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第9章 蒼太、決意の時

第164話「えへへ、しちゃったね」「しちゃったな」

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「…………」
 しかしそれに対して、俺は明確な言葉を返せないでいた。

「蒼太くん?」
 優香が不安そうな声色で尋ねてくる。

「そうなんだけど。そうなんだけどさ!」
「う、うん?」

「こんな風に言おうとか、こう答えられたらああ言おうとか、せっかく色々とシミュレーションしてきたのに、こんな情けない気持ちの伝え方ってあるかよ!?」

 好意を伝える前に、自然と知られてしまうとかそんなのありか!?

「ふふっ、その気持ちはすごく分かるよ。だってわたしだって色々と告白を考えて、ラブレターまで用意したのに、まさか名前を書いていなかったせいでこんなハチャメチャになるなんて、思わなかったもん」

「だよなぁ」
「だよねぇ」

 しみじみと頷き合う俺と優香。

「でもそっか。俺、優香にラブレターを貰ったんだな」
「えへへ、うん。あげちゃいました。一応言っておくけど、初めてのラブレターだったんだからね?」

 優香が可愛らしくはにかむ。
 だけどその視線は、わずかたりとも俺の目から逸れることはなかった。
 優香の態度から、今回の告白にかける強い意志がひしひしと伝わってくる。

 俺と優香はお互いにラブレターを送り合う仲。
 つまりはお互いに好き合っているということに他ならない。

 そういう意味ではもう、告白することの実質的な意味は存在しない。
 なにせ両想いなのをお互いに知っているのだから。

 だけど、このままじゃいけないよな。
 その気持ちは優香も同じようで――。

「なぁなぁじゃなくて、蒼太くんの口からはっきりと聞かせて欲しいな。考えてくれた告白のセリフとか聞いてみたいし」

 優香が期待に満ち満ちた顔を向けてくる。
 優香の顔はフライングディスク遊びをする子犬のように、抑えきれない嬉しさやワクワク感で溢れ返っていた。

 けれど俺はそんな優香に、期待を裏切るような一言を告げなければならなかった。

「ごめん。いろんなことがありすぎて、考えてきた言葉が全部頭の中から吹っ飛んでるんだ。ほんとごめん……」

「あはは……」
 小さく苦笑した優香は、だけどそれを責めたりはしなかった。
 もしかしたら優香も内心では、俺と同じような状況なのかもしれない。

「だから今の素直な気持ちを言うな」
「え?」

「俺は優香のことが好きだ。もっと優香と親密な関係になりたい。優香のことをもっと知りたい。だから――姫宮優香さん、俺と付き合ってください」

 俺は優香の目を見てはっきりと告げた。
 答えを聞く最後の瞬間まで、絶対に視線は逸らさないという強い気持ちとともに。

「紺野蒼太くん、気持ちを伝えてくれてありがとうございました。もちろん、喜んでお付き合いさせてください」

 それに優香が優しい声色で応えてくれる。

「ありがとう。嬉しいよ」
「私も。でもせっかくだし、言葉以外のものも欲しいかな」

 そう言うと優香がそっと目をつむった。
 その意味するところは1つしかない。

 告白して速攻でいきなりキスするのは、ちょっと性急すぎる気はしなくもない。
 だけどここずっと、俺と優香の仲は恋人かって新聞部から突っつかれるくらいに親密で。
 だからこれは性急でもなんでもなく、きっと必然の流れなんだ――。

 俺は優香の肩の辺りをそっと優しく抱いた。

「ん――っ」
 優香が小さく身じろぎし、その身体がわずかに強張ったのが伝わってくる。
 おずおずと俺の背中に優香の両手が回された。

 緊張を解きほぐすように背中を数度優しく撫でてあげると、緊張していた優香の身体がほぐれていくのが分かる。

 俺は目を閉じると、優香の唇にそっと優しく唇を重ねた。

「えへへ、しちゃったね」
「しちゃったな」

 唇を離すと優香がまっ赤な顔をしながら、蚊の鳴くような声でささやいた。
 顔だけでなく首元まで、りんごのように真っ赤になっている。

「学校でキスなんて、ちょっと大胆過ぎたかも? 見つかったら生活指導の先生に呼び出されちゃうよ」
「その時は若気の至りってことで許してもらおう」

 俺の背中に両手を回して抱き合ったままで、優香がクスクスと楽しそうに笑う。
 それがもう何とも可愛くて愛くるしくていとおしくて、俺は熱っぽい心に突き動かされるようにして、何回も優香にキスをした。

 こうして、俺と優香は晴れて正式にカップルになったのだった。

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