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RESTART──先輩と後輩──

もう、何処にも

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「やっぱり六杯も飲ませるんじゃなかった……」

 そう独り言を漏らしながら、僕は街灯が照らす街道を歩いていた。……すっかり酔い潰れてしまって今や深く眠り込んでいる先輩を、またも背負って。

 まさか日に二度も、それも異性をおんぶすることにはなるとは思わなかった。しかも今度は脱力し切っている分、先輩の柔い身体の感触が鮮明に、存分に、大胆に背中全体に伝わる。森の中では散々悶々とさせられた胸の感触なんか、特に。

 ……だが、あの時と同じように、僕の気持ちは馬鹿みたいに昂ることはない。とてもじゃないが、そんな気分にはなれない。

 何故ならば────あの時の先輩は、確かに震えていたのだと確信していたから。

 今、先輩に意識はない。だからこうして僕の背中に完全に身を任せているし、腕だって僕の首には回されず、だらんと僕の胸辺りにまでぶら下げられているし、僕の肩に顎だって乗せている。



 だが、動きは一切ない。微かな震えすら、微塵もない。



「…………」

 だからこそ、僕は確信した。確信できた。やはりあの時に伝わった先輩の震えは、僕の気のせいなどではなかったのだと。

 ──……もう、帰ろう。早く帰ろう。

 そのことに対して、どうこう言い表すことのできない複雑な思いを馳せて。まるで言い聞かせるように心の中で呟き、僕は街道をただ歩き、そして進んだ。















 自宅に辿り着くと、僕は真っ先に寝室へ──元は自分の寝室だったが、今では先輩の寝室となった部屋へ向かった。

 すっかり酔い潰れてしまって、すうすう可愛らしい寝息を立てている先輩を、起こさぬようゆっくりと。まるで割れ物を扱うかのような慎重さと丁寧さで寝台ベッドに下ろし、横たわらせた。

「…………おやすみなさい、先輩」

 毛布をそっとかけて、一言僕は先輩にそう告げる。当然ながら、返事はない。それから僕は先輩の寝顔を眺める。

 起きている間は活発で、元気な笑顔を浮かべていたその表情かおは、今やその鳴りを潜めて。まだ幼く少女的な可憐さと、それでいて見え隠れする女性的な美麗さを漂わせる寝顔に変わっていた。

 それをこうしてじっくりと眺めて、僕は心の中で呟く。

 ──ラグナ先輩、なんだよな。

 本当に、以前の男だった時の面影は一片の微塵たりとも残っちゃいない。強いて言うなら、その性格くらいだ。

 ……だけど、先輩なんだ。面影が性格くらいしか残ってなくても、どれだけ弱くとも、先輩は先輩なんだ。それは間違いのない、間違えようのない事実なのだ。

 そう。たとえ本当の少女のように、恐怖に怯え、弱々しくその身体を震わせようとも。助けを求めて、誰かに縋ろうとも……。

「ああ、そうだよ。それでも先輩は先輩なんだよ。そんなこと当然だろ。……そんなこと、当たり前のことだろ」

 言い聞かせるようにそう呟いて、だがすぐに僕は憤りの疑問を噴出させる。

 ──じゃあ何で、だったら何で自分はこんなにも……!?

 矛盾し相反し続ける建前と本心。それら二つに板挟みとなって、僕は目を閉じて深く息を吸い、吐き出し────





『本当に、そう思ってんのか?俺が……先輩だって、お前は本気で思えんのか?』





 ──────頭の中の片隅でその言葉を響かせて、逃げ出すように先輩の寝顔から視線を逸らした。

「……やっぱり、駄目だ」

 人間、一度自覚してしまえばお終いだ。ちょっとやそっとのことでは、もう覆らない。……覆せない。

 そう直に、面と向かって言われるまでは。何の違和感もなく、一切の疑いもなく────欠片程の否定もなく、そうだと見れていたはずなのに。だからこそ、『先輩』と気軽に呼べていたはずなのに。



『俺のことも好きに呼べばいい』



 後から、そう言ってくれたのに。その言葉に、救われたはずなのに。

 けれどそれは虚しい錯覚だった。身勝手な思い込みであった。

 今日、それを嫌という程に思い知らされた。鉄剣アイアンソードも持てない、スライムに手も足も出ない、デッドリーベアに殺されかけたその姿をまざまざと見せつけられた僕は────今になって、ようやく。改めて、突きつけられた。

 ああ、そうだ。そうだ……僕が知っている先輩は、ラグナ=アルティ=ブレイズは──────





 ──もう、何処にもいない。





「……はは、ははは……」

 ようやく確かな現実に向き合い、事実を飲み込み、全てを受け入れてしまうと。フッと全身が軽くなったと同時に、心の奥底から乾いた笑いが込み上げ口から出す。

 それから僕は静かに眠り込むに背を向け、足音を立てないよう歩き出した。
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