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第15幕 夜は過ぎる

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 鏑木町の内部にある小さな公園に三人はいた。
「だけど真幌くんの髪の色、本物なのねぇ。ずっと染めてるかと思ったわ」
小空は真幌の髪を見る。桃のようなピンク色がまばゆい。
「そ、そう?」
美翔以外に髪を褒められたのは初めてで真幌は照れる。
「せやろー、真幌しかないでこれは」
「なんであんた嬉しそうなのよ」
美翔も嬉しそうだった。
「しかも、桃のいい匂いもするなんてめちゃくちゃいいじゃん」
「……なんかそこまで言われるのなかなかないかも」
「しかも真幌くん自体も可愛い」
「え、うん……」
年上の女性に褒められ可愛がられると思い、真幌は赤面する。
「せやろ!」
「だからなんであんたそのリアクション?」
美翔はまだ嬉しそうだった。
「ボク、小さい時はこの髪嫌いだったんだ。他の人と違うし。でも昔から兄ちゃんが良いって言ってくれたから好きになれたんだ……」
後ろに結んだ髪を真幌は前に出す。
「真幌せやんな。お前しかないもんな……」
美翔はその真幌の髪に触れ撫でる。
「……なんかあても怒るんは気ぃつけたほうがええかもな」
「兄ちゃん?」
美翔は髪を撫で終わると、数時間ぶりに美翔の通信端末が鳴った。
「あ、またタイシか?」
予想通りまた太志郎だった。
『美翔さん、俺もう任務終わったけど今鏑木町?』
「おーうん。真幌も一緒」
『そっか。今から迎えに行ってアジトまで連れてくから』
「うん、謝謝!」
美翔は太志郎からの電話を切る。
「真幌、今からタイシが迎えにくるって」
美翔は公園のジャングルジムに向って走り、勢いよく登る。それも飛ぶようにほんの数秒で。
「アイツ、やっぱ身体能力高いわね」
それを小空は見ていた。
「兄ちゃん、ボクより一年くらい早くマスターに弟子入りしたからね。同じくらいの子よりずっと体力あると思うよ」
「へえ、アイツ何年前に弟子入りしたの?」
「ボクが六年前だから、兄ちゃんは七年前だよ」
「結構長いわね」
真幌は自分が知る美翔についてを少し語る。
「お! 鉄子が見えた!! 早いな!」
美翔はジャングルジムの上から道路を走っている太志郎の赤い大型車、鉄子の姿を見つけた。
「鉄子って誰?」
「タイシさんの赤い車のことだよ。今日ボク達が乗ってきたんだ」
「あの人、車に名前付ける人なんだ……」
小空は太志郎の愛車が鉄子と呼ばれていると初めて知った。
「真幌行くで!」
美翔はジャングルジムを飛んで降りる。
――シュタン!!
彼は見事に着地する。
「じゃあ今日は解散ね」
「うん、ばいばい小空ちゃん」
「おー、再見」
美翔と真幌は小空に手を振り、鉄子は停車しているだろう場所に向って行った。


 ※


 「ここがタイシ達のアジトか?」
美翔と真幌が鉄子に乗って連れられたのは、どこにでもあるようなお弁当屋だった。
看板には『神楽庵』と刻まれている。
「でもなんでお弁当屋?」
「ああ、ここは表向きは俺の妹弟子がやってる弁当屋なんだ」
「タイシの妹弟子?」
太志郎は自分の妹弟子について語る。
「俺も美翔さん達と一緒で拳法の師匠がいるんだよ。クロは弟弟子で俺とクロの真ん中に姉妹弟子のクリスティーナがいるんだ」
「やからアイツ、タイシをタイ兄って呼んでたんか」
美翔は太志郎と黒影の関係を知り、納得する。
「タイ兄ー! お帰りなさい!」
弁当屋の入り口から一人の女が出てくる。ふんわりとした茶色の長い髪にエプロン姿をしている。
「ああ、ただいまクリス。美翔さん、真幌くん、紹介するよ。コイツはクリスティーナ。俺の妹弟子」
女はクリスティーナと呼ばれた。
「はい! クリスティーナです! クリスって呼んでください」
「你好、あては美翔。めっちゃ元気ええ人やん」
「真幌です」
クリスティーナを紹介され、美翔と真幌も名乗る。
「タイ兄、任務お疲れ様です! クロくんは奥の作業室で籠って仕事してますよ」
「そうか」
「クロの仕事ってなんなん?」
美翔と真幌は弁当屋の中に入る。
「クロは武具職人、拳法家や格闘家達の武器の職人でな。いつもは武器の修理や開発をしているんだよ。たまに俺と任務に出るけど」
「へー、以外やね」
「科学者でもあるんだ。一回作業室入ったら五時間くらい出てこない」
黒影の素性を美翔と真幌は初めて知った。
「タイシは何やっとるん? 拳法家って感じやないけど」
美翔は太志郎の素性も問う。
「俺は操縦士オペレーターだよ。車を戦力、相棒として戦ってる。敵がやばい武装したりしてる時は鉄子も一緒に戦うんだ」
「タイシの相棒ってやっぱり鉄子?」
「ああ、たまにハヤテもだけど。ちょっと見てみるか、俺と鉄子達のガレージ」
「え?」
太志郎に美翔と真幌は弁当屋の裏にあるガレージに案内される。

 ※

 「おおー!! なんだここ!? めっちゃ広い!」
「すごい……」
美翔と真幌が見たのは、ただただ広いガレージの中に鉄子とハヤテが停車している光景だった。隅には車の洗車や簡単な修理に使うような道具が並んでいる。
「鉄子いつの間にここに置いたんや? お前はさっきからあて等と一緒におったやん」
「鉄子には人工知能が搭載してて俺がいなくてもガレージには自分で戻ってこれるんだ。ガレージのシャッターも鉄子に気付いて自動で上げ下げするし」
太志郎は美翔にガレージと鉄子について説明する。
「じゃあ美翔さんと真幌くんの部屋に案内するね」
太志郎は二人を更に案内する。

 ※

 「おー、結構広いやん」
美翔と真幌の住む部屋は、少し広めのアパートの一室のように思えた。ベッド二つ置いてあってもあまり狭くない。
クリスティーナが店番する弁当屋・神楽庵の建物の上の階はアパートになっており、その空き家に住むことになったのだ。台所も風呂も便所も設置されており、生活には十分過ぎるくらいだ。
「美翔さん達の荷物はあの段ボールに入ったままだよ」
太志郎は美翔と真幌の荷物に指を指す。
「荷物ばらすの手伝おうか、美翔さんの服は結構多そうだし」
「あーええよ? 自分らでやるわ」
「ボク達自分でやりますよ」
「そっか。じゃあ俺夕飯作っとくから終わったら呼んでくれ。持ってきてあげるから」
太志郎は、アパートの部屋を出た。
「……やっぱタイシ優しいなぁ。あてら出会ったばかりやのに」
「そうだね」
太志郎が部屋を出るのを確認すると、二人は荷物整理を始めた。

 ※

 「あー! よっし、大体分けたで」
「終わったぁ」
荷物整理を全て終わると、二人は一息ついた。横に並んだベッドにそれぞれ座る。
「……真幌、明日あては行かんでええの? なんかあても聞いていたほうがええ気するけど」
「兄ちゃん心配しないで。まずボク一人で受け止めたいんだ」
「そうなんか……」
美翔はベッドに仰向けに寝転ぶ。
「あてな、真幌が好きやで。声も顔も、髪も匂いも、あてのアホな話も聞いてくれるとこも、全部好きや。やからな、桃童がどうとか言われるのはあても嫌やったんよ」
ミツテルが真幌を桃童だと指摘された時、真幌を奇異の眼で見られると美翔は思ってしまった。真幌を大切にしている自分も否定されているような気分にもなった。
「……兄ちゃん、ボクは大丈夫だよ。ボクが桃童なのは否定できないし。兄ちゃんがボクを好きって言ってくれるから、ちょっとくらい変だって言われても怖くないよ」
「……真幌」
美翔は起き上がり真幌の顔を見る。
「それに明日兄ちゃんは小空ちゃんと出かけるんでしょ?」
「あー、デパートがどうとか言っとったな」
初めて中央武道場に訪れた日は過ぎていくのであった。


 ※


 翌日の朝。真幌は式部に指定された場所に到着した。
「式部さん、こんにちは」
「おー、真幌待ってたアル」
フロンティア・フレアの会社のビルの入り口。真幌と式部は合流した。真幌は式部の右手の指輪を見る。昨日鎖鎌に変化した指輪だ。
「式部さんの指輪って、マスターが昔持ってたのですよね?」
「ああ。昔俺にこれを託してくれたネ。美翔の槍と真幌のトンファーもだろアル?」
「はい。二年前に、マスターはブレスレットを二つとも置いて、どこかに行ってしまいました」
美翔の持つ槍・メテオランスも真幌の持つトンファー・ツインムーンも式部の持つ鎖鎌・ネプチューンチェーンも、かつてはクオーツが所持していた連星拳の武器だった。
「クオーツさんはもう一個指輪してたアル。それ以外は全部俺達弟子が持ってるネ」
「マスターは今、あの指輪だけで戦っているみたいですね」
「みたいアル」
式部は真幌を連れて歩き出す。桃童に詳しい人物に会わせるためだ。


 ※


 「美翔、お待たせ」
「ああ你好」
式部と真幌が会った同時刻。ハンバーガーショップの前で美翔と小空も合流した。
小空の服装は黒い革ジャンと短パンに黒いニーハイとブーツ。いつもの紫のチャイナドレスではない。
「今日ドレスちゃうんやね」
「あんたもチャイナじゃないじゃん」

美翔も暗い青色のスカジャンにオレンジ色の七分丈ズボンに黒いシューズといつもの恰好ではない。
「じゃあとりあえずデパート行くわよ。オシャレなお店教えてあげる」
「おー、それええやん行く!」
美翔と小空も目的地に向かって移動する。


 ※


 「式部さん、仕事はよかったんですか?」
「大丈夫アルよ。今日行くとこは俺の偵察も兼ねてるし」
「専務さんって偵察の仕事多いですね」
真幌と式部は市バス停でバスを降りる。少し歩いていくとその前には、赤いレンガの壁の巨大な建物が見えた。
「すごい……外国のお城みたいですね」
「そうアルネ。名前が『ヒビノ宮殿』だしなアル」
「ここってどういう場所ですか?」
「シティナイツの本部基地アル。元々は副長の恒星が引き継いだのを使っているネ」
「副長さん……」
恒星の名を聞いて、昨日の恒星の様子を思い出す。何故か彼の自分に向ける視線が気になってしまったのだ。
「副長さんって何者なんですか? こんな建物の主人だなんて」
「あー、アイツはある民族の若頭でこの宮殿は若頭に代々相続されてきたんだよ」
「民族……?」
真幌と式部がヒビノ宮殿を見上げていると、ある男が走ってきた。
「皆本専務ー! 真幌くーん!」
「お、胡蝶参謀アル」
「小空ちゃんのお兄さん?」
胡蝶が走ってきたのだ。
「もしかして、桃童に詳しい人って」
「ああ、胡蝶アル」
式部が真幌に会わせたい相手、それは胡蝶だった。
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