上 下
11 / 12
第三章 一家惨殺事件

3-3

しおりを挟む
カフェを出て私が向かったのは、図書館だった。
ここなら新聞のアーカイブが見られるはず。

「あ、一千花ちゃん!
こんなところで会うなんて奇遇だね!」

図書館に入ろうとしたところで、ちょうど出てきた女性に声をかけられた。
隣組が同じの、深月みづきさんだ。

「こ、こんにちは」

曖昧な笑みを浮かべ、そろりと距離を取ろうとする。
もうお子さんが高校生の深月さんはお喋り好きで、とにかく話が長いのだ。
このあいだは市報を配りに来て、一時間立ち話をしていた。

「ねえねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。
時間、いい?」

いいともなんとも言っていないのに、彼女は私の腕を掴んでぐいぐい進んでいく。

「……いいですよ」

もうこれは逃れられないのだと、諦めて彼女に着いていった。

連れていかれたのは図書館の隣にある、喫茶店だった。

「ここね、チーズケーキが絶品なのよ。
マスター、チーズケーキのセット、ふたつ」

私の意見など聞かずに注文してしまう彼女には苦笑いしかできない。

「一千花ちゃんたちがあそこに引っ越してきて、もう一ヶ月以上経つじゃない?」

そこで切った深月さんは言いづらそうに上目遣いで私を見た。

「だからあの噂って、嘘なのかなーって」

そろりと私を見上げる彼女は、興味津々といった感じだ。
きっとあの話だろうと逸る気持ちを抑えるように水をひとくち飲んで口を開いた。

「その。
噂って?」

わざと知らないフリをしてとぼけてみせる。
そのほうが彼女は話してくれるはずだ。

「その……。
アレよ、アレ」

誤魔化すように笑いながら、彼女が手を振る。
そこまで避けねばならない話題なのだろうか。
確かにネットに書かれていた話は迂闊にするには憚られるような陰惨なものだった。

「はぁ……。
アレ、ですか……?」

わからず、困惑している演技をさらに続ける。

「え、一千花ちゃん、本当に知らないの?」

彼女は私がなにも知らないのだと信じたらしく、気の毒そうな顔をした。

「実はあの家……」

「おまたせしましたー」

顔を寄せ、彼女が声を潜めて話し始めたタイミングで頼んでいたものが届いた。
おかげでぱっと彼女が離れる。

「まずは食べましょ」

いそいそと彼女はフォークを取って食べ出したが、私としてはおあずけを喰らって落ち着かない。
これを食べ終わるまでの辛抱だと自分に言い聞かせ、もくもくとフォークを口に運ぶ。
こんな状況なので絶品だというチーズケーキの味はちっともわからなかった。

「でね」

コーヒーまで飲んでやっと満足したのか、彼女がようやく口を開く。

「……あの家、昔、処刑場があった場所に建ってるのよ」

「は?」

彼女の口から語られた事実を聞いて思わず変な声が出た。

「なによ、信じてないの?」

「いや、えっと。
はははは……」

笑って誤魔化し、カップに口をつける。
一家惨殺じゃなくて、処刑場跡?
どういうことなんだ?

「あそこ、ちょうどお城の下で……あ、昔、裏山にお城が立っていたのは知っているわよね?」

それにはうんうんと頷いた。

「そのお城の下で見せしめにするにはちょうどよかったみたいで、処刑場になってたらしいのよ。
で、あの家を建てたときに骨がごろごろ出てきたって」

したり顔で彼女が頷く。

「そう、なんですね……」

そんなの、初耳だ。
歴オタの旦那はもしかして知っていたんだろうか。

「それで、生首が浮いてたとか、首のない武士を見たとかいう人もいてね」

「ほんとですか?」

多少、大袈裟に驚いてみせる。
彼女はそれで気をよくしたいみたいで、さらに聞いてもいないことまで話し出した。

「一千花ちゃんたちの前に住んでた家族、うちの息子と同じ高校生のお子さんがいてときどき話してたんだけどさ。
ある日、私に聞いてきたのよ。
あの家、なんかおかしくないですか、……って」

真似ているのか顔を寄せ、声を潜めて言ったあと、彼女は大仰に頷いた。

「どうしたのって聞いたら、なんか変だっていうのよ。
自分しか家にいないのに足音がしたり、閉めたはずの戸が開いていたり。
極めつけが」

深刻そうに彼女が顔を作る。

「……部屋から、生首が転がり出てきた、って」

知らず知らず喉がごくりと唾を飲み込んだ。
その部屋とは例の、北向きのあの部屋ではないだろうか。

「気味悪がって奥さんは引っ越そうって提案したみたいなんだけど、旦那さんは現実主義者?でお化けとか馬鹿馬鹿しいって承知してくれなくって。
でもさすがに、天井から血まみれの女が逆さにぶら下がってるのを見てそうも言ってられなくなったみたい。
越してきて半年で出ていったわ」

話し終わって彼女は、これ見よがしにため息をついた。

「え、それって本当……?」

だとしたら完全に事故物件ではないか。
あ、いや、幽霊が出るだけでは事故物件ではないのか。
それでも、そんなものが出るなんて告知義務の発生する重大瑕疵には違いない。

「どうなのかしらねー?
奥さん、親御さんから遠く離れて、心細かったみたいだし。
それで、旦那さんが学者タイプっていうか神経質なうえに厳格で、あまり子育てとかも協力してなかったみたいなのよね。
それで奥さん、かなりまいってたみたいだし」

精神的にまいり、幻覚でも見たんじゃなかとでも言いたいんだろうか。
しかし旦那さんも見た、と言っていた。
それにしても私としては助かるが、よそのお宅の事情にここまで詳しいなんて怪現象とは違う意味で恐ろしい。

「それにほら。
一千花ちゃんたちはなんともないんでしょ?
だったらきっと、勘違いとか気のせいだったのよ」

彼女はおかしそうに笑っているが、ここまで聞かされた身としてはもはや、そんなものでは片付けられなくなっていた。

きっと気分を悪くしただろうからお詫びだと、ケーキとコーヒーは彼女が奢ってくれた。
しおりを挟む

処理中です...