竜焔の騎士

時雨青葉

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第5章 あるべき場所

《焔乱舞》の操り手ではなく……

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「……どういうこと?」


 質問の意図が分からず、キリハは眉を寄せて訊き返す。


「私たちと会ったことが、お前に何か大きな影響をもたらしたのか、それとも私たちと会う前からそうだったのかは分からん。ただ、お前の目は確実にこの国を離れているように見える。本当にお前は、ここにいたいのか?」


 単純に聞いただけでは反感しか浮かばないようなことを、ノアは真面目に問うた。
 顔をしかめるキリハの目を見つめ、ノアはゆっくりと右手を掲げる。


 そして、まっすぐに海を指差した。


「また機会があったらとは言ったものの、本当は気になって仕方ないのだろう? ルルアのことも、それ以外の国のことも。」


 ずばり核心を言い当てられ、キリハは思わず息を飲んだ。


「お前が知りたいと思うことは、全部教えてやる。世界中を見たいと思うなら、それが実現できるような立場を用意しよう。ここにいてそんなに不満そうな顔をしているくらいなら、ルルアでやりたいことを好きなだけやるがいい。私が全力で後押ししてやる。」


「………っ」


 キリハは下ろしていた手で砂を握り締める。


 無理だ、と。
 数日前はあんなにあっさりと言えた言葉が、今は全然出てこない。


 喉が震える。
 心が揺れる。


 どうしようもなく大きく、目が回りそうなほど強く。


「でも、俺は……」


 必死に言葉を紡ぐ。
 しかし。


「しっかりしろ、キリハ!!」


 途端に表情を険しくしたノアが勢いよく肩を掴んできて、その言葉は彼方かなたへと消えてしまった。


「いいか、よく聞け。私やディアラントも、そしてお前も、たぐまれな才を持って生まれた人間だ。私たちはどんなに大人しくしていても、他人に強く影響してしまう。それはもう、今さらけられるものではない。だからこそ私たちは、自分の力を正しく認識して、その力の使い方を誤ってはいけないんだ。」


「…………それって、今の俺は間違ってるって言いたいの?」


 自分の口から、情けないほどに震えた声が零れる。
 ノアはすぐに、首を横に振った。


「お前のこれまでの行動が間違っていたとは思わん。だが今のお前は、本当にやりたいことができているのか? やりたかったことができていると、そう断言できるか?」


「それは……」


 砂を握る手に力がこもる。


 やりたいことはできているはずだ。


 レティシアたちは殺されなかった。
 限定的とはいえ、外に出る自由も得られている。


 文句はない。
 でも、脳裏にたくさん浮かんでは消える〝本当は…〟という思い。


 それが現状に納得しようとする心を邪魔して、ノアの言葉を否定する余地を綺麗に奪い去ってしまう。


「分かっている。今のお前は、今以上を望めないのだろう。だがな……」


 ノアは自分の胸に手を当てる。


「お前なら、分かるだろう? 私もディアラントも、自分がやりたいことしかできない奴だと。私たちはな、そういう風にしか生きられんのだ。無理に自分を型にはめ込んで己を押し殺しても、それで満足できる人種ではない。そして十中八九、お前もそういうタイプの人間だ。それを十分に理解した上で聞いてくれ。」


 ノアの瞳に強い光が灯る。


「キリハ。私と一緒にルルアに来い。セレニアじゃ、お前はどうしたって異端者だ。お前がやりたいことは、セレニアの枠には収まらない。お前は、もっと広い世界で活躍すべき人間だ。お前がやりたいことができるだけの立場と権力を用意する。レティシアたちも一緒に、ルルアへと招き入れよう。お前以上の戦力をセレニアに提供することも約束する。私は、《焔乱舞》の操り手としてのお前が欲しいんじゃない。真摯しんしな気持ちでドラゴンも人間も大事にしようとする、お前自身が欲しいんだ。」


「………」


 キリハは苦しげに眉を寄せる。


 ノアの言葉を、何一つとして否定できない。


 確かに自分の好奇心は、海の先へと向いていると思う。
 自分の価値観が周りとはかなり違うことも、分かっているつもりだ。


 でも、自分はここにいなきゃいけないと。
 そう思う気持ちだって、ちゃんと胸にあるのだ。


 《焔乱舞》との約束と、自分で課した義務。
 セレニアの外へと向いてしまう関心。


 どっちも大事な、自分の心。


 そのどちらを優先することもできず、ノアの言葉に何も答えられないまま、キリハは腰の《焔乱舞》を強く握った。

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