。来電に殺されかけた」

石山安兵衛が胸元を開いて動揺している。
「違う」
首を絞められ元気のなかった女は急に立ち上がるとこれまで気絶したのが信じられないような敏捷さで本堂の奥の林に駆け込んだ。
石山安兵衛は、からくり椅子に座って刺し殺された女に走り寄って胸元を空けた。
「貞。どうして」
石山安兵衛が号泣している。
宗古が吉川に言った。
「どうやら、車いすで刺された女は貞であり、さきほど首を絞められ気絶して逃げた女が月のようね」
淀君と家康一行は帰り支度をしている。
大野修理が淀君に「知らない女です。名も知らぬ女が死んでも淀君の御祈念には全く影響は有りません」と話している。
刺殺された女は石山安兵衛が抱えている。
雷鳴がなり稲光が強くなった。
宗古が吉川の手を取って抱き寄り鳥居の前でスマホを取り出した。
スマホが輝いた。
「ほら、レベル4よ。レベルが上がったのよ」
画面には、狐のような動物と4/10と書かれた数値とレベル4という文字が浮かび上がった。算砂と宗古が囲碁の対局をしたときにスマホに現れた村正の妖刀という文字が赤く輝いている。
それにスマホのアプリ画面で、今度は今まで見たことのない文字が追加された。
「宗古は武器を手に入れた。村正のレーザ妖刀を手に入れた。正しい者が持つと赤く輝く。」
スマホの近くに突然日本刀が出現した。

宗古が日本刀を触ったが何も起こらなかった。
「ねえ。握ってみて」
吉川がこの刀の柄を握った。
何と日本刀が赤く輝き始めた。
吉川が遠くの岩に向けて刀を構えた。
宗古がアイコンに触れると、刀の柄に村正の妖刀と書かれたボタンが出現する。
吉川がそれを押すと日本刀の先が赤く輝き、遠くの岩に向ってレーザビームが発射された。
遠くの岩が大きな音を立てて粉々に砕け散った。
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