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第六話

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堀尾吉晴が月の小面消失の経緯について話し始めた。
「京の伏見城で、家康殿は月の小面という美しい少女の能面を太閤秀吉様から頂いた。それを家康様が江戸城に持って帰る途中、浜松城にお寄り頂いた。浜松城は私が城主であるが、もともと家康殿が浜松城と命名され天正十四年までお住まいになられた城である」
堀尾が続けた。
「他言無用なるぞ。月の小面を浜松城に持ってこられたので、宴を城内で開いたのだ。
宴に居たのは、家康殿、それに新進気鋭の能楽師、囲碁打ちの算砂殿と娘、私の娘や私も交えて、月の小面で能を堪能したのだ。
宴が終わり月の小面は厳重に木箱に入れて、城内の堅ろうな部屋に鍵をかけて寝ずの番をつけたのだ」
家康も補足した。「確かに盗人が入る隙間もない警護だった」
堀尾が引き続き説明する。
「翌朝、家康殿の面前で部屋の鍵を私が開錠し、家康殿の面前で私の娘が木箱を空けたのだが、木箱から月の小面が消えていたのだ」
吉川のスマホのバイブレーションが鳴った。
これは密室消失事件ね、面白いじゃない、と書いた画像が宗古から俺に送られていた。
この時代でもブルートゥースで通信できるのか。
家康が次の手を指した。
宗桂が話す。
「太閤殿下がナゴヤ城で雪月花の能面の能楽が開かれる、家康殿も来られると聞きました。
それは大変でございます」
「いい知恵を授けてほしい。そこの利発な跡継ぎに聞くがどうしたらいいか」
瞳の大きな本当は美少女の宗古が、家康を見つめて言った。
「私に考えがあります」
家康の顔が好々爺に戻った。
「そうか、さすが太閤将棋を考えた跡継ぎよ。
さて月の小面はどこにある?
私はどうすれば良い?」
「月の小面がどこかはそのうちに。それに確認しないといけないことが沢山あります。それよりナゴヤ城の太閤殿下への対策が必要です。
大事な能面は本面と写し面という予備の面を用意することが多いのですが、月の小面の写し面は無いのですか」
「まだ作られていないと思う。それに月の小面の絵柄が残っていないから写し面を作るのも不可能だ」
家康の顔が再び曇る。
「絵柄があれば、月の小面の写しを制作できる能面作家や技術者はいますか」
「それは問題ない。江戸には多数。口も堅い」
「絵柄を模写できる絵師もいますか」
「それも問題ない。京にいくらでも」
宗古の瞳が更に大きくなった。
「絵師を私の所に連れてきてください」
「それも問題ない。月の小面の絵柄がわかるのか。どうやって?」
宗古は得意満面な顔で笑みを浮かべると、
「月の小面の写しは作ることができます。
任せてください。
能面作家や技術者の手配をお願いします。
それをもってナゴヤ城に持っていきましょう」
宗古は堀尾吉晴に向かって言った。
「それから堀尾様。現場検証、いえ現地の調査が必要です。
浜松城に行きます。
そこで本当の月の小面の手がかりを見つけます」
吉川のスマホが再びバイブレーションの音がした。
そこには月の小面の画像があった。
対局が終わり家康は立ち上がった。
「わかった。すべて手配しよう。堀尾殿この者たちが浜松城で調査できるように計らってくれ」

家康の屋敷で絵師が来るのを宗古は吉川の横に座って待っている。
おっさんの宗桂はさきに自宅に帰った。
「これが雪の小面、これが花の小面、そしてこれが月の小面よ。月の小面は秀吉が家康に渡した本物ではなく写し面というかレプリカだけれど」
「いつ保存したのだ」
「あの大晦日から元旦に伏見稲荷大社で雷鳴が鳴って一時的にスマホが繋がったときよ。
令和の能楽堂の事件をネットニュースで調べたときに雪と花の能面を被って刺された人と書いてあったから、急いで天下三面という雪月花の能面を検索したら三つの小面の画像があったのよ。
本物の月の能面は令和には残っていないのよ。所在不明で一説には江戸城の大火で焼失したという記事があるわ」
「なるほど。さっき話に出た算砂とは誰だ」
「大橋宗桂が将棋の一世名人なら、算砂は囲碁の一世名人よ。僧としては本因坊算砂、苗字が確か加納だったような気がする。
それから、絵師に月の小面の表と裏を見せるからスマホを貸して」
「わかった」
吉川がスマホを渡すと、肩に宗古の柔らかい膨らみの感触を感じた。
「さらしを巻いているから胸がきついの。ほら見て」
美少女はそう言いながら右の胸の膨らみを吉川の肩に押し付けながら、左の胸のさらしを下にずらした。
桃色の可愛い突起らしいものが、微かに吉川の視角に入ったような気がして吉川は固まった。
誰か来たようだ。
さっと吉川は宗古から離れた。

絵師が何人か来てスマホの月の小面を模写した。
スマホを珍しいものを見るような顔つきの絵師は、しゃべるなと言われたかのように押し黙って筆に集中をしていた。
絵師の模写が完成したようだ。
絵師がどこかに行った。家康のところだろう。
家康がやってきて、
「確かに月の小面の絵に違いない。
さっそく写しの面の制作を手配しよう。
ナゴヤ城は浜松城より遠いがまた会おう。
宗桂の跡継ぎは私の眼に狂いはなかったな。礼を言うぞ」
吉川は初めて家康に口をきいた。
「尾張のナゴヤ城は浜松城の手前ではないでしょうか」
「いや。天正十九年に秀吉殿が築城したのは肥前の名護屋城だ。秀吉殿からそう聞いておる」
横で大きな瞳の宗古は驚いた。
「父に伝えます。尾張の名護屋城ではなく、肥前の名護屋城だったとは驚きです」
その時、大きな音がしたかと思うと家康の家来が慌ててやってきた。
「殿、屋敷の天井に曲者が潜んでおりました。見つけて捕まえようとしましたが、屋根伝いに逃げられました」
「追え、それと警備を強化する。屋根壁床全部調べよ。そして屋敷の外から忍び込めないように警備を増やせ」

吉川と宗古は伏見の家に戻るよう家康に言われて屋敷を後にした。
「聞かれたとしたら月の小面を探す連中が増えてくるな。これはまずい」
二人が伏見の家に戻る途中で二人のスマホに雪月花と書いたアプリが勝手に起動した。
しかし画面のレベルはそのままである。
「どうすればいいの。そうだ。伏見稲荷大社に行ってみない」
雷は鳴っていないが、二人は千本鳥居をくぐっていった。
「スマホのアプリは変わらないな。やっぱり雷が必要なのか」
吉川はがっかりしていたら急に宗古が横から抱きついてきた。
さらしを巻いているとはいえ、宗古の柔らかな隆起を感じる。少し前より成長している気がして吉川は顔を赤らめていると宗古が叫んだ。
「ほら見て。スマホアプリの画面が変わってくるわ。やっぱり思ったとおりだわ」
スマホのアンテナがほんの少し出現したかと思うとすぐ消えた。

画面には、狐のような動物と1/10と書かれた数値とレベル1という文字が浮かび上がった。
「月の小面のレプリカを作って家康様を助けたら、レベルが上がって月の小面の謎が1つ解けたみたいね」
「そうなのか。」
「私には何かのパワーというか使命というかそういうものが転生して手に入ったみたいな気がするの。
そしてあなたは、そのパワーを加速促進する触媒のようなものなのよ。
私のパワーを加速するものは、伏見稲荷大社に関係するもの、雷に関係するもの、そして一番パワーを加速させるのはあなたなのよ。
だから令和の事件で二人は巡り合ってここに転生したのかも。
月の小面の謎を解く必要があってそのためにきっと二人は戦国時代に転生したのよ」
「そうか。何かの使命というと将棋の名人にかかわることかもしれないな。
令和の真女流名人戦で事件が起き、転生したところのおっさんは歴史上では将棋の一世名人になるし、君は二世名人候補だし、それが月の小面に関係するかもしれないな。
アプリのレベルを上げることが運命というか使命を実現するのかもしれないな。
家康をサポートすることがその使命に役立つからレベルが上がったのか」
「そうよ。
だからもっともっと二人は密着しないといけないのよ。
あなたと抱きつくことで私の中の愛情ホルモンか何かが増えてパワーが増すのよ。
あなたの中の愛情ホルモンも加速すれば、もっと私のパワーが増すはずよ」

吉川の顔はますます赤くなった。
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