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39、忍び寄るヒト
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次の日は少しのんびりとホテルの朝食を摂ってパークに向かった。
そしてお互いの見たいものを話し合いながアトラクションやショーを決めて終始和やかにパークデートは終わる。
ホテルの部屋に戻るとベッドメイクが昨日とは異なっていてバルーンで『happybirthday!』とデコレーションされていた。
「す、凄い……。可愛い……!」
「なんかバースデイサプライズしてるっていうから頼んでみたんだ。喜んでもらえたならよかった」
「これ、バルーンの中にバラが入ってるよ? どうやったんだろう?」
予想もしてなかったサプライズに美優は胸がいっぱいになる。と、同時に少し申し訳ない気持ちにもなった。
「私は壱弥のお誕生日に手作りの料理用意しただけなのに……。こんなにしてもらったら私、次の壱弥の誕生日にどうお返ししていいかわかんないよ……」
「一緒にいてくれたらそれだけで俺は充分幸せだよ?」
「壱弥は……本当に優しいね……」
「優しくないってば」
「ううん。世界一優しいよ」
思わず顔がほころんでしまう。緩んだ顔で壱弥を見上げたら、壱弥は美優をぎゅっと抱きしめた。
「そんな可愛い事、そんな可愛い顔で言われたら、俺色々我慢出来なくなるよ?」
一線を越えた二人だったけれど、この日はただ抱き合って眠った。
次の日の朝もホテルの朝食を食べた。
この日は午後からバイトだったので壱弥に車で家まで送ってもらい、そしてマンション前で別れていつもの様に郵便受けを見ると、一通の手紙が入っていた。
手紙には差出人も宛名すらも記されていない。
手紙は明らかに郵便屋さんではなく誰かが直接投函したものだろう。
美優はそれを来ていたダイレクトメールやチラシと共に部屋に持って上がった。
たまに近所のお店がこの様なサービス券入りの封書を投函する事もあるので、今回もそうなのだと思い込んだ。
部屋に着いてカフェオレを淹れて一息つきながら、その封書を開けてみた。
そこには一通の手紙と5枚程の写真が入っていた。
写真を見てみると、自分の部屋の前で壱弥と自分が写っていて、恐らくその日の連写で、最後は手を振って笑顔で壱弥を見送る自分の姿を写したものだった。
訝しんで手紙を開いてみると、赤い文字で【この男だれ?】と書かれてあった。
所謂ストーカーというものだろうか? これを投函した人物はきっとこの写真を撮った人物と同一人物だろう。
自分の部屋の場所を知っているのは確定だ。それを思うと背筋が凍る様な悪寒が走った。
怖くなってスマホを手にし、壱弥に連絡しようとメッセージを開いた。
しかしふと思う。
この人物は壱弥を気にしている。もし壱弥に相談してこの人物が壱弥を襲う様な事があったらと思うと、その方がよほど怖かった。
スマホでメッセージを打つ手を止める。
そしてしばらく様子を見てみようと自分に言い聞かせて、この後の午後からのバイトに出かける。
以前から感じていた視線は勘違いではなかったのだろうか? それにこの茶封筒は何度か見た事がある。
ダイレクトメールやチラシの類だと思い込んで読まずに捨てていたが、もしかしたらこれらはずっとこういった手紙が入っていたのだろうか?
美優はそんな事を思考しながら自転車を漕いでバイト先に向かった。
「おはようございます」
「ああ、神崎さんおはよう~~。お土産は?」
午前中から入っていた清水が美優に手を振りながら訊ねた。
「買ってありますよ。スタッフルームに置いておくんで食べて下さいね」
「やった~~。ありがとね、神崎さん」
木之崎がスタッフルームから出て来たので挨拶する。
「おはようございます、店長」
「おはよう、神崎さん。そういえば誕生日だったんだよね? 18歳おめでとう」
「ありがとうございます。連休頂いたお陰で楽しめました」
「そうなんだ。よかったね。ここ空いたから着替えてね」
「はい」
そう返事をして木之崎が出て来たスタッフルームに入ってロッカーを開けてエプロンを取り出した。
そしてそれを着て後ろのヒモを結んでから、買って来てあったお土産のクランチチョコの箱を封を切って置いておく。
このクランチチョコはパークのお土産の中で今までで一番評判の良かった物だ。
鞄をロッカーに仕舞ってスタッフルームを出た。
そのタイミングで常連のいつも唐揚げ定食を頼むお客さんが店内に入って来た。
「あ、いらっしゃいませ」
美優はにっこりと笑って、急いでカウンターに回った。
「どちらのコースになさいますか?」
いつも通りのやり取りの後、ブースに入って行った。
そしていつも通りの業務をこなして17時で上がる予定だったが、5分に前に電話が鳴った。それに木之崎が出る。
そして話し終え電話を切った後、美優に訊ねた。
「神崎さん? なんかね、林さんインフルで休みたいって連絡あったんだよね」
「わかりました。入ります」
「ホント? 林さん23時までだけど大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
「助かるよ、ありがとね」
「いえ、連休頂きましたから」
結局その後も業務に入って、レジ締めをした後23時にやっと仕事を終えて帰宅する。
お店の駐輪場に入って自転車を押して出て来る。
自分の家から直行する時は大体こんな風に自転車通勤だが、学校から来ていた時は徒歩で店から家まではバスを使っている。
しかしもう学校から通う事はないから、今後は自転車通勤になるだろう。
美優は自転車に乗る。
もう3月とは言え夜中は寒い。冷たい風が頬を刺す様に撫で、しっかりと巻き付けたマフラーに首を窄めて頬を埋めた。
20分ほどでマンションの前に着く。
自転車を駐輪スペースに停めて前かごに入れてあった荷物を持って、エントランスに行く。
恐る恐る郵便受けを開けると、今朝と同じ便箋があった。
さぁ~~……と血の気が引いていくのが分かる。
美優は後ろを振り返って、急いでエレベーターに乗り込んだ。
心臓はバクバクと鳴っている。
今もストーカーは自分を見ているのだろうか?
部屋の前に誰かいたらどうしようと、嫌な想像ばかりしてしまってどんどん恐怖が膨らんでいく。
エレベーターが開いて自分の部屋が見えたけれど、部屋の前には誰もいなさそうだ。
ひとまずホッとして、足早に部屋の前に行き用意してあった鍵を差し込む。
しかし手が震えて上手く鍵穴に入らない。
結局いつもよりも時間がかかってしまった。
なんとか鍵を開けて部屋に入る。
鍵をかけてチェーンもかけて、ベランダまで走って鍵を確認する。
ちゃんと鍵はかかっている。
部屋にある窓の鍵も全部しまっている事を確認しホッとした。
そして手に持った便箋に目をやっていると、スマホの着信音が鳴り、それにびくっと驚く。
発信元は壱弥だった。
大きく深呼吸して心臓の高鳴りを整える。
それを何度か繰り返して、頬をぺしっと叩く。
そして電話に出た。
『お疲れ様。もうバイト終わったの?』
壱弥の優しい声を聴いて、泣きそうな位ホッとしたが、息を小さく吐いて泣きそうになるのを堪えた。
「うん、今家に着いたよ」
『こんな時間までバイトしてたら心配だな……。俺、明日から送迎しようか?』
「大丈夫だよ」
出来るだけ笑顔で、出来るだけ何事もない様に、いつも通りに。
『……美優、なんかあった?』
「え? なんで? 何もないよ?」
内心、びくっとしたが平静を装った。
『なんか声が震えてるよ?』
「ああ、寒かったから。自転車だったでしょ? だからじゃないかな。まだ部屋の暖房も効いてないし」
『……ホント?』
「うん、心配要らないってば」
『明日もバイトだったっけ?』
「うん、そうだよ」
『明日は迎えに行く。それから送るから』
「ええ? いいよ、そんなの」
『ダメ。明日行くから。何時?』
「……明日は11時から」
『わかった。11時に間に合う様に行くから』
「……ホントに心配要らないよ?」
『ダメ。決まったから』
「わかったよ……」
『美優? ホントに元気ない。変だ』
そう、壱弥はこんな風に勘が良い。なので下手な隠し事など出来ないのはわかっていた。
バレるのは時間の問題だとはわかっていたけれど、こんなにあっさりとバレてしまうのはあまりに情けない。
でも本当の事を言ってしまったら壱弥はとても心配するし、送迎だけでは済まないだろう。
「大丈夫だよ。何にもないって。もうっ、ホント壱弥は心配性だね」
朗らかに、出来るだけ楽し気に。
壱弥が心配してくれてる事は嬉しい。でもストーカーの悪意が壱弥に向いてしまう事が美優には一番怖い事だった。
なので決して巻き込んではいけないと必死に笑った。
『……今から行く』
「ダメ! 絶対来ちゃダメ!」
思わず叫んでいた。もしストーカーが見ていたら、壱弥に何かするかもしれない。
『すぐに行く』
壱弥は通話を切ってしまう。
美優は心臓がドクドクと五月蠅くなっているの感じ、ゾワゾワと恐怖が背中を舐める様な感覚に襲われながら、色々と考えた。
そして、家に来てしまってストーカーに見つかってしまう位なら、と、鞄をひったくる様にして家を出た。
もしストーカーがまだ自分を見張っているなら、きっと付いてくる。
せめて何処か別の場所で壱弥と会ったなら、ストーカーの怒りは少しはマシだろうと考えた。
そして人目のある場所ならストーカーもきっと手出しは出来ない。
美優は鞄を抱えて必死でコンビニまで駆け抜けた。今もストーカーが見張ってるかもしれないと思うと怖くて怖くて仕方なかった。
息を切らしながら最寄りのコンビニまで辿り着いて、ここで壱弥にメッセージを送る。
【今いつもコーヒー飲むコンビニにいるよ】
このコンビニは食事の帰りなどにコーヒーを飲みによく入るコンビニだ。
コーヒーを買ってイートインスペースで周りを気にしながら飲んでいたら、革のライダージャケットを着込んだ壱弥が入り口から入って来た。
壱弥はすぐに美優を見つけて、隣に座る。
「どうした? 何があった?」
いつもよりも少し険しい真剣な声で訊ねる壱弥。
それに美優は笑顔で答えた。
「ホント何でもないんだよ?」
「何でもないって顔してないよ? 青ざめてる」
「……あの……ね?」
壱弥は真剣な面持ちで美優を促す様に次の言葉を待つ。
「……もしかしたら、ストーカーされてるのかもしれない……」
「……ストーカー?」
「うん……これ……」
美優は鞄のポケットに入れていたストーカーからの手紙を壱弥に見せた。
「昨日も同じ封筒が入ってて……。中身は写真と手紙だったの」
「……開けるよ?」
まだ未開封の封筒を壱弥は指先で摘まんで美優から受け取る。
美優が頷くと簡単に糊付けしてあった便箋を開封する。
中身はまた写真だった。今度は美優がバイト先の駐車場で壱弥の車に乗り込む所を撮ったものだった。
手紙も添えてあり、その内容は赤字で【この男の事好きなの?】と書いてあった。
「……昨日もこんな感じの写真と手紙が入ってたの……」
美優は写真を眺める壱弥に言う。
「……多分見張られてるの。壱弥の事気にしてるみたいだから、壱弥は家に来ない方がいいと思って……」
壱弥は次の写真を捲った。美優は更に口を開く。
「……だからね? しばらく会わない方がいいんじゃないかなって思うの。ストーカーの人が壱弥に何かするかもしれないから……」
壱弥はまた写真を捲りながら美優の言葉に答えた。
「俺はいい。どうにでもなる。美優の方が危ない。すぐ俺の家に避難するよ」
「え、だって……」
「問答は無し。コーヒー飲み終わったら俺の家に帰ろう」
「でも……」
「ホントに危ない。もう絶対家には帰せないよ。飲んだ? 行くよ」
壱弥は立ち上がって美優に手を差し伸べた。
美優は壱弥の真剣な声音と表情に何も言えなくなって、その手を取ってしまう。
壱弥は自分が着ている革のジャケットを脱いで美優に手渡す。
「それ温まってるから着て」
「あの、待って、壱弥!」
壱弥は美優の手を引いて店を出、一台の大きなバイクのパニアケースを開けた。
そしてその中から同じ様な革のジャケットを取り出しそれを羽織った。
「寒いからそのコート脱いでこのジャケット早く着て?」
美優は壱弥の言う通りコートを脱いでジャケットを着込む。
ジャケットは壱弥の体温で随分温められていて暖かい。
「はい。手袋とヘルメットね。全部俺の予備だから大きいだろうけど」
「……どうしてバイクなの?」
「バイクの方が早いし、最悪マンションの駐輪場に置いておけるから」
この寒い中、壱弥はバイクで自分の為に駆けつけてくれたのだと思うと、ジンと目頭が熱くなる。
ヘルメットをかぶり手袋を装着した壱弥はバイクの鍵穴にキーを差し込みエンジンをかけ、バイクに跨った。
「乗って?」
美優もヘルメットを被って手袋をはめ壱弥の肩に手を置いてバイクに跨った。
壱弥の肩に手を置いていたら、壱弥が振り返る。
「美優、腰に手回してちゃんとしがみついてて。危ないから」
言われた通り、壱弥の腰に手を回して壱弥にしがみつく。壱弥の背中は広くて逞しい。
さっきまで怖くて仕方なかったのに、壱弥がこうして傍にいてくれるだけで心から安堵した。
バイクは軽快なエンジン音を高らかに上げて春目前の深夜の冷たい空気の中走り出す。
そしてお互いの見たいものを話し合いながアトラクションやショーを決めて終始和やかにパークデートは終わる。
ホテルの部屋に戻るとベッドメイクが昨日とは異なっていてバルーンで『happybirthday!』とデコレーションされていた。
「す、凄い……。可愛い……!」
「なんかバースデイサプライズしてるっていうから頼んでみたんだ。喜んでもらえたならよかった」
「これ、バルーンの中にバラが入ってるよ? どうやったんだろう?」
予想もしてなかったサプライズに美優は胸がいっぱいになる。と、同時に少し申し訳ない気持ちにもなった。
「私は壱弥のお誕生日に手作りの料理用意しただけなのに……。こんなにしてもらったら私、次の壱弥の誕生日にどうお返ししていいかわかんないよ……」
「一緒にいてくれたらそれだけで俺は充分幸せだよ?」
「壱弥は……本当に優しいね……」
「優しくないってば」
「ううん。世界一優しいよ」
思わず顔がほころんでしまう。緩んだ顔で壱弥を見上げたら、壱弥は美優をぎゅっと抱きしめた。
「そんな可愛い事、そんな可愛い顔で言われたら、俺色々我慢出来なくなるよ?」
一線を越えた二人だったけれど、この日はただ抱き合って眠った。
次の日の朝もホテルの朝食を食べた。
この日は午後からバイトだったので壱弥に車で家まで送ってもらい、そしてマンション前で別れていつもの様に郵便受けを見ると、一通の手紙が入っていた。
手紙には差出人も宛名すらも記されていない。
手紙は明らかに郵便屋さんではなく誰かが直接投函したものだろう。
美優はそれを来ていたダイレクトメールやチラシと共に部屋に持って上がった。
たまに近所のお店がこの様なサービス券入りの封書を投函する事もあるので、今回もそうなのだと思い込んだ。
部屋に着いてカフェオレを淹れて一息つきながら、その封書を開けてみた。
そこには一通の手紙と5枚程の写真が入っていた。
写真を見てみると、自分の部屋の前で壱弥と自分が写っていて、恐らくその日の連写で、最後は手を振って笑顔で壱弥を見送る自分の姿を写したものだった。
訝しんで手紙を開いてみると、赤い文字で【この男だれ?】と書かれてあった。
所謂ストーカーというものだろうか? これを投函した人物はきっとこの写真を撮った人物と同一人物だろう。
自分の部屋の場所を知っているのは確定だ。それを思うと背筋が凍る様な悪寒が走った。
怖くなってスマホを手にし、壱弥に連絡しようとメッセージを開いた。
しかしふと思う。
この人物は壱弥を気にしている。もし壱弥に相談してこの人物が壱弥を襲う様な事があったらと思うと、その方がよほど怖かった。
スマホでメッセージを打つ手を止める。
そしてしばらく様子を見てみようと自分に言い聞かせて、この後の午後からのバイトに出かける。
以前から感じていた視線は勘違いではなかったのだろうか? それにこの茶封筒は何度か見た事がある。
ダイレクトメールやチラシの類だと思い込んで読まずに捨てていたが、もしかしたらこれらはずっとこういった手紙が入っていたのだろうか?
美優はそんな事を思考しながら自転車を漕いでバイト先に向かった。
「おはようございます」
「ああ、神崎さんおはよう~~。お土産は?」
午前中から入っていた清水が美優に手を振りながら訊ねた。
「買ってありますよ。スタッフルームに置いておくんで食べて下さいね」
「やった~~。ありがとね、神崎さん」
木之崎がスタッフルームから出て来たので挨拶する。
「おはようございます、店長」
「おはよう、神崎さん。そういえば誕生日だったんだよね? 18歳おめでとう」
「ありがとうございます。連休頂いたお陰で楽しめました」
「そうなんだ。よかったね。ここ空いたから着替えてね」
「はい」
そう返事をして木之崎が出て来たスタッフルームに入ってロッカーを開けてエプロンを取り出した。
そしてそれを着て後ろのヒモを結んでから、買って来てあったお土産のクランチチョコの箱を封を切って置いておく。
このクランチチョコはパークのお土産の中で今までで一番評判の良かった物だ。
鞄をロッカーに仕舞ってスタッフルームを出た。
そのタイミングで常連のいつも唐揚げ定食を頼むお客さんが店内に入って来た。
「あ、いらっしゃいませ」
美優はにっこりと笑って、急いでカウンターに回った。
「どちらのコースになさいますか?」
いつも通りのやり取りの後、ブースに入って行った。
そしていつも通りの業務をこなして17時で上がる予定だったが、5分に前に電話が鳴った。それに木之崎が出る。
そして話し終え電話を切った後、美優に訊ねた。
「神崎さん? なんかね、林さんインフルで休みたいって連絡あったんだよね」
「わかりました。入ります」
「ホント? 林さん23時までだけど大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
「助かるよ、ありがとね」
「いえ、連休頂きましたから」
結局その後も業務に入って、レジ締めをした後23時にやっと仕事を終えて帰宅する。
お店の駐輪場に入って自転車を押して出て来る。
自分の家から直行する時は大体こんな風に自転車通勤だが、学校から来ていた時は徒歩で店から家まではバスを使っている。
しかしもう学校から通う事はないから、今後は自転車通勤になるだろう。
美優は自転車に乗る。
もう3月とは言え夜中は寒い。冷たい風が頬を刺す様に撫で、しっかりと巻き付けたマフラーに首を窄めて頬を埋めた。
20分ほどでマンションの前に着く。
自転車を駐輪スペースに停めて前かごに入れてあった荷物を持って、エントランスに行く。
恐る恐る郵便受けを開けると、今朝と同じ便箋があった。
さぁ~~……と血の気が引いていくのが分かる。
美優は後ろを振り返って、急いでエレベーターに乗り込んだ。
心臓はバクバクと鳴っている。
今もストーカーは自分を見ているのだろうか?
部屋の前に誰かいたらどうしようと、嫌な想像ばかりしてしまってどんどん恐怖が膨らんでいく。
エレベーターが開いて自分の部屋が見えたけれど、部屋の前には誰もいなさそうだ。
ひとまずホッとして、足早に部屋の前に行き用意してあった鍵を差し込む。
しかし手が震えて上手く鍵穴に入らない。
結局いつもよりも時間がかかってしまった。
なんとか鍵を開けて部屋に入る。
鍵をかけてチェーンもかけて、ベランダまで走って鍵を確認する。
ちゃんと鍵はかかっている。
部屋にある窓の鍵も全部しまっている事を確認しホッとした。
そして手に持った便箋に目をやっていると、スマホの着信音が鳴り、それにびくっと驚く。
発信元は壱弥だった。
大きく深呼吸して心臓の高鳴りを整える。
それを何度か繰り返して、頬をぺしっと叩く。
そして電話に出た。
『お疲れ様。もうバイト終わったの?』
壱弥の優しい声を聴いて、泣きそうな位ホッとしたが、息を小さく吐いて泣きそうになるのを堪えた。
「うん、今家に着いたよ」
『こんな時間までバイトしてたら心配だな……。俺、明日から送迎しようか?』
「大丈夫だよ」
出来るだけ笑顔で、出来るだけ何事もない様に、いつも通りに。
『……美優、なんかあった?』
「え? なんで? 何もないよ?」
内心、びくっとしたが平静を装った。
『なんか声が震えてるよ?』
「ああ、寒かったから。自転車だったでしょ? だからじゃないかな。まだ部屋の暖房も効いてないし」
『……ホント?』
「うん、心配要らないってば」
『明日もバイトだったっけ?』
「うん、そうだよ」
『明日は迎えに行く。それから送るから』
「ええ? いいよ、そんなの」
『ダメ。明日行くから。何時?』
「……明日は11時から」
『わかった。11時に間に合う様に行くから』
「……ホントに心配要らないよ?」
『ダメ。決まったから』
「わかったよ……」
『美優? ホントに元気ない。変だ』
そう、壱弥はこんな風に勘が良い。なので下手な隠し事など出来ないのはわかっていた。
バレるのは時間の問題だとはわかっていたけれど、こんなにあっさりとバレてしまうのはあまりに情けない。
でも本当の事を言ってしまったら壱弥はとても心配するし、送迎だけでは済まないだろう。
「大丈夫だよ。何にもないって。もうっ、ホント壱弥は心配性だね」
朗らかに、出来るだけ楽し気に。
壱弥が心配してくれてる事は嬉しい。でもストーカーの悪意が壱弥に向いてしまう事が美優には一番怖い事だった。
なので決して巻き込んではいけないと必死に笑った。
『……今から行く』
「ダメ! 絶対来ちゃダメ!」
思わず叫んでいた。もしストーカーが見ていたら、壱弥に何かするかもしれない。
『すぐに行く』
壱弥は通話を切ってしまう。
美優は心臓がドクドクと五月蠅くなっているの感じ、ゾワゾワと恐怖が背中を舐める様な感覚に襲われながら、色々と考えた。
そして、家に来てしまってストーカーに見つかってしまう位なら、と、鞄をひったくる様にして家を出た。
もしストーカーがまだ自分を見張っているなら、きっと付いてくる。
せめて何処か別の場所で壱弥と会ったなら、ストーカーの怒りは少しはマシだろうと考えた。
そして人目のある場所ならストーカーもきっと手出しは出来ない。
美優は鞄を抱えて必死でコンビニまで駆け抜けた。今もストーカーが見張ってるかもしれないと思うと怖くて怖くて仕方なかった。
息を切らしながら最寄りのコンビニまで辿り着いて、ここで壱弥にメッセージを送る。
【今いつもコーヒー飲むコンビニにいるよ】
このコンビニは食事の帰りなどにコーヒーを飲みによく入るコンビニだ。
コーヒーを買ってイートインスペースで周りを気にしながら飲んでいたら、革のライダージャケットを着込んだ壱弥が入り口から入って来た。
壱弥はすぐに美優を見つけて、隣に座る。
「どうした? 何があった?」
いつもよりも少し険しい真剣な声で訊ねる壱弥。
それに美優は笑顔で答えた。
「ホント何でもないんだよ?」
「何でもないって顔してないよ? 青ざめてる」
「……あの……ね?」
壱弥は真剣な面持ちで美優を促す様に次の言葉を待つ。
「……もしかしたら、ストーカーされてるのかもしれない……」
「……ストーカー?」
「うん……これ……」
美優は鞄のポケットに入れていたストーカーからの手紙を壱弥に見せた。
「昨日も同じ封筒が入ってて……。中身は写真と手紙だったの」
「……開けるよ?」
まだ未開封の封筒を壱弥は指先で摘まんで美優から受け取る。
美優が頷くと簡単に糊付けしてあった便箋を開封する。
中身はまた写真だった。今度は美優がバイト先の駐車場で壱弥の車に乗り込む所を撮ったものだった。
手紙も添えてあり、その内容は赤字で【この男の事好きなの?】と書いてあった。
「……昨日もこんな感じの写真と手紙が入ってたの……」
美優は写真を眺める壱弥に言う。
「……多分見張られてるの。壱弥の事気にしてるみたいだから、壱弥は家に来ない方がいいと思って……」
壱弥は次の写真を捲った。美優は更に口を開く。
「……だからね? しばらく会わない方がいいんじゃないかなって思うの。ストーカーの人が壱弥に何かするかもしれないから……」
壱弥はまた写真を捲りながら美優の言葉に答えた。
「俺はいい。どうにでもなる。美優の方が危ない。すぐ俺の家に避難するよ」
「え、だって……」
「問答は無し。コーヒー飲み終わったら俺の家に帰ろう」
「でも……」
「ホントに危ない。もう絶対家には帰せないよ。飲んだ? 行くよ」
壱弥は立ち上がって美優に手を差し伸べた。
美優は壱弥の真剣な声音と表情に何も言えなくなって、その手を取ってしまう。
壱弥は自分が着ている革のジャケットを脱いで美優に手渡す。
「それ温まってるから着て」
「あの、待って、壱弥!」
壱弥は美優の手を引いて店を出、一台の大きなバイクのパニアケースを開けた。
そしてその中から同じ様な革のジャケットを取り出しそれを羽織った。
「寒いからそのコート脱いでこのジャケット早く着て?」
美優は壱弥の言う通りコートを脱いでジャケットを着込む。
ジャケットは壱弥の体温で随分温められていて暖かい。
「はい。手袋とヘルメットね。全部俺の予備だから大きいだろうけど」
「……どうしてバイクなの?」
「バイクの方が早いし、最悪マンションの駐輪場に置いておけるから」
この寒い中、壱弥はバイクで自分の為に駆けつけてくれたのだと思うと、ジンと目頭が熱くなる。
ヘルメットをかぶり手袋を装着した壱弥はバイクの鍵穴にキーを差し込みエンジンをかけ、バイクに跨った。
「乗って?」
美優もヘルメットを被って手袋をはめ壱弥の肩に手を置いてバイクに跨った。
壱弥の肩に手を置いていたら、壱弥が振り返る。
「美優、腰に手回してちゃんとしがみついてて。危ないから」
言われた通り、壱弥の腰に手を回して壱弥にしがみつく。壱弥の背中は広くて逞しい。
さっきまで怖くて仕方なかったのに、壱弥がこうして傍にいてくれるだけで心から安堵した。
バイクは軽快なエンジン音を高らかに上げて春目前の深夜の冷たい空気の中走り出す。
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