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始まり ~刹那~
しおりを挟む「那由多..... お前のお母ちゃんの名前は?」
「セツナだよ?」
バンっと頭が弾け、穣は目の前が真っ赤に染まる。
えもいわれぬ憎悪が体内を暴れまわり、煮え立ち、沸き上がる憤怒が腹の奥をぞろりと撫で回した。
生まれてこの方、こんな凄まじい怒りを感じた事はない。沸々と滾る熱さが、溶岩のようにどろどろと全身を逆流する。
.....こいつらが妹を.....っ!
勝手に儀式とやらで拉致し、地球から誘拐したのか。
そのせいで穣の家庭は崩壊した。穣も辛い日々を味わい、苦しんできた。
過去の悲惨な記憶。その全ての元凶が、今、目の前にいる。
しかし穣は、がりっと奥歯を噛み締め、必死に己を落ち着けた。
.....まあ、待て。こいつじゃない。王家とやらだ。こいつじゃない。
いきなり、ぶわりと豹変した穣の雰囲気に驚きつつも、細くすがめられた彼の眼に促され、神殿長は話を進める。
続けた話の内容は惨憺たるモノだった。
王家は召喚した聖女を王家に縛り付けるため、王太子の部屋に投げ込み無体を働いたのだという。
親密な繋がりを持ち、丁重に扱い、子供をなせば、彼女も心を開いてくれるだろうと。国のために働いてくれるだろうと。
公にする前に子供という足枷をつけ、王家で囲い込む画策したが、失敗した。
異世界から召喚した聖女には強大な力がある。それを軽視して逃げられたのだと神殿側へ訴えてきたらしい。
黒目黒髪は召喚聖女の証。年齢的にも那由多は間違いなく王家が召喚した刹那の娘。
だから、王家の子供を返せと。
.....何たる厚顔無恥。
複雑な色を瞳に浮かべ、言い辛そうに呟く神殿長。
「時期から考えても、ナユタは王太子殿下の御子です。なので、王家に返せと..... まあ、こちらは一蹴しましたが」
渋面を崩さずに話すシャムフール。
勿論、神殿側に那由多を王家へ返す義理はない。相手の証言のみなのだ。何の根拠も証拠もない。
けど、那由多が聖女候補として聖女選定に参加するならば保護者が必要だった。なるべくなら良い家柄の。
神殿側から最低限の支援が支給されるが、選定の旅は長く辛いモノだ。信頼のおける従者や旅支度を整えられる保護者を必要とする。
それを抜きにしたって、まだ五つでしかない那由多には保護者が必要だろうと、神殿側は良い養女の口を探した。
高い魔力を持ち、光属性を所持する少女。引く手数多である。
だが那由多本人がソレに待ったをかけた。
母親の遺品の手紙があると。これによれば、那由多には異世界に家族がいるはず。王家と同様に血を分けた家族が。そちらが同意してくれるなら、こちらに招きたいと。
前述と似たようなことを、幼い言葉で必死に伝えたらしい。
手紙を確認しようにも、その中身は日本語。シャムフールらには読めなかった。
那由多の説明で、手紙は娘にあてたモノであり、地球世界の家族らなら必ず那由多の力になってくれると書いてあったという。異世界を繋げるには女神に祈れと。
神殿側は半信半疑ながらも、那由多を..... 異世界召喚された聖女である刹那を信じた。
そして那由多は祭壇で強く女神様に祈る。女神様の許しをいただければ、儀式なしでも異空間を繋げられると手紙に書き残されていたからだ。
少女の祈りは女神様に届いた。さすがは聖女候補といえる。
結果、那由多の願いを聞き入れた女神様は、一時だけ地球とキシャーリウを繋いでくれたのだそうだ。
ただし、相手の同意がなければ招けないと厳しく警告して。
それを聞き、穣はここまでの過程を脳裏に描いて苦笑した。
.....同意.....した気がする。うん。
あの時、彼は選んでいた。那由多と暮らそうと。あれが選択であったのならば、間違いない。
.....ん.....? ってことは、さっき頭に響いた声が女神様とやらか? 確かに若い女性のような声だったが。
ソファーでピコピコ身体を揺らし、満足そうな顔で笑う少女。
「だからさ、アタシは、お父ちゃんと暮らすから、王家はノーサンキューさ」
那由多の言葉に疑問顔な神殿長。対する穣は、聞きなれた言葉に思わず口元が綻ぶ。
『ノーセンキューさぁ』
.....ああ、懐かしいな。刹那の口癖だ。
穣は多大に困惑したが、どうせ地球でも孤独な一人暮らしだ。恩があるのは祖父母くらい。これから孝行しようと思っていたのに残念だ。
しかし、きっと祖父母も分かってくれる。刹那の忘れ形見のために生きるのなら、喜んでくれるだろう。
そう。ここに刹那がおらず、形見の手紙が存在するということは。刹那は、もう.....
穣の顔が切なく歪んだ。
.....許さねぇからな、王家とやら。絶対に目にものをみせてやるっ!!
.....まずは那由多の親権確保からだ。絶対に譲ってやらねぇっ!!
ここに娘命の新米父ちゃんが爆誕する。
妹の忘れ形見の未来は明るい♪
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