人質同然だったのに何故か普通の私が一目惚れされて溺愛されてしまいました

ツヅミツヅ

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 観衆から空気を揺らす様な大きな歓声が上がる。
「凄いぞ!白の兄ちゃん!」
糖酒ラム四十三杯なんて普通呑めるもんじゃないぞ!」
「あいつ何者なんだ?涼しい顔してやがる」
 観衆は口々に感嘆の声を儂に投げかけた。
 儂はその声に一瞥もくれず香車おかみを見据えた。
「さて、俺の勝ちだな。妻を返してもらおうか」
 儂はそう言うと櫓から飛び降りた。
 まだ身のこなしは危なくはない。

 香車おかみが顰めっ面のまま顎で男に指図する。
 レイティアを拘束していた男は、掴んでいた腕の拘束を緩めた。
 それと同時にレイティアは男の腕を振り払い、儂に向かって駆けてくる。
「証文は要らないのかい?」
 香車おかみは証文をチラつかせる。
 レイティアが儂の胸に飛び込んできた。儂はそれを受け止めてやる。
「どうせ偽物だ。お前達は妻の名前もまともに知らんだろう」
「アナバス様…大丈夫ですか?」
 レイティアは儂を労わる様に心配気な面持ちで儂に言った。
「ああ、大丈夫だ。さぁ、行くぞ、ティア」
「アナバス様、少しだけ待って下さい」
 レイティアは店の格子に駆け寄り、格子の向こうの器量の良い女に声を掛けた。
「アリス姉さん、ありがとう!また来るわ」
「ティア様…もう来ちゃ行けません!」
 女は真剣な面持ちでレイティアを諭す様に言った。
「大丈夫よ!今度はちゃんと人と一緒に来るから」
「どうか危ない事はしないで下さいね?」
 その心配気な様子からこの女もまたデボラ同様にレイティアに特別な心情で接しているのだとわかった。
 儂はレイティアに声をかける。
「そろそろ行くぞ、ティア」
「はい!またね、アリス姉さん!必ず来るから!」
 レイティアは儂の横に駆け寄り、そして歩き出す。
 足速に紫陽花屋の門を潜ったと同時に
 テームが静かに儂の横につき告げる。
「宿をご用意しました。ご案内します」
「頼む」
 今度こそレイティアの手をしっかりと繋いでテームの案内について行く。
 娼館街の外れにある宿屋の一室に入ると、儂はすぐに狭いベッドに横になる。
「アナバス様!」
 半ば倒れ込む様にベッドに収まった儂をレイティアが心配そうに見下ろす。
「…さすがにこんなに呑んだのは初めてだ…」
 額に右腕を乗せて呟いた。
「ごめんなさい…私が…悪かったんです…」
 今にも泣き出しそうな顔をして儂の顔を覗き込む。
「少し格好をつけすぎたな。ただ酔っただけだ。気にするな」
 なかなか大人気なくムキになった。自嘲が込み上げて笑えて来る。
「今お水をご用意しますね」
 レイティアが扉の方に向かい、部屋から出ようとする。儂はそれを腕を掴んで止めた。
「ここにいろ。俺の視界から消えるな」
「でも…」
 レイティアが言いさした所に小さく一つノックが鳴る。
「テームだ」
「わかりました」
 レイティアは扉を開ける。外にはテームが控えている。
「アナバス様にお水を」
 テームの手には盆に乗った水差しとコップがある。
「ありがとう、テームさん。とても助かります」
 レイティアはテームにニコリと笑いかけ、盆を受け取った。
「これが私の務めですから」
 テームも愛想良くレイティアに笑う。
 そんな短いやり取りをしてレイティアは扉を閉める。
「水をくれ」
 レイティアは盆を机に置き、水差しの水をコップに注ぐ。
 儂の元まで歩み寄り、儂が上半身を起こすのを介添えする。
「お水です」
 儂はコップを受け取りそれを呷る。
 井戸で汲んだばかりの水は冷たく、吸い込まれる様に喉を通っていった。
 水を飲み干してレイティアに空のコップを渡す。
「しばし寝る。来い」
 儂は腕を伸ばして一緒に寝る様に促す。
 レイティアはベッドの横にあるサイドテーブルにコップを置き、儂の腕に大人しく収まり横たわる。
 儂はレイティアを抱きしめて目を閉じる。
 こうして落ち着いてしまうと一気に酔いが回って来た様で身体は熱を帯び、思考は鈍足で、心臓が煩く脈打つ。
「…ティア。紫陽花屋で話していた娼妓も知り合いか?」
「はい、マグダラスで懇意にしていた人の一人です。アリスさんと言います。香車おかみに言いがかりをつけられた時も庇ってくれました。
 …あんな悪辣な娼館で働いていてもきっといつまで経っても年季は明けないでしょうね…」
「だろうな」
 あの香車おかみなら恐らく骨の髄までしゃぶり尽くす気でいるだろう。
「私が身請けしたいのですが…あの調子だと私が出ても吹っ掛けられそうですね…」
 儂は回らない頭でレイティアに答える。
「そうだな…。ウルリッカ辺りにどうにかさせよう。あれは部下達を連れてよく娼館に出入りしてるらしいからな」
「あと二人、デボラ姉さんともう一人、エリーという人が一番街の娼館で働いている様なんです。どうにか全員身請けしたいんです」
 レイティアは思い詰めた様な顔でそう言って儂を見つめた。
「そうか、わかった…」
 そう答えるだけして、あとは睡魔に身を任せた。
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