竜焔の騎士

時雨青葉

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第1章 帰国

生ける伝説の登場

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 キリハの唐突な行動に、全員が目を見開いた。
 しかしその行動にはちゃんとした意味があったのだと、皆はこの後すぐに知ることになる。


 キンッ


 キリハの剣が、後ろから襲いかかってきていた別の剣を見事に受け止めたのだ。


「!?」


 驚愕していた皆は、そのまま息を飲むことになる。


 キリハ以外の誰もが気付いていなかった。
 キリハの背後に忍び寄っていた影の存在に。


 確かに影の主は身を低くして、上手くキリハの後ろに隠れていた。
 だが、そんなレベルの話ではない。


 キリハに切りかかった彼は、あまりにも完璧にその気配を消していたのだ。


 キリハは相手の剣を受け止めた瞬間に手首のスナップをかせて、受け止めた剣を横に流す。
 いつもならこの瞬間に勝敗が決するのだが、今回は違った。


 彼は力の流れに逆らわずにキリハが誘導した方向に歩を進め、まるで計算していたかのような身のこなしで体勢を整える。
 そこに手加減なしのキリハの剣が迫ったが、彼はそれをいとも簡単に受け流した。


 双方の間に、会話は一切ない。
 それにもかかわらず、二人が地を蹴るタイミング、攻撃を仕掛けるタイミング、そしてそれを受け止めるタイミングは、全てがピッタリと噛み合っていた。


 まるで、精緻せいちに制御された機械仕掛け。
 あるいは、長い時間をかけて洗練された演武。


 そこにはもう、芸術とでも呼べるほどの高みが見えていた。


 目を奪われるというのは、まさにこのことをいうのだろう。
 誰もが呼吸を忘れ、キリハたちが繰り広げる幻のような光景を見つめていた。


 そしてそんな時間が五分ほど経過した時、キリハと彼はこれまた同時に地を蹴って距離を取った。
 次に、何も言わないまま双方とも剣を収める。


 結局、最後まで二人の間に会話はなかった。


 周囲の人間が茫然と立ち尽くす中、彼は歯を見せてキリハに笑いかける。




「よお、キリハ。久々に会ったと思ったら、また腕を上げたな!」
「ディア兄ちゃん!!」




 親しげに話しかけてくる彼に、キリハは心底嬉しそうな声をあげた。
 その後、子犬のように輝いた目で彼に駆け寄る。


 彼はそんなキリハを受け止め、両の手でキリハの髪をわしゃわしゃと掻き回した。


「ちょっと見ない間に、またでっかくなって。ってか、とうとう宮殿にお前のことがばれちまったな。お前が宮殿に入ったばっかの頃、もうオレのケータイ鳴りまくりよ。こっちは海外だっていうのによ。」


「ディア兄ちゃんのところにも、連絡いってたんだね。お疲れ様ー。」


「まあ、グルになってお前のことを隠してたのは本当だから、弁解の余地もないけどさー。」


 楽しそうに話す二人の後ろには、一面の花畑が見える。


「キリハ。もしかして、そちらは……」


 ようやく我に返ったらしいサーシャが控えめに口を挟むと、キリハはそれでギャラリーの存在を思い出したようだった。


「ああ。話には聞いてたと思うけど、ディア兄ちゃんだよ。」
「どうも。」


 キリハのざっくりとした紹介に、彼は笑顔でサーシャたちに手を振った。


 生ける伝説とまで呼ばれるほどの剣豪。
 キリハが扱う流風剣の始祖であり、〈風魔ふうまのディアラント〉という通り名までつけられている有名人。
 とてつもない大物の登場である。


 さっぱりと短く切られた髪に、細いながらもしっかりと鍛えられていると分かる体格。
 キリハより頭半分ほど長身が高い彼は、軍人というよりもスポーツマンという印象を皆に与えた。


 ―――この師にして、この弟子ありか。


 噂で聞いていた生ける伝説を前に、全員が抱いた感想である。


 こうして二人が並ぶと、雰囲気や性格がそっくりだ。
 どうやらキリハの人格形成には、ディアラントがかなり深く関わっていたと見える。


「おかえり、ディア。」


 どう反応していいのか分からずに固まっているサーシャたちの後ろから、ジョーが苦笑を交えながらディアラントを迎えた。


「お久しぶりです、ジョー先輩。長らく席を外してて、すいませんでした。」
「いやいや。ディアのせいじゃないのは知ってるから、気にしないでよ。それより、活躍の噂は聞いてるよ? どこでもかしこでも、大人気だってね。」


「ほんとですよ。一時期はセレニアに帰れるか、本気で心配だったんですからー。上層部は躍起になってオレを色んな所に飛ばしたけど、それで落ちぶれるような価値じゃないんでー。」
「自分で言わないの。まったくもう。」


 ジョーはなかば呆れたように息を吐く。


「それにしても、随分と手荒い再会だったね。」


 先ほどの戦いのことを言っているのだろう。
 ジョーの顔が、みるみるうちに渋いものになっていく。
 それはジョーだけではなく、他の皆も思っていることだった。


 キリハだから受け止められたものの、これが一般人なら、あの背後からの一撃で確実に死んでいる。
 経験を積んだ手練れでも、傷を負ったことだろう。


 しかし当の師弟コンビには、ジョーの危惧するところが全く伝わっていないようだった。


「え? あんなの普通だよ?」
「そうそう。あれくらい受けられないなら、腕がなまったってことです。」


 キリハがなんでもないことのように言い、ディアラントが大きく頷いてそれを肯定する。


 格が違うとは、こういうことなのだろう。
 この天才二人にとっては、あれが日常のようだ。


 どうりで民間人であるはずのキリハが、どんな訓練もイベント感覚でこなすわけだ。
 基礎に叩き込まれているものからして、次元がおかしい。


 そんな本音を言えるはずもないジョーやサーシャたちに気付く素振りもなく、ディアラントとキリハはまたじゃれつき始める。


「でもキリハ。お前、オレの攻撃にビビってた時があっただろ?」
「だってディア兄ちゃん、今までに全然なかった動きしてくるんだもん。そりゃびっくりするよ。」
「ははっ、これも出張の成果だ。ビビってた割には、よくさばいたよ。さすがはオレの自慢の弟子だな。」


 誇らしげに笑ったディアラントがキリハの頭を乱暴になでると、キリハは嬉しそうな笑い声をあげる。
 そこにあるのは師弟の図ではなく、仲のよい兄弟のような微笑ましい図だった。


 完全にキリハと二人の世界に入ってしまっているディアラントの元に、これまでずっと遠巻きに状況を観察していた人物が近づいたのはその時である。
 その人物はディアラントの後ろに立つと、問答無用の拳をディアラントの頭にお見舞いした。


「いって!?」


 殴られたディアラントは頭を押さえ、抗議的な目を背後に向ける。


「もう……何するんですか、先輩。人がせっかく、愛弟子との再会を喜んでるところにー。」
「はしゃぎすぎだ。」


 溜め息を零して冷やかな視線を向けるのはミゲルだ。


「じゃれつくのは、業務外で好きなだけやれや。それより、そろそろ種明かしをしてやったらどうだ? ルカたちは察しがついてるみたいだが、肝心のキー坊がなぁんも気づいてないみたいだぜ。―――。」


 ミゲルが強調した単語に、キリハはきょとんとして目をしばたたかせた。


 あれ?
 ミゲルさん、今なんとおっしゃいました?




「………ほえ?」



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