上 下
73 / 175
第2部 第5章 中間テストの勉強会

第72話『ご飯にする? 先にお風呂に入る? それとも……わ・た・し?』

しおりを挟む
「ふぅ……」
 優香が部屋から去り、一人になった俺は小さくため息をついた。

 さっきはなんとかやりすごしたけれど、胸の奥にまだ小さなドキドキが残っているのが感じられる。

「新婚さんか……優香と新婚さん……」

 頑張ってローンを組んで購入したマイホームに帰ったら、結婚したばかりの新妻・優香が可愛らしいピンクのエプロン姿で出迎えてくれて、きっとお味噌汁でも作っているのだろう、右手におたまを持ちながら、

『蒼太くんお帰りなさい♪ お仕事お疲れ様♪ ご飯にする? 先にお風呂に入る? それとも……わ・た・し? きゃっ!』
 なんて笑顔で言ってくれる状況を、つい妄想してしまう。

「優香に笑顔で出迎えてもらえたら、仕事の疲れも嫌なことも何もかも全部、吹っ飛んじゃうだろうな。もはやそれだけで人生勝ち組だよ……って、いやいや。俺は何を痛々しい妄想をしているんだ」

 そこまで考えたところで、思考が妙な方向に流れかけていたことに気付き、俺は慌てて首を振って現実へと思考を戻した。

 やれやれまったく。
 いい加減に落ち着こうぜチェリーボーイ。

 俺は、ふぅ、と大きく一度、深呼吸をして気持ちを落ち着けようとした――のだが。
 ふと目の前にベッドがあることを、改めて意識してしまった。

 ここは優香の部屋だから、つまり優香が普段寝ているであろうベッドだ。
 淡いピンク色のシーツと、お揃いのピンク色の掛布団カバー。
 枕もとには小さな子猫のぬいぐるみが置いてあって、何もかもがとても女の子らしい。

「優香のベッドか……」
 優香が夜、ここで寝ているのだ。

 さっきまではなんてことはなかったのに、一度そうと意識してしまうと、なんとも目が離せなくなってしまうから不思議だ。
 視線がベッドにくぎ付けになってしまい、落ち着きかけていた心臓の鼓動が再びドキドキと高鳴り始める。

 カチコチと寸分たがわずに時を刻む、勤勉な壁掛け時計の秒針の音が、妙に大きく聞こえる。
 ごくり、と喉がなった。

 もちろん勝手にベッドに上がったり、掛布団にくるまったり、枕に顔をうずめて匂いをかいだりはしないぞ?
 人間、やっていいことと悪いことがある。

 だがしかし、それでも。
 今は誰もいないから敢えて言わせて欲しい。

「好意を抱いた女の子の部屋に入って、そんな簡単に落ちつける男子高校生なんていないから! ベッドの存在とかが超々、超絶気になっちゃうから! 気になってしょうがないから! 意識するなとか、それもう無理寄りの無理だから!!」

 俺は間違っても優香に聞こえないように小声で、だけど魂からの叫び声をあげたのだった。

 俺はいろいろと探検とか体験とかしてみたくなる年頃の男心と下世話な好奇心を押し殺すと、優香が置いてくれたクッションに座り、英語の教科書を開いた。

 そうだぞ蒼太、今日は勉強をしに来たんだからな。

「とりあえず英単語の確認でもしておくか。何かに集中していないと余計なことばかり考えちゃうし」

 悶々とする己の心と葛藤しながらも、しばらくの間、教科書の頭から読んでいきながら、テストに出そうな英単語をチェックしていると、

「お待たせ~。ごめんね、遅くなっちゃって」

 優香がお盆に紅茶と可愛らしい小さな焼き菓子――あれはマカロンっていうんだっけか?――を載せて持って戻って来た。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...