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1章 真理子
1話
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「真理ちゃん、真理ちゃん、宿題みせてー!」
「えー、やってこなかったの?」
「さくっと授業中に写すから! お願い!」
美紀がぎょうぎょうしく、手をすり合わせて懇願してくる。
次の授業の終わりに宿題を提出することになっているが、美紀は宿題をやってこなかった模様。
でも美紀はそこまで慌てていない。それどころか、茶目っ気のある目でニコニコしている。
「自分でやらないと意味ないって、いつも言ってるじゃん」
真理子はそう言いつつも、机から宿題提出用のノートを取り出して、美紀に渡した。
これはいつもの風景だったりする。
美紀も真理子が快く貸してくれるのをわかってるから、ほとんど遠慮なく頼んでいる。
「ありがと! さすが神様、仏様、真理子様!」
「はいはい。『様』はいらないって。次は忘れないでね」
頼られるのはまったく悪い気はしないが、マリア様のように言われるのはさすがにくすぐったい。
「りょっ! 次はガチ大丈夫だからっ!」
美紀は頭に手を当てて敬礼し、さっそくノートを写し始める。
いっつもこの調子。きっと美紀は次も宿題をやってこないだろう。でも、真理子は厳しく言わなかった。
なぜなら真理子としては、それはそれで全然構わないと思ったから。
「アユザワ、ノートの回収頼んでいいか?」
終業のチャイムが鳴って授業が終わると、数学教師が声をかけてきた。
「はい、大丈夫です」
対して真理子が答えた。
それは「真理子の名字がアユザワ」ということになるが、実際はそうではない。
真理子の名字は鮎沢。
でも、読みは「アイザワ」が正しかった。
あいうえお順の出席番号は真理子が一番。二番は「赤山(あかやま)」なのだが、不思議なことに誰も「アユザワ」が一番なのを疑問に思わない。
教師は真理子によく仕事を頼む。それは出席番号が一番で目に入りやすいのと、真理子なら快く引き受けてくれそうだから。
真理子は見るからに真面目な優等生キャラ。きりっとした目に、まっすぐに伸びた黒髪は一つ結び。制服の着こなし、立ち振る舞いはきっちりとして、他の生徒より上品に見える。
そのため、彼女ならきっと文句を言わず、的確にやり遂げてくれるという謎の信頼感がある。
でも、名前は間違って覚えられている。
必ず読み間違えられるので、真理子はいちいち訂正しなくなっていた。
アユザワでもアイザワでも、自分のことを頼りにしてくれているのには変わりないから全然構わない。
「セーフ!」
美紀は真理子の机に、書き終えたばかりの提出用ノートを置く。
授業中になんとか教師にバレないよう、ちまちま写していたのがようやく終ったようだった。
「私のも」
「あっ、そうだった!」
美紀は真理子のノートを上に置いた
美紀に続いて、他の生徒たちも真理子の席に寄ってきてノートを積んでいく。
そしてあっという間に、真理子の机にノートタワーが完成。
「よっと……」
ノートも40冊積み上がれば、けっこうな高さで重さ。
真理子はなんとか持ち上げるが、積み方が甘かったせいで、ふらついてしまう。
ノートは積み重ねるものなんだから、つるつるした表紙はやめてほしいなって思う。
ノートがまっすぐになるよう整え、もう一回トライしようとしたとき、
「無理なら引き受けるなよ」
ある男子生徒が言った。
「え?」
突然のことにその意味がよくわからなかった。
(……志田くん?)
背が高くてかっこよく、クラスではすごく人気がある男子。けれど、クールさが無愛想に見えて、どこか話しかけにくい雰囲気がある。
真理子はほとんど話したことがなくて、どんな人かあまり知らなかった。
「あ、あの……」
「無理にやろうとすんな」
真理子に取り合うことなく、それだけ言って志田は教室を出て行ってしまった。
「え、え……?」
ノートを運ぶのを手伝ってくれる流れだと思ったら違ったようで、真理子は唖然としてしまう。
「真理ちゃん、手伝うよ!」
「ごめん、俺も持つ」
美紀、そして男子の川上湊(かわかみみなと)がそれぞれ山からノートを取り上げた。
「あ、ありがと」
「なにあいつ、感じワルー! 女の子に重い荷物持たせるなんてサイテー!」
美紀が志田を散々に言う。
美紀の言うことはすごくわかる。わざわざ声かけてきて、何もしないのは無関心よりひどい。
「ああいう奴だから許してやって。たぶん悪気はないんだ」
美紀とは反対にカバーするのは川上。
「いいの、別に」
もともとあまりいい印象を持っていなかったので、そこまでショックはない。やはりちょっと変わり者のようだった。
「なんだったんだろ?」
「あんなの、なんでもないよ! ただの嫌がらせ! ホントひどい!」
美紀はそう言うが、真理子は違うことを考えていた。
しなくてもいいことをわざわざするだろうか?
志田の奇っ怪な行動を分析してみる。
(もしかして、みんなに気付かせるために、わざわざそんなこと言ったの……?)
志田が言い出さなかったら、真理子はそのまま一人でノートを運んだに違いない。
今となっては、美紀と川上が手伝ってくれているが、真理子が平然とやりきっていれば何も思わなかったかもしれない。
(でも、手伝ってくれなかったしなー)
男なんてかっこつけてるだけで信用できない。
いつも母が言うセリフが頭に浮かぶ。
確かにかっこいいのかもしれないが、無愛想で何を考えるかわからない以上、好きにはなれないなと、真理子は思った。
「えー、やってこなかったの?」
「さくっと授業中に写すから! お願い!」
美紀がぎょうぎょうしく、手をすり合わせて懇願してくる。
次の授業の終わりに宿題を提出することになっているが、美紀は宿題をやってこなかった模様。
でも美紀はそこまで慌てていない。それどころか、茶目っ気のある目でニコニコしている。
「自分でやらないと意味ないって、いつも言ってるじゃん」
真理子はそう言いつつも、机から宿題提出用のノートを取り出して、美紀に渡した。
これはいつもの風景だったりする。
美紀も真理子が快く貸してくれるのをわかってるから、ほとんど遠慮なく頼んでいる。
「ありがと! さすが神様、仏様、真理子様!」
「はいはい。『様』はいらないって。次は忘れないでね」
頼られるのはまったく悪い気はしないが、マリア様のように言われるのはさすがにくすぐったい。
「りょっ! 次はガチ大丈夫だからっ!」
美紀は頭に手を当てて敬礼し、さっそくノートを写し始める。
いっつもこの調子。きっと美紀は次も宿題をやってこないだろう。でも、真理子は厳しく言わなかった。
なぜなら真理子としては、それはそれで全然構わないと思ったから。
「アユザワ、ノートの回収頼んでいいか?」
終業のチャイムが鳴って授業が終わると、数学教師が声をかけてきた。
「はい、大丈夫です」
対して真理子が答えた。
それは「真理子の名字がアユザワ」ということになるが、実際はそうではない。
真理子の名字は鮎沢。
でも、読みは「アイザワ」が正しかった。
あいうえお順の出席番号は真理子が一番。二番は「赤山(あかやま)」なのだが、不思議なことに誰も「アユザワ」が一番なのを疑問に思わない。
教師は真理子によく仕事を頼む。それは出席番号が一番で目に入りやすいのと、真理子なら快く引き受けてくれそうだから。
真理子は見るからに真面目な優等生キャラ。きりっとした目に、まっすぐに伸びた黒髪は一つ結び。制服の着こなし、立ち振る舞いはきっちりとして、他の生徒より上品に見える。
そのため、彼女ならきっと文句を言わず、的確にやり遂げてくれるという謎の信頼感がある。
でも、名前は間違って覚えられている。
必ず読み間違えられるので、真理子はいちいち訂正しなくなっていた。
アユザワでもアイザワでも、自分のことを頼りにしてくれているのには変わりないから全然構わない。
「セーフ!」
美紀は真理子の机に、書き終えたばかりの提出用ノートを置く。
授業中になんとか教師にバレないよう、ちまちま写していたのがようやく終ったようだった。
「私のも」
「あっ、そうだった!」
美紀は真理子のノートを上に置いた
美紀に続いて、他の生徒たちも真理子の席に寄ってきてノートを積んでいく。
そしてあっという間に、真理子の机にノートタワーが完成。
「よっと……」
ノートも40冊積み上がれば、けっこうな高さで重さ。
真理子はなんとか持ち上げるが、積み方が甘かったせいで、ふらついてしまう。
ノートは積み重ねるものなんだから、つるつるした表紙はやめてほしいなって思う。
ノートがまっすぐになるよう整え、もう一回トライしようとしたとき、
「無理なら引き受けるなよ」
ある男子生徒が言った。
「え?」
突然のことにその意味がよくわからなかった。
(……志田くん?)
背が高くてかっこよく、クラスではすごく人気がある男子。けれど、クールさが無愛想に見えて、どこか話しかけにくい雰囲気がある。
真理子はほとんど話したことがなくて、どんな人かあまり知らなかった。
「あ、あの……」
「無理にやろうとすんな」
真理子に取り合うことなく、それだけ言って志田は教室を出て行ってしまった。
「え、え……?」
ノートを運ぶのを手伝ってくれる流れだと思ったら違ったようで、真理子は唖然としてしまう。
「真理ちゃん、手伝うよ!」
「ごめん、俺も持つ」
美紀、そして男子の川上湊(かわかみみなと)がそれぞれ山からノートを取り上げた。
「あ、ありがと」
「なにあいつ、感じワルー! 女の子に重い荷物持たせるなんてサイテー!」
美紀が志田を散々に言う。
美紀の言うことはすごくわかる。わざわざ声かけてきて、何もしないのは無関心よりひどい。
「ああいう奴だから許してやって。たぶん悪気はないんだ」
美紀とは反対にカバーするのは川上。
「いいの、別に」
もともとあまりいい印象を持っていなかったので、そこまでショックはない。やはりちょっと変わり者のようだった。
「なんだったんだろ?」
「あんなの、なんでもないよ! ただの嫌がらせ! ホントひどい!」
美紀はそう言うが、真理子は違うことを考えていた。
しなくてもいいことをわざわざするだろうか?
志田の奇っ怪な行動を分析してみる。
(もしかして、みんなに気付かせるために、わざわざそんなこと言ったの……?)
志田が言い出さなかったら、真理子はそのまま一人でノートを運んだに違いない。
今となっては、美紀と川上が手伝ってくれているが、真理子が平然とやりきっていれば何も思わなかったかもしれない。
(でも、手伝ってくれなかったしなー)
男なんてかっこつけてるだけで信用できない。
いつも母が言うセリフが頭に浮かぶ。
確かにかっこいいのかもしれないが、無愛想で何を考えるかわからない以上、好きにはなれないなと、真理子は思った。
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