259 / 598
第5章 あるべき場所
《焔乱舞》の操り手ではなく……
しおりを挟む「……どういうこと?」
質問の意図が分からず、キリハは眉を寄せて訊き返す。
「私たちと会ったことが、お前に何か大きな影響をもたらしたのか、それとも私たちと会う前からそうだったのかは分からん。ただ、お前の目は確実にこの国を離れているように見える。本当にお前は、ここにいたいのか?」
単純に聞いただけでは反感しか浮かばないようなことを、ノアは真面目に問うた。
顔をしかめるキリハの目を見つめ、ノアはゆっくりと右手を掲げる。
そして、まっすぐに海を指差した。
「また機会があったらとは言ったものの、本当は気になって仕方ないのだろう? ルルアのことも、それ以外の国のことも。」
ずばり核心を言い当てられ、キリハは思わず息を飲んだ。
「お前が知りたいと思うことは、全部教えてやる。世界中を見たいと思うなら、それが実現できるような立場を用意しよう。ここにいてそんなに不満そうな顔をしているくらいなら、ルルアでやりたいことを好きなだけやるがいい。私が全力で後押ししてやる。」
「………っ」
キリハは下ろしていた手で砂を握り締める。
無理だ、と。
数日前はあんなにあっさりと言えた言葉が、今は全然出てこない。
喉が震える。
心が揺れる。
どうしようもなく大きく、目が回りそうなほど強く。
「でも、俺は……」
必死に言葉を紡ぐ。
しかし。
「しっかりしろ、キリハ!!」
途端に表情を険しくしたノアが勢いよく肩を掴んできて、その言葉は彼方へと消えてしまった。
「いいか、よく聞け。私やディアラントも、そしてお前も、類い稀な才を持って生まれた人間だ。私たちはどんなに大人しくしていても、他人に強く影響してしまう。それはもう、今さら避けられるものではない。だからこそ私たちは、自分の力を正しく認識して、その力の使い方を誤ってはいけないんだ。」
「…………それって、今の俺は間違ってるって言いたいの?」
自分の口から、情けないほどに震えた声が零れる。
ノアはすぐに、首を横に振った。
「お前のこれまでの行動が間違っていたとは思わん。だが今のお前は、本当にやりたいことができているのか? やりたかったことができていると、そう断言できるか?」
「それは……」
砂を握る手に力がこもる。
やりたいことはできているはずだ。
レティシアたちは殺されなかった。
限定的とはいえ、外に出る自由も得られている。
文句はない。
でも、脳裏にたくさん浮かんでは消える〝本当は…〟という思い。
それが現状に納得しようとする心を邪魔して、ノアの言葉を否定する余地を綺麗に奪い去ってしまう。
「分かっている。今のお前は、今以上を望めないのだろう。だがな……」
ノアは自分の胸に手を当てる。
「お前なら、分かるだろう? 私もディアラントも、自分がやりたいことしかできない奴だと。私たちはな、そういう風にしか生きられんのだ。無理に自分を型にはめ込んで己を押し殺しても、それで満足できる人種ではない。そして十中八九、お前もそういうタイプの人間だ。それを十分に理解した上で聞いてくれ。」
ノアの瞳に強い光が灯る。
「キリハ。私と一緒にルルアに来い。セレニアじゃ、お前はどうしたって異端者だ。お前がやりたいことは、セレニアの枠には収まらない。お前は、もっと広い世界で活躍すべき人間だ。お前がやりたいことができるだけの立場と権力を用意する。レティシアたちも一緒に、ルルアへと招き入れよう。お前以上の戦力をセレニアに提供することも約束する。私は、《焔乱舞》の操り手としてのお前が欲しいんじゃない。真摯な気持ちでドラゴンも人間も大事にしようとする、お前自身が欲しいんだ。」
「………」
キリハは苦しげに眉を寄せる。
ノアの言葉を、何一つとして否定できない。
確かに自分の好奇心は、海の先へと向いていると思う。
自分の価値観が周りとはかなり違うことも、分かっているつもりだ。
でも、自分はここにいなきゃいけないと。
そう思う気持ちだって、ちゃんと胸にあるのだ。
《焔乱舞》との約束と、自分で課した義務。
セレニアの外へと向いてしまう関心。
どっちも大事な、自分の心。
そのどちらを優先することもできず、ノアの言葉に何も答えられないまま、キリハは腰の《焔乱舞》を強く握った。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

異世界でお取り寄せ生活
マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。
突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。
貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。
意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。
貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!?
そんな感じの話です。
のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。
※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
異世界へ誤召喚されちゃいました~女神の加護でほのぼのスローライフ送ります~
モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎
飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。
保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。
そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。
召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。
強制的に放り込まれた異世界。
知らない土地、知らない人、知らない世界。
不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。
そんなほのぼのとした物語。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる