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|急《まくあけ》
溺れる耳飾りに雨晒し
しおりを挟む轟々、と隙間風にしては大きすぎる風圧と、ガラガラと大破の名残のように崩れ、溶け落ち続ける石壁群。
それすら小さな災禍なのだと突き付けるように――黒雲が。
一刻も経たずして、遍く天の全てを覆いつくして酸性雨を大地へ降らした。
遍く滴る雨を払わんと、籠る息吹を星がもたらし大地は隆起沈降と大暴れ。
――果ては息吹に煽られ、地平の境界すら曖昧にして天へと海が登り狂っている。
「……惨害惨禍の惨い光景でござる故に」
「数え一歳……いえ。そういえばもう魔の二歳とも言われる時期に差し掛かっていました。――数え二歳ですから。なるべく静かに見守ってあげましょう」
「……うむ。幼児の癇癪でござったか……ならば致し方なし」
「――この惨状を前に、本気で冗談を言っている場合ですか? あなたたち……!」
鈴蘭が目前の惨状をまるで何とも思っていないのが理解出来る言葉に、現実逃避のように言葉を返した牡丹とは違い、喉奥から声を絞り出すようにしてツッコまずにはいられない、とばかりに赤瞳を怒らせてカサンドラが声を上げる。
が、鈴蘭がそれに答える前にかなり弱った声で牡丹がカサンドラに問う。
「――ならば、アレを今からどうにかしようとでも? あまりに無謀。拙者は懲り懲り御免でござる故に……」
「同意見です」
「「…………」」
そのまるで他人事のような言葉に、牡丹とカサンドラが一斉に白々しいと言わんばかりの表情で鈴蘭を見た。
「なんですか二人して。まるでアレが私のせいだとでも言いたげですね。遺憾です――私が手を出したのは概ね、だけですよ」
「――その概ねに含まれぬ不測すらも、強制的に巻き込むよう完璧に意図内包し計画した、が正確な言葉でござろうが……概ねが聞いて呆れる故に」
唸るような牡丹の低い声にくす、と上機嫌に鈴蘭がそれに答えず嗤った。
「……では、先程の騙し討ちで誘発したアレも鈴蘭様の概ねの計画に含まれているのでしょうかッ!」
ぴくぴく引き攣る目元で怒りを堪えながら、カサンドラが鈴蘭にやけくそに問う。
「――ええもちろん、概ねの計画に含まれていますよ」
「ふ――笑止」
頬を引き攣らせた牡丹が、遠くのほうへ指を差す。
「にしては、随分と行儀の良い天変地異でござる故に。神滅し――この程度の虚仮威しのみで終わるはずがござらぬ……」
「ええ、その通りですよ。今はまだ脅威も現実味も薄い、ただただ大迫力なだけの虚仮威し同然です。……どうやらまだ少し猶予もあるようですので――今の姿のうちに記念撮影でもいかがでしょう」
「「…………」」
◇◆◇◆◇
ザァァァァァァ……――。
「――チッ」
――遍く穿たんと降りしきる雨粒が鬱陶しい。
「――――」
ザァァァァァァ……――。
「――――」
全ての感覚を狂わせようと、濃密な気配が無駄な労力で躍起に纏わりついて鬱陶しいことこの上ない。
「――――」
ザァァァァァァ……――。
「――オイ、いつまでオレ様を延々つけてきやがる。クソ鬱陶しいぜ」
ザァァァァァァ……――。
「――――」
返答はない。が、確実に潜んで期を窺っている。――真実、神の徒なればこそ。
「いい加減にし――ッ」
ザァァァァァァ……――キュィィンンンッッ!!
雨粒に紛れ、極限まで気配を消し接近していた毫髪が、空気を引き裂く強烈な音と共に眉間を狙って一直線に射出され――。
「――テメェの小細工如きに、」
――間一髪。
額を撫でるような鋭い風圧だけをミルローズの顔間際に残し、雨垂れに消えゆく。
ザァァァァァァ……――。
「このオレ様が容易に引っ掛かるかよ、クソ魔女がッ!」
「……やはり、そう簡単にはいかないあるヨ。残念無念ネ」
言いながら、完全に気配を消すことを止めてスイセンが無防備にミルローズの前にその身を曝け出した。
ザァァァァァァ……――雨脚が強くなった。
「……たった一回の交戦で随分と諦めが速ェじゃねェかよ。なんかの策かと疑っちまうぜ、なァ?」
ミルローズの言葉に、無防備な姿のままのスイセンがお手上げとばかりに肩を竦めた。
――一見して、隙だらけだった。
「なんとでも思うがいいあるヨ。ワタシはこれでも魔女で隋一の現実主義者ネ。――事前に、絶望的に無駄になると分かっている無為な努力は絶対にしない主義あるヨ」
「ハッ、そうかよ」
適当に答えながら、悟られぬよう慎重に全神経を尖らせ周囲の気配を探るミルローズ。
「――んじゃやっぱ。テメェみてェな結果主義なクソ魔女こそ、なおさら疑ってかかるべき対象だろうぜ」
「なぜそうなるネ!? 無駄な争いをしないように白旗上げたはずあるヨ! 現実主義者の原理を信じるネ!」
ザァァァァァァ……――。
「は、現実主義者にしちゃァ……なんたら美人コレクションなんつー明らか不要で怪しいモンばっか無駄にコツコツ地道に収集保管してんじゃねェーかよ。おまけに史実に名立たる傾城傾国の美女、あれ大体テメェの傑作だなんだっつって鼻高々自慢してたよなァ? ――テメェ結果主義者のくせして、無意味な過程を楽しみ過ぎだろ」
「うげげっ、興味ないフリしてバッチリ聞いて覚えてたあるヨ……一旦、鷹揚にワタシの話聞くネ。それはただの趣味あるヨ。趣味と仕事は全く違うものネ! だからノーカンあるヨ、ノーカン! そもそも引き合いに出して語る次元が違い過ぎる概念ネ! 現実主義者の原理を信じるあるヨ!」
「――現実主義者が好みがどうのこうのなんつー些事で俗な理想にいちいち拘るものかよ、アホ臭ェ。もっとマシな言い訳しやがれや」
ザァァァァァァ……――。
スイセンの下手な言い分を右から左に聞き流し、会話に付き合いつつも油断せず気配を探る、探る、探る――。
「うぐぐ――ワタシみたいな善良な魔女を前にして、ひどい偏見あるヨ! バイアス改善を求むネ!」
ザァァァァァァ……――。
およよ、と口にしながらへなへな崩れ落ちるようにわざとらしく、いかにも弱々しい風の泣き真似をして注意を引こうと必死なスイセンを無視し、察知に注力――視えた!
「……テメェが善良な魔女だァ? ハッ、――大いに笑わせやがるぜ」
――断罪懲罰ッ!
「くっ!?」
口パクで強烈なブラフを仕掛けてみる。無防備に見せていたスイセンが思わず反応して下がりかける、が――。
――まるで雑草を刈り取るように、突如としてスイセンとミルローズの間に大鎌がくるりと一閃、姿を現したことで動きが一瞬止まる。
「――ッシャナラ! 『封隠』、」
「させるかよ」
その異様な存在感を放つ大鎌を認識した途端、下手な芝居を即座に辞めて仕込みすら捨てた全力をひとつの最優先事項へとすぐさま優先切り替え、生命すら擲つ覚悟の一点集中の極限状態で何かを唱えようとしたスイセンの、今度こそ真実無防備な顎を真正面から楽々鷲掴んだ。
「ぐがぁッ!?」
突然ぶら下げられた大きなエサを前に即座に目の色を変え、脇目も振らずに飛びついたスイセンの口内にはその辺に落ちていた手頃な石をぶちこみ、ついでに無防備な身体の四肢骨を容赦なく折って刹那に制圧した。
ゴゴゴゴゴゴゴゴオオオオオオオッ!!
――そんなコンマ一秒にも満たない刹那のスイセン制圧に、コンマ遅れで地が激しく揺れ動き出す。
「――だよなァ! そうくるよなァ!」
既に分かっていた、とでも言わんばかりに柄の先端を地に突き刺し――抉るッ!
「――『断罪懲罰』ッ」
ギャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!??
先程口パクのハッタリで使った言葉を、今度こそ口にして唱える。結果として、けたたましい断末魔のような叫びが地中全体に響き渡った一拍後、ぼこり――人型が盛り上がり出でた。
打ち捨てられた死体のように両者ピクリとも動けない。
「こりゃ幸先いいなァ、オイ――スイセン、バンクシア。テメェらの聖名、頂いてくぜ」
ガリッ、ゴリッ、――。
「――……ワタシ、……耳飾り、が……よろし……ネ……」
「やっと格の違いを認めたかよ、クソうぜェ」
激痛に苛まれながらもスイセンが指差した先、完全に気絶したバンクシアがぐるぐる白目を剥いて倒れて居た。
「バン……さら、し……」
「……この期に及んで、クソ面倒で調子の良いことばっか言いやがって――」
言いたいことだけ言って満足したのか、同じく撃沈したスイセンを鼻で嘲笑って大鎌を大振り一閃。
――漸ッ!
……こちらの様子を窺うよう隠れていた気配たちが、引っ掛からずに四方八方散らばるよう一斉に一時遠ざかった。
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