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第一章 婚約破棄された聖女と、エルフの国の土下座王子

第5話 土下座する自称王子

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「頼むミレイユ、この通りだ! どうかオレと一緒にエルフィーナ王国に来て欲しい! いや、オレと一緒にエルフィーナ王国にきていただけませんか!」

 なんと自称王子さまは、ガバッと勢いよく地面に正座をしたかと思ったら、そのまま上半身を地面に折り曲げて、額をこすりつけるようにして土下座を始めたんだ――!

「ちょ、ちょっと! やめてよね、いきなり土下座とか。人が見てるじゃない!」

 しかもはたから見れば、二等市民であるエルフを土下座させる、一等市民の人間(元・聖女)という構図である。

「ママー、ドゲザしてるー。ばいがえしー」
「こらっ、指さしたり見たりしちゃいけません!」

 くっ……!

「あれってセージョさまー?」
「いいえ、今は住所不定・無職の元・聖女さまよ」

 ぐぬっ……!

「聖女さまに男を公開土下座させて楽しむドSな変態趣味があったなんて……」

「んなわけないでしょっ!?」

 色々と最悪だった。
 元・聖女の住所不定・無職はガチガチのエルフ差別主義者。
 しかも公衆の面前で土下座プレイを楽しむドSの変態女王様とかいう根も葉もない噂が出回りそう……。

 いやもう王都から追放されちゃうから、なにを言われようがいいっちゃいいんだけどね……?

 あ、でも、アンドレアスやヴェロニカ王女は自分たちを正当化するために、あることないこと付け足して、嬉々として噂を広めるだろうなぁ……。
 あいつらならやりそうだ……。

「いいやオレは止めない! 君が一緒に来てくれるというまで、オレは土下座をするのをやめない!」

 しかもこっちはこっちで、周りの視線なんてまったく気にせず土下座を続けてるし。

 もうこれってある種の脅しじゃない?
 頼み込むふりして、実はわたしを追い込んで脅迫しようとしてない?

 このままだとわたし、社会的に抹殺されちゃうよ?

「せ、せめて顔を上げてください」

「いいや上げない。土下座をすることで、オレはミレイユに最大限の誠意を示しているんだから。オレが顔を上げるのは、君が一緒に来てくれるときだけだ」

「そんなもの示さなくていいですから! っていうか十分すぎるほどに伝わってますから! だから普通に話をしましょうよ、ね? ねねっ?」

「いいやダメだ。なぜなら、やると決めたらやり通す、それがオレの流儀なんでね」

「ううっ、聞く耳もっちゃくれないし! あとなんか無駄にカッコいいこと言ってるけど、あなたがやってることって、完全に他力本願なんだからね!?」

「そうか、そうだな。分かったよ」
「やっと分かってくれましたか――」

 わたしはホッと一安心――、

「つまりまだ誠意が足りないというわけだな。ならば全裸土下座に切り替えて、ミレイユの足の指でも舐めようと思うのだが」

 ――できないんですけど!?

「ひぃぃっ!? 変態がいる!? ここにマジモンの変態がいますよ!? 衛兵さん、こちらです!」

「変態ではない、オレは王子だ」

「ううっ、会話がまったく成立しないんだけど……? なにがどうなって、こんなことに……? っていうかそもそも、あなたはどうしてそこまでするんですか?」

「無力で無能なオレには頭を下げることくらいしか、できることがないからだ」

「それじゃちっとも答えになってません。わたしを必要とする理由を、ちゃんと教えて下さい」

 わたしがとても真面目な口調で尋ねると、

「…………実は今、エルフィーナ王国ではヴァルスが蔓延しているんだ」

 土下座王子は少し間をおいてから、そんなことを言ったんだ。

「エルフィーナでヴァルスが――!?」

 ヴァルスとは有名な流行り病の一つだ。

 感染力がとても高い上に、本人が無症状でも高い感染力を持ち、さらに突然急激に症状が悪化して死に至るため、悪魔の病と言われている。

 ここ数十年出ていなかったヴァルスが、まさか――。

「オレは力足らずで、一人じゃ何もできない。それは自分が一番よく分かっている。だからオレは、どうにかできる相手にこうやって頭を下げるんだ。そうすることしか、オレにできることはないから――」

「そういうことですか。だから疾病対策のスペシャリストである『破邪の聖女』のわたしに……今は元ですけど、声をかけたんですね」

 すべてが繋がった。
 王子がここまで必死なことにも、ここにきて、わたしはすとんと納得がいっていた。

 そっか、そういうことか……。

 っていうか!
 そうならそうと最初から言ってよね?

 どんだけ回り道させるのよ!?
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