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第十五話

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翌日、宗古と吉川は家康の屋敷を再び訪ねた。
家康の前に、宗古と俺が座っている。
宗古は、今朝俺に、前世の話をする、嘘ではないからと言っていた。
家康の声が小さい。
「よう来た。今の屋敷は天井、屋根、床から全部調べた。今や完全に安全安心屋敷である。
以前宗桂殿と来られたときの絵師も調べた。
やはり一人忍びの者が紛れていたようだ。今後はそのようなことも起きないよう身元の確認や警備を増やしている。
偽の絵師の行方は容疑者らしきものが浮かんだので私の間者に監視をさせている。
今は人払いをしておる。外には家来がいるが小声で話せば誰にもわからぬ」
「ありがとうございます。
私たちはこの天正の時代に生きる者であります。今の時代を生きるものであるので、そういう意味では未来人でも悪霊でもありません。
人は、死ぬとまた別の世に生まれ変わって生きることを転生と言います。私たちはこの時代に生きる者ですが、前世を私は夢で見たことがあります。
家康様のご慧眼通り、私たちは夢で前世の記憶を見たのです。
その夢の中で先日の文書を見たのです」
宗古の眼はキラキラと輝いている。
「私たちが前世に再び戻ることができるのかどうかわかりません。戻るというか再び前世に転生できるかどうかわかりません。
ただもしそれが叶うなら、これも家康様のご慧眼通り、信長様から太閤様に続く今の時代から新しい時代が始まるであろう前世の夢を見ました。
あの文書もひょっとしたら生まれ変わる前の私か私の関係するものが書いたかもしれません。今の私にはその記憶はありません。
ですから家康様は私たちが再び前世に転生できるようにご支援を頂きたい。
そのためには本当の月の小面が必要です。
それから、もう一つ前にもお願いしました通り、新しい時代になって家康様がそういう立場になられたなら、大橋宗桂、私の父ですが、父を一世名人として扶持を与えていただき将棋の家元(将棋所)として生活できるように取り立てていただきたいのです」

家康は破顔一笑した。
「心得た。
本当の月の小面の手がかりを得るために浜松城で現地調査をしたがどうだった」
「どうやって月の小面が消失したかはわかりました。ただもう少し関係者を調べないと誰がやったのか、本物はどこにあるのか、それがわかりません。
文書では遠江とあったので、浜松城か遠江分器稲荷神社が有力ですが闇雲に探すわけにはいかないと思います」
「そうすると、肥前名護屋城で関係者が揃うからそこで本物の足掛かりが見つかるな。
いざ肥前名護屋城へ」
「はい。そう思います。
あと江戸の王子稲荷神社にも行ってみたいのです。伏見稲荷大社は地元ですが王子には行ったことが無いのです」
「わかった。肥前名護屋城のあと私は江戸に戻る。いっしょ来るがよい。明日伏見を立ち、肥前名護屋城に向う。宗桂殿もいっしょだな」
「はい。よろしくお願いします」
「わかった。家来の勝吉を付けて警護を強化する」

肥前名護屋城への道のりは遠かったが、襲われることも無く移動ができた。
普通は野宿になる旅だが、家康様のご威光で各地方の城や有力者の家を訪ね宿泊した。

宿泊の部屋はいつも宗桂のおっさんが真ん中で、俺と宗古は右と左に分かる雑魚寝だ。
夜ごと宗桂のおっさんがいびきをかくと、宗古はさらしを外した。
豊かな双丘が微かに横から見える一糸纏わぬ後ろ姿を俺に毎夜見せつけた。
そのあと宗古はおっさんを見て不機嫌になり、寝ると叫んで朝を迎えるということを繰り返していただけで、事件に特筆すべきことは何も無い。

一行は肥前名護屋城に到着した。
月の小面の関係者が全員揃うらしい。
太閤秀吉、秀吉の側室淀君、秀吉の家来の大野修理、徳川家康、堀尾小那姫、能楽師の来電、碁打ちの算砂、算砂が言う娘の月、大橋宗桂、宗古、そして俺である。
それ以外にも雪と花の小面を持った能楽師が来るらしい。
堀尾吉晴は家康に命じられて浜松城に残り、浜松城内と遠江分器稲荷神社にて、月の小面を探すようだ。
道中、宗古とは、どうしたら令和に再転生することができるか、いくつかの仮説を話し合った。この冬に実行に移すかもしれない。
旅を重ねる度に、吉川は宗古を守ってやりたいという感情が高まってくるのを感じていた。
令和に戻ったら必ず意気地なしを解消する、かもしれない。まあ、今まで唇にキスをしたことが無いことは認める。
宗桂のおっさんが宗古に言った。
「石山安兵衛という職人は、今年の夏まで尾張に住んでいたが今年の秋に肥前に引っ越したらしい。肥前名護屋城の近くの町にいるらしいぞ。勝吉さんが石山安兵衛を知っているらしい」
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