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第6章 それぞれの思い
宣言
しおりを挟む「諸君、おはよう!」
その日の朝、ノアが突然会議室に押しかけてきた。
ちょうど朝の会議が終わるところだった室内は、突然の来訪者に騒然とする。
「ノア様。ここは部外者立ち入り禁止です。いくらノア様とはいえど、遠慮していただきたいのですが。」
皆を代表して、前に立っていたターニャが告げる。
彼女の声にはノアの行動を非難する響きがありありと滲んでいたのだが、当のノアは全くそれを気にしていなかった。
「無礼を許せ。どうしても、皆に伝えたいことがあってな。」
ノアはターニャの隣に並ぶと、有無を言わさずその場の主導権を奪っていってしまった。
「諸君。まずは、私たちが世話になっていることに礼を言おう。私のわがままにここまで真摯に対応してくれる国も珍しい。貴殿たちの懐の深さに感謝する。今日ここを訪ねたのは他でもない。諸君たちに、報告しておきたいことがあるからだ。」
会議室にいる全員を見渡し、ノアは大きく息を吸った。
「実は、諸君たちと任務に当たっているキリハのことを、ルルアへと招き入れたいと考えている。」
「!?」
彼女の口から告げられた大胆発言に、その場にいるほとんどの人間が瞠目して息を飲んだ。
「先んじて、キリハには話を通してある。まだ正式な答えはもらっていないが、そうなった暁には、それ相応の対価を支払うつもりだ。諸君にも、キリハの意志を尊重した寛大な対応を頼みたい。」
急展開についていけない人々は絶句し、その真偽を求めて同じ方向へと目をやった。
「………」
多くの視線の先にいるキリハは目を伏せ、机の上で組んだ自分の両手を見つめている。
どうやら、ノアが言ったことは虚言ではないらしい。
キリハの様子からそれを察した面々は、次に会議室の後方にいるディアラントへと視線を移す。
しかし、ディアラントは頬杖をついたままの姿勢で目を閉じていて、この件については何も語る言葉はないと態度で示していた。
誰もが言葉を失う中、ふと話題の渦中にいるキリハが席から立ち上がった。
「……ごめん。ちょっと、先に出るね。」
困ったように微笑み、キリハはそそくさと会議室を出ていってしまう。
きっと今は、何も訊かれたくないのだろう。
それほどに、キリハの心は揺れているのだ。
キリハの性格を知っている手前、逃げるように去っていったキリハの心境は、残された皆が簡単に察せられることだった。
キリハがこの国を去ってしまうかもしれない。
そのことに、室内の沈黙が一気に重くなる。
「―――質問、よろしいですか。」
その中で唯一、ノアに向かってそう問いかける人物がいた。
「もちろん。」
ノアは一瞬意外そうな顔をしながらも、すぐに笑って先を促した。
それに一つ頷き、彼女に向かって問いを投げかけたルカはまた口を開く。
「あいつを引き抜いた際にはそれ相応の対価を支払うとのことでしたが、その具体的な内容は、あいつにきちんと提示してありますか?」
「いいや、そこはまだだ。」
「そうですか……」
ノアの答えを聞き、ルカはその目をすっと細めた。
「あいつを本気で引き込みたいとお考えなら、早急にそれを提示するべきです。」
「ふむ…?」
ノアに真意を問うような視線を向けられ、ルカは普段の彼からは想像できないほど冷静に先を続ける。
「どこまで自覚しているかはともかく、あいつは自分が必要とされていることを本能的に分かっています。そして、それに応えようと決めたからここにいるんです。自分で決めたからこそ、あいつはそう簡単に自分の責務を放棄しない。好きとか嫌いなんて感情だけでは、本当の意味であいつを動かすことは不可能です。」
澱みなく語るルカの声は、自信に満ちている。
「本気であいつを連れていきたいなら、あいつの責務を肩代わりするくらいの気概と、あいつのプライドを満たせるだけの対価を実際に見せるべきです。あいつは実際に自分の目で見て、自分がいなくても大丈夫だと納得できない限り、素直にここを離れてもいいとは思わないでしょう。あいつに百パーセントの力を発揮させたいなら、あいつがここに持つ未練の一切を断ち切ってみせてください。」
周囲が目をぱちくりとまばたかせて、ルカを見つめる。
しかし、当人のルカはそんな周囲を気にすることなく、ノアだけに視線を固定していた。
「―――なるほど。」
しばらくルカを吟味するように見つめていたノアは、満足そうに表情を緩めた。
「よく見ているな。承知した。すぐに用意しよう。」
ルカの要求は無理難題とも言えるレベルのものだったが、ノアは少しも悩むことなくそう断言した。
それだけの労力を惜しまずに出せるほど、彼女はキリハのことを高く買っているのだろう。
「分かりました。」
ルカはノアの答えを聞いて納得がいったのか、静かに椅子から立ち上がった。
そして告げる。
「なら―――オレは、あいつがルルアに行くことに賛成だ。」
その発言が空気を震わせた瞬間、辺りにこれまでとは違った動揺が広がっていく。
「ル、ルカ君……」
サーシャが青ざめた顔をして、半ば茫然と呟いた。
しかしルカはそんな彼女に、優しい言葉はかけなかった。
「あいつは、もっと自由な場所に行くべきだ。少なくとも、差別だなんだで押さえつけられる場所にいるべきじゃないだろう。」
理解が追いつかない周りを無視するルカは、それだけを言ってさっさと会議室を出ていく。
再び沈黙に満たされた会議室の中で、ノアだけが不敵に微笑んでいた。
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