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第16幕 蝶と空

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 「なー、なー! さっきからお前の買い物ばっかやん!」
「当たり前じゃん。今日私の買い出しメインだし」
美翔は小空が購入した荷物の入った紙袋を持ちながら同じように荷物を持つ小空と歩く。服はもちろん、保存できる食品や日用品も持たされている。
「お前お嬢やろ! セールとかバーゲンとかお前関係あるん?」
「マジで金ある人間はこういうとこで節約してるから金あるのよ!」
「あてらとあんま変わらんやん」
令嬢の生活は自分達と変わらないのかと感じる美翔。
「お昼奢ってあげるからもう一軒行くわよ。次コスメショップよ」
「やっぱお前のばっかやん!」
買い出しに付き合わせ続けられるのであった。


 ※


 「小空ちゃんのお兄さん……」
「君のこと知って驚いたよ。まさか妹が桃童の子と知り合っていたなんて。その髪は染めてるかと思ったよ」
「それ小空ちゃんにも言われました」
真幌と式部は胡蝶に連れられてヒビノ宮殿の内部を歩く。
多くの人々が行き来し忙しく働いている。
真幌は式部と共に、胡蝶にヒビノ宮殿の中を案内され内部の食堂に通される。
「まあ座って。皆本さんも今日はよろしくお願いします」
「おおアル」
胡蝶は真幌と式部と向き合って席に座る。
「今日色々用意してきたんだよ。電子化された記録だけじゃ真実みないと思ってね」
「そ、そんなに!?」
胡蝶はどっさりと古い書物を数冊用意する。どれも桃童にまつわるものである。
「よくこんな用意できたアルネ」
「俺研究職ですから」
胡蝶は組織の参謀、前線で戦う者であり研究者でもある。シティナイツは治安維持だけではなく、柊の未解読の歴史の解読や調査も仕事なのである。
「真幌くんは、桃童について知ってるとこある?」
「え、はい。髪が桃色なことと唾や涙が甘いのと、桃みたいな匂いがするってことぐらいしか知らないです。ボク自体は唾とか甘いのや匂いの自覚は全然ないですけど」
「そうだね。……血のことは、昨日初めて聞いた?」
「はい……だからあんまり信じられなかったです」
真幌も桃童の血のことは知らなかった。
「……血のことは、一応本当なんだ。何十年もの間、柊市の医者達は桃童の血で怪我人や病人を見ていたんだ」
胡蝶は自分が知る桃童について語る。とは言っても自分が調査しただけのもので実際の桃童を見たのは真幌が初めてだった。
「血のことは柊の人達だけしか知らないようにしていた。でもある時柊の外に桃童の情報が流れてしまってね。たくさんの桃童の血が、命が狙われたんだ」
桃童を同じ人間だと考えず人身売買に出そうとする人間が現れ、血を奪って殺害する事件が起きた。
「桃童の血を医療に使うことも問題視されるようになって桃童達は自分達が桃童だってことを隠して生きるようにしたし、医者達も桃童の血を使うことを少なくしたんだ。今でも桃童の血を解析して薬を作って難病を治す医者はいるし、血を提供してくれる桃童もいるけど……それを公にすることはほとんどできなくなったんだ」
それが胡蝶の知る全てだった。
胡蝶も本物の桃童に会おうとしたが、向こうが拒否するがゆえに会えなかった。
「クオーツさんも桃童達を守ろうと戦ったアル」
式部が付け加える。
「クオーツさんの尽力あって虐殺事件にならなくて済んだんだ。……何人かの桃童は殺されてしまったり外国に売られたりしたけど」
「マスターが……」
幼い日、クオーツと出会った瞬間を真幌は少し思い出す。
「桃童の噂知って狙う奴はまだまだいるアル」
「そうですか……」
真幌にとって全てが未知の話題だった。自分以外の桃童がいること、彼らは柊の人々となんら変わらずに生きてることを。
「桃童が隠れて生きるようになってから桃童の存在を信じない世代も知らない世代も出てくるようになったけどね」
(だから小空ちゃんは桃童の血のこと信じてなかったんだ……)
桃童に対する考え方は人によって違うらしい。
「あの、ボクの両親は桃童として狙われて……殺されたんですか?」
真幌は、重い質問をする。
「……ああ。殺害された桃童のリストに真幌くんの両親もいた」
胡蝶は重々しく真幌の両親について語った。


 ※


 「はふ」
中央区のデパート内のラーメン屋。コインロッカーに荷物を預けた美翔と小空は昼食のラーメンを食べている。カウンター席で並び座っている。店内には美声の男が歌う曲が流れている。
「真幌、大丈夫やろか、はふ」
「何が?」
「あて付いて行ったほうがよかったんちゃうかなって」
「真幌くんあんたよりしっかりしてんでしょ、心配しすぎ」
ラーメンを食べながら、二人は真幌について語る。
「あてよりって……しっかりしとう思うけど……」
美翔は何も返せなかった。
「皆本さん、真幌くんに何を教えてるのかしら」
「お前かて気になってるやん」
かぶかぶと美翔はラーメンのスープを飲む。
「ぷは」
全部のスープを飲み切る。
「なーさっきから流れてる音楽、誰が歌ってるん?」
「え? 知らないの? 有馬蘭花ありまらんかよ」
有馬蘭花ありまらんか。柊市のローカル歌手で、現在徐々に話題になっている男子高校生。ラーメン屋の店内には録音された彼の声が響く。
「単独ライブのチケットも入手困難ってくらい人気よ。しかも中央武道場の選手だし」
「へー、歌も格闘技もしてるんや」
「ぷはぁ」
小空もラーメンのスープを全て飲む。
「さて、次の店行くわよ」
「えー、まだ行くん?」
「ラーメン屋で話込んでたら店の邪魔になるわよ。場所変えるわよ」
「え?」
二人は店を出ることになった。


 ※


 美翔が小空に連れてこられたのは、デパートの屋上の屋外喫茶店だった。
「おー、急に空近くなったやん」
「こういう店なかなか行かないでしょ」
屋上ゆえに中央区が一望でき、北側を見れば遠くの山、南側を見れば海が見える。
美翔と小空は席に座る。
「……美翔、ちょっとは気ぃ楽になった?」
「え?」
「あんたの気晴らしになるかと思って連れてきたけど」
「小空……」
小空が美翔を買い出しに誘ったのは、美翔の気晴らしをさせるためでもあった。
「……あてのため言うわりには普通に荷物持ちさせてるやん」
「うん、一石二鳥でしょ?」
「お前なー」
自分を気晴らしさせるのはついでだったのか、と美翔は感じる。しかしその顔は少しクスリと笑っている。
「なんで小空、あて等に気にかけてくれるん? 確かにあて等お前の密売人退治したけど、お礼にしてはでかすぎひん? 中央武道場の時もずっとおってくれたんも」
「うーん、あんた達の身の上で気になることあったからかしら。……あんた達、それぞれ家族亡くして師匠に育てられたでしょ?」
「せやで。それがどう思ったん?」
「それ、私もおんなじよ」
小空は自分の過去を語り出した。


 ※


 「真幌、大丈夫アルか? 今お前の両親の話だなんて、無理して聞く必要ないアル」
「式部さん、ボク決めたんです。桃童としての自分や桃童に何があったかのかに向き合うって」
胡蝶が真幌の両親について語ろうとした瞬間、式部が止めた。
「……なんかごめんね。つらい話ばっかで」
胡蝶は止まる。
「胡蝶さんは悪くないです。ボク……マスターに保護された後にお父さんとお母さんが亡くなったのを聞いただけなんです。それがどうしてなのか知ってたほうがいい気がして」
真幌は向き合いたかったし知りたかった。長年両親が何故亡くなったのかをクオーツからも詳しく知らされてなかったのだ。真幌が長年知らないでいた事実を知ろうとしているのを見ていると胡蝶は申し訳なくなっていった。
「……胡蝶さんはどうして、桃童のことそんなに知ってるんですか?」
「俺も知ってるっていうか調べてるだけだよ。本物の桃童を見たのは真幌くんだけだし。家族を失ったってのも、やっぱちょっと引っかかったし」
「え?」
「……俺と小空も家族亡くしてるんだ。十三年前に」
胡蝶は、自分の過去を語る。
「俺と小空は、十三年前の台風で両親を亡くしてさ。今の父上は俺達の養父なんだ」


 ※


 「お前とお前の兄ちゃん、あのおっちゃんの養子なん?」
「うん。台風で両親を亡くして彷徨ってた私達を見つけて保護してくれたのが今のパパなの」
胡蝶が真幌に自分を過去を語るのと同時刻、小空も美翔に語っていた。
「おんなじってそういうことやったんか」
「まあね。あんた達が師匠を助けたいのと私が育ての親の力になりたいのは、似てると思ってるわ」
――私も胡蝶お兄ちゃんもパパの子だがら簡単には負けないわ。
いつか小空が言った言葉を美翔は思い出す。
「私、昔のパパみたいな捜査官になるのが夢なの。私とお兄ちゃんを育ててくれたパパとパパの雇人達である鏑木町の人達を守れるようになりたい……だから銃もずっと真面目に練習してたし中央武道場に通ってたらシティナイツに加入出来る可能性もあるって思ったのよ!」
「ほんまかー。やからお前もあそこ行こう思ったんか」
小空の夢は彼女の育ての父親がくれたものだった。
「柊は治安よくなりつつあるけど、まだまだ犯罪率は高いの。世界中から色んな人が色んな目的のために集まってくるからね」
「……」
ここ数日、自分の知らない世界のほんの一部を美翔は見た。その背後にあるものははっきり見えないが決して他人事ではないのを感じていた。ストリートにいるだけでは気付かなかったことも多かった。
「なんや自分のことばっかじゃあかんみたいやな」
「そうよー、文句言うだけじゃ幸せになれないし自分すら守れないからやるのよ」
「二年前に前の市長ら殺した連中もそういう奴らやったん?」
「……きっとね。テロリスト達も生活のために前の市長殺さないといけなかったかも。あくまでも個人的意見だけど」
真幌とクオーツとストリートの住人らが幸せならそれでいい。美翔はそう考えていたがそうもいかないらしい。
「関東の政治家、最近事故とか火事でよく亡くなってるの知ってる?」
「あー……なんかネットで見たかも」
話題は少し変わる。
「立て続けだから物騒よねあれ。テロや暗殺の証拠はないって書いてたけど」
「うーん……」
ぼんやりと二人は世間話をしていると、
――ドオオン!!
デパートの下で大きな音が響いた。
「なんや!?」
「何か爆発した!?」
二人は驚き立ち上がる。
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