12 / 41
3章 戸惑い
12話
しおりを挟む
真理子はいつものように志田の家で料理を教わっていた。
でも料理になかなか集中できない。
川上に告白されたことが気になってしょうがなかった。
どうして自分のことなんか好きになったんだろ。なんて返事したらいいんだろ。
頭がこれまで考えたことないことで埋まってしまい、他のことすべてが疎かになってしまう。
「おい、包丁持ちながらぼうっとすんな」
志田のお叱りを受ける。
「あっ、ごめん! きゃっ!」
志田の言葉に反応して、手から包丁が滑り落ちてしまう。
本当にひどい。子供でもしないようなことをやってしまっている。でも後悔は先に立たない。
包丁は真理子の足目がけてまっすぐ落下する。
だけど、包丁は真理子に刺さらず、地面に落ちてカラカラと転がった。
「あっぶねえー」
志田はため息を吐く。
志田がとっさに真理子を引っ張りよせていたのだった。
真理子の心臓のドキドキは、助けられてもなお、どんどん激しくなっていた。
志田が真理子から包丁から放そうと引っ張り寄せられた結果、志田に抱きしめられた形になってしまったから。
「あ、あ……」
男子から抱きしめられたことなんてない。
美紀はよく抱きついてくるけれど、それと全く違う。
大きくて強くて優しくて。
自分を守ってくれているという感じが、彼の全身から伝わってくる。
真理子が固まって動けなくなっていると、志田から離れて包丁を拾ってくれる。
「どうした? らしくもない」
志田はさも当然のことをしたように、抱きしめたのは何も気にしてないみたい。
そりゃ包丁からかばっただけなんだから、そうなんだけど。
「ごめん……」
ホントらしくない。
完璧を目指していて、完璧じゃないのは知っている。でも、ぼうっとして、行動がにぶることはなかった。
その状況において一番効果的なことを考えて実行するのが、真理子の本質。
「気をつけろよ」
「うん、もう大丈夫!」
今日の料理は肉じゃがだった。
気合いを入れて答えたが、結論からいうと全然大丈夫じゃなかった。
気づけば料理は出来上がっていて、食卓で肉じゃがをつついていた。
「シチューってさ」
「え? うん」
いけないいけない。またぼうっとしていた。
「白いのが普通だと思うじゃん」
「うんうん、ホワイトシチューが一般的だよね。それで、茶色のがビーフシチュー」
「そう思うよな。だけど、それって日本だけなんだって。世界的には茶色がデフォルトらしくて、白いのはないんだと」
「えっ! うそー!?」
シチューは白い。それが日本人のイメージ。
でも志田曰く、発祥のヨーロッパではもともと茶色のものらしい。
「明治に日本に入ってきたときは、茶色だったらしいんだけど、戦後、食糧事情がよくなくて、脱脂粉乳を使ってシチューを作ったのが、日本の白いシチューの始まり」
「そうだったんだ。シチューは白だと信じて疑わなかったよ」
「カレーも似たようなもんだよな。西洋から入ってきて日本独自のアレンジが入ってる。具材も同じだしな」
「確かに!」
「アイザワはぼうっとしてて気づいてないかもしれないが、この肉じゃがも、具材ほとんど同じ」
「あ……」
言われて見ればその通りだった。
シチュー、カレー、そして肉じゃがを習ったが、具材や工程は似ていて、味付けや細かいところが違うだけだった。
ぼうっとして、志田の好意を無視していたのはホントに恥ずかしい。
「何があったんだ?」
「うーん……。ごめん、今は話せないかな」
「そうか。別にそれでいい」
そう言うと、志田は黙々と肉じゃがを食べ続けた。
もちろん真理子に興味を失ったわけじゃない。真理子を気遣って深く追及しないという優しさを見せてくれた。
(ごめん……。私ばかり優しくしてもらっちゃって……)
悪いのは一方的に自分。でも文句一つ言わない。
志田からは与えられてばっかりだった。
本当は気持ちに応えるために、事情を打ち明けたほうがいいんだろうけど、川上に告白されたということまで相談できない。
そこには志田のことも深く絡んでいるから。
でも料理になかなか集中できない。
川上に告白されたことが気になってしょうがなかった。
どうして自分のことなんか好きになったんだろ。なんて返事したらいいんだろ。
頭がこれまで考えたことないことで埋まってしまい、他のことすべてが疎かになってしまう。
「おい、包丁持ちながらぼうっとすんな」
志田のお叱りを受ける。
「あっ、ごめん! きゃっ!」
志田の言葉に反応して、手から包丁が滑り落ちてしまう。
本当にひどい。子供でもしないようなことをやってしまっている。でも後悔は先に立たない。
包丁は真理子の足目がけてまっすぐ落下する。
だけど、包丁は真理子に刺さらず、地面に落ちてカラカラと転がった。
「あっぶねえー」
志田はため息を吐く。
志田がとっさに真理子を引っ張りよせていたのだった。
真理子の心臓のドキドキは、助けられてもなお、どんどん激しくなっていた。
志田が真理子から包丁から放そうと引っ張り寄せられた結果、志田に抱きしめられた形になってしまったから。
「あ、あ……」
男子から抱きしめられたことなんてない。
美紀はよく抱きついてくるけれど、それと全く違う。
大きくて強くて優しくて。
自分を守ってくれているという感じが、彼の全身から伝わってくる。
真理子が固まって動けなくなっていると、志田から離れて包丁を拾ってくれる。
「どうした? らしくもない」
志田はさも当然のことをしたように、抱きしめたのは何も気にしてないみたい。
そりゃ包丁からかばっただけなんだから、そうなんだけど。
「ごめん……」
ホントらしくない。
完璧を目指していて、完璧じゃないのは知っている。でも、ぼうっとして、行動がにぶることはなかった。
その状況において一番効果的なことを考えて実行するのが、真理子の本質。
「気をつけろよ」
「うん、もう大丈夫!」
今日の料理は肉じゃがだった。
気合いを入れて答えたが、結論からいうと全然大丈夫じゃなかった。
気づけば料理は出来上がっていて、食卓で肉じゃがをつついていた。
「シチューってさ」
「え? うん」
いけないいけない。またぼうっとしていた。
「白いのが普通だと思うじゃん」
「うんうん、ホワイトシチューが一般的だよね。それで、茶色のがビーフシチュー」
「そう思うよな。だけど、それって日本だけなんだって。世界的には茶色がデフォルトらしくて、白いのはないんだと」
「えっ! うそー!?」
シチューは白い。それが日本人のイメージ。
でも志田曰く、発祥のヨーロッパではもともと茶色のものらしい。
「明治に日本に入ってきたときは、茶色だったらしいんだけど、戦後、食糧事情がよくなくて、脱脂粉乳を使ってシチューを作ったのが、日本の白いシチューの始まり」
「そうだったんだ。シチューは白だと信じて疑わなかったよ」
「カレーも似たようなもんだよな。西洋から入ってきて日本独自のアレンジが入ってる。具材も同じだしな」
「確かに!」
「アイザワはぼうっとしてて気づいてないかもしれないが、この肉じゃがも、具材ほとんど同じ」
「あ……」
言われて見ればその通りだった。
シチュー、カレー、そして肉じゃがを習ったが、具材や工程は似ていて、味付けや細かいところが違うだけだった。
ぼうっとして、志田の好意を無視していたのはホントに恥ずかしい。
「何があったんだ?」
「うーん……。ごめん、今は話せないかな」
「そうか。別にそれでいい」
そう言うと、志田は黙々と肉じゃがを食べ続けた。
もちろん真理子に興味を失ったわけじゃない。真理子を気遣って深く追及しないという優しさを見せてくれた。
(ごめん……。私ばかり優しくしてもらっちゃって……)
悪いのは一方的に自分。でも文句一つ言わない。
志田からは与えられてばっかりだった。
本当は気持ちに応えるために、事情を打ち明けたほうがいいんだろうけど、川上に告白されたということまで相談できない。
そこには志田のことも深く絡んでいるから。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
翡翠の歌姫-皇帝が封じた声【中華サスペンス×切ない恋】
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に巻き込まれる――
その声の力に怯えながらも、歌うことをやめられない翠蓮(スイレン)に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。
優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。
誰が味方で、誰が“声”を利用しようとしているの――?声に導かれ、三人は王家が隠し続けた運命へと引き寄せられていく。
【中華サスペンス×切ない恋】
ミステリー要素あり、ドロドロな重い話あり、身分違いの恋あり
旧題:翡翠の歌姫と2人の王子
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる