シチューにカツいれるほう?

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1章 真理子

2話

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「時間ないよ!」
「回して回して!!」

 キュッキュと、コートにバスケットシューズの音が響いている。
 試合時間は残り10秒を切った。
 リズムよく刻まれるドリブルの音が選手たちの焦りを加速させる。

(終わらないで……)

 他校との練習試合、真理子はそのコートの中にいた。

「くっ!」

 美紀はパスをもらい、ゴールを目指そうとするが、敵の厳しいマークを受けて進むことができない。
 58対59。点数はわずか1点で、美紀と真理子のチームが負けている。
 あと1回ゴールすれば勝てるのに、もう残り時間がない。

「美紀!」

 美紀の左後方。手を上げて叫ぶ選手がいる。
 真理子だ。
 美紀は目のすみに真理子の姿を見つけると、持っていたボールを下手に投げる。
 ボールは敵選手の足の下を通ってワンバウンドする。
 そして走り込んでいた真理子がキャッチした。

「真理ちゃん!!」

 美紀の期待、希望、懇願、哀願を込めた叫び。
 その声がなんとも心強く、なんともうれしく感じられ、真理子は心が奮い立つ思い。
 真理子はフリーだった。だが、そこはゴールから遠い、フリースローサークルの外。
 残り時間は1秒。もはやゴールに接近してシュートを打つ時間はなかった。
 すぐさま敵選手が反応して、真理子に向かって突進する。

(ああ、終わっちゃう……)

 敵選手は一歩遅く、すでに真理子がシュートを放っていた。
 残り時間は0。
 これが最後のシュート。ボールが地面に落ちた瞬間に試合終了となる。
 だが、遠距離からのスリーポイントシュートで、入る確率はかなり低い。
 入れ! 入れ! 入れ!
 皆が祈る。
 ボールは弧を描いて、ゴールリングに向かって飛んでいく。
 そして……乾いた音を立ててボールはリングをくぐった!

「やったーー!!」
「よっしゃーー!!」

 歓喜は勝利のおたけびとなって吐き出される。
 チームメイトは飛び上がり、ハイタッチをかわし、喜びを共有する。

「さっすが真理子様!」
「ただの偶然よ」

 美紀は真理子に飛びつき、ぎゅっと抱きしめた。
 真理子は見事、難易度の高いスリーポイントシュートを決めてみせた。今日のMVPと言ってもよい活躍だ。
 61対59。
 文句なしの勝利だった。

(終わっちゃった……)

 チームが勝ったことはもちろんうれしい。
 でも真理子は悲しくてしょうがなかった。




「いやー、やっぱ真理ちゃんにヘルプ頼んで正解だった! 女バス、人数ぎりぎりで、いっつもやりくり大変なんだよー!」

 試合は終わり、制服に着替えて帰宅するところなのに、美紀はまだ興奮冷めやらぬ様子。ぴょんぴょん真理子の周りを跳びはねている。
 普段と大差ないとも言えるけれど。
 一方、真理子はテンション低め。

「別に大したことしてないよ。運が良かっただけ」
「ううん、そんなことない! 才能あるよ! 部活入って毎日練習すれば強豪校にも勝てるんじゃない!?」
「ないない。それに、うち部活禁止だから」

 真理子はバスケ部ではない。美紀に頼まれて、ときどき試合に出ている。
 女バスのメンバーからも信頼篤く、入部してくれればいいのにと言われるが、毎回断っていた。

「うー、残念……」
「まあ、いつでも手伝うからまた誘って」
「わーい! うれしー!」

 美紀がまた抱きついてくるので、「はいはい」と犬を撫でるようにあしらう。
 真理子のテンションは低いけれど、別にうれしくないわけじゃない。

(美紀が喜んでくれて、私もうれしいよ。もっとみんなのために活躍したい。それが私の生きがいだから。でも……)

 自分が望むものはある。でも、なかなかそっちに向かえるようには振る舞えない。
 美紀の見えないところで、真理子は顔を曇らせる。

「ずっと試合が続けばいいのに……」
「え? なに?」
「ううん、なんでもない!」

 真理子はぱっと美紀から離れた。

(勝つって終わるってことじゃん。勝ってもうれしくない……。試合が終わったら帰らないといけないから……)
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