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お人好しは黒狼獣人を想う⑤
しおりを挟む木々が芽吹きはじめた早春のある日。
宿で朝ごはんの配膳をしていると、お客様に話しかけられた。
「え?僕がですか?」
「はい。貴方にこの辺りを案内して頂きたいのです」
そう言って微笑んだのは、魔法使いの男の人だ。年齢は僕と同じだろうか?
紫色の長い髪と瞳で細身の美形で、ゆったりしたローブを着て魔法使いの杖を持っている。
「もちろん、宿泊費とは別に謝礼をお支払いします」
お客様ことアドルファスさんは、投影魔法の専門家だという。風景写真を撮るため案内して欲しいとのことだった。
「僕より観光案内人の方がいいですよ。紹介します」
「いいえ、貴方がいいのです。お忙しい中ご迷惑かとは思いますが、貴方ほどの画家なら良い場所をご存知かと……」
「いやいや!画家だなんて!素人です!僕は学校でちょっと習っただけで、絵画をちゃんと学んだこともないですし!」
アドルファスさんはふわりと微笑んだ。
「ご謙遜を。貴方の作品はどれも素晴らしい。モデルの内面を引き出し、生き生きと描写している。ほとんど独学であれほど描けるのは凄いことですよ。
貴方は立派な画家だ。胸を張ってください」
「は、はい……」
恐縮しつつ、案内を承諾した。
アドルファスさんのリクエストは【貴方の大切な方に見せたい場所】だった。
大切な方。僕は真っ先にダンを思い出した。
(ダンが村に来てくれたら……やっぱり、あそこに案内したいな)
僕は、ダンに話した古城を案内することにした。
古城は森の中だ。村からはそれなりに距離がある。
馬車を借りて行くことを勧めたけど、アドルファスさんは徒歩を選んだ。道中の景色も撮影したいそうだ。
「よろしくお願いします」
「はい。疲れたり足が痛くなったら仰ってくださいね」
僕らはお喋りしながら歩いた。復興は完全には終わっていないので、整備されていない道も多い。
(旅慣れていらっしなるとはいえ、ちゃんと様子を見ておかないと)
アドルファスさんの身分は平民だが、貴重な魔法使いだし所作が洗練されている。恐らく貴族階級出身だ。だから、体力はないだろうと思った。
しかし、意外なことにアドルファスさんは健脚だった。
「従軍していたので歩くのは苦ではありません」
「へえ!アドルファスさんも戦場帰りなんですか!僕と同じですね。僕は北部帰りなんですが、アドルファスさんはどこでした?」
「色々ですね。北部にも行きましたよ。ベリファス平原が一番過酷で……」
「僕がいたのもそこです。終戦までの五年間、ずっといました」
「ええ?!偶然ですね。私がいたのは三年前の一時だけですが、お会いしていたかも知れませんね」
僕らはお互いの過去を話した。戦中のアドルファスさんの仕事は、投影魔法で戦場を記録することだったそうだ。
正確な記録を提供できるので、国軍からは重宝された。比較的安全な仕事だけど、悲惨な光景を見続けることになる。
「上官には『実戦を経験していない者がなにを軟弱なことを』『ただ見ているだけなのだから慣れろ』と、言われましたが……耐えられませんでした」
不快感で顔がゆがむ。もちろん、アドルファスさんにではなく上官にだ。
「アドルファスさんの苦しみは当然だと思います。……あんな光景。慣れて平気になる方がおかしい」
「ルークさん……ありがとうございます」
しばらく沈黙が降りた。アドルファスさんは僕の言葉や当時の記憶を、ゆっくり噛み砕いて飲み込んでいる様子だ。
アドルファスさんはやがて、再び口を開いた。
「戦争が終わって、国軍を辞めることが出来ました。もう何もしたくない。投影魔法も何もかも捨てて、どこかで静かに暮らそうとしました。
……ですが、お節介な友人が許してくれなくてね」
紫色の瞳が柔らかく細められる。
『捨てるな!せっかく長い時間をかけて習得した魔法だろ!死体を撮影するのが嫌なら、綺麗な景色だけ撮って癒されて来い!あと俺の画廊に置いてやるから写真を送れ!はあ?金がかかる?この大画商様をなめるな!必要経費くらい出すに決まってるだろ!それにお前の写真ぐらい俺が売り切って利益を出してやる!決定!行け!』
そう言って、大金と共にアドルファスさんを送り出したのだという。
「無茶苦茶ですよね。こっちの気持だとか事情だとかはお構いなしです。しかも彼は、我が家の寄親にあたる貴族家の令息です。私は家から独立した身ではありますが、家族と縁を切った訳ではない。逆らえなくて嫌々旅立ったのですが……今は感謝しています。
すっかり忘れていましたが、私は綺麗な景色を写真に撮るのが好きだったんです」
好きなことを忘れて、また思い出した。僕と同じだ。アドルファスさんに親近感が湧いて、さらに話が盛り上がった。
「彼に写真を送ると、感想付きの手紙が送られてくるんです。それも楽しみですね」
なんだかほっこりした。
「……まだ、人を撮るのは難しいのですが。どうしても死体を思い出してしまって……。ですが、いつか撮れるようになったら、彼に渡しに行きたいんです」
「きっと、いつか撮れるようになりますよ。そしたら、友人さんもとっても喜んでくれますね」
「ええ。まず『帰って来るのが遅い!』と、怒鳴られるでしょうがね」
「えっ?」
「そういう人なんです。自分からは『帰って来い』と言わない。むしろ手紙でも『まだ帰って来るな』と、書いている癖に平気でそういう事を言うんですよ」
「……かなり面倒……いえ、素直じゃない人なんですね。そういえば僕の友人……ダンと言うんですが、彼もそんなところがあります」
流れでダンの話をした。あの約束のことも含めてだ。
「冒険者になるため王都に……。そうですか。ルークさんの大切な方なんですね。では、これから行く古城は彼に見せたい場所なのでしょうか?」
「はい。そうなんです。ダンにもいつか見せたいと話したことがあります」
「素敵ですね。ますます見るのが楽しみになりました」
アドルファスさんは柔らかく微笑む。お客様だけど、なんだか新しい友達が出来た気分だ。
その後、道すがら花が咲く野原や水車小屋や小川を撮影した。僕らにとっては当たり前で見慣れた光景だけど、紫色の瞳は深い感動と好奇心で輝いている。
(友人さんは、アドルファスさんのこの表情が好きだったんだろうな)
本命の古城を見た時は、感嘆の声が上がった。
「これは……素晴らしい……!なんて美しさだ!」
透明な初春の光が湖を青緑色に輝かせ、その辺りに建つ古城の白さを際立たせている。確かに綺麗だ。
だけど。
(惜しいなあ。湖の色はまだ少し暗いし、古城に絡む緋色蔦の生え変わりが終わってない。これはこれで綺麗だけど)
ダンが来てくれるなら、やっぱり春の半ばがいいな。そう思った。
とはいえ、出来上がった写真はどれも素敵だった。撮影された瞬間の美しさと共に、アドルファスさんが何に感動し何に注目しているかがよく現れている。
(ただ見たままを記録するだけじゃないんだな。凄いなあ)
僕は、アドルファスさんのことはもちろん写真のことも大好きになった。
一週間後、アドルファスさんは旅立った。
「ルークさん、お世話になりました。貴方の大切な方がこの地に来ることを願っております」
「ありがとうございます!期待して待ちますね」
「ええ。私も微力を尽くします」
アドルファスさんは意味深に微笑む。
【良き魔法使いの願いは叶う】というお伽話もあるし、本当に叶うかもしれない。そう思った。
そして。
◆◆◆◆◆
そして、本当に叶った。
色とりどりの花が咲く春爛漫のある日。アドルファスさんが旅立って二か月経たない内に。
「ルーク!お前の恋人の黒狼が来た!いま村の門にいる!」
「だからダンと僕はそんな仲じゃな……え?本当に!?」
僕は何もかも放り投げて門へと向かった。そして。
◆◆◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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