鬼上官と、深夜のオフィス

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バラバラに砕け散った理性の欠片を必死の思いで拾い集め、佐久間君の肩をグイと押しやり抵抗を試みる。

「そ……そうじゃなくて!ちょっと、一旦お互いに冷静になって話を話をしようよ!」

居住まいを直し胸を両腕でガードする様にして、佐久間君に問い出す。

「……大体私の事好きって軽率に言うけど、私の一体何を好きって言うのよ?会社での姿しか私の事知らないじゃない?」

人の一面だけを見て、好きとか何とか言っちゃうのはどうなんだろう?それ以外の面を見てしまった時に、「なんか違う!」なんて言って嫌われてしまったらなんとも悲しくなってしまうではないか。

好きになるならもっと時間をかけて。
相手の色々な面を見てから。

……うん。
私はものすごく今、いい事を言ったような気がするぞ。

すると佐久間君、
先輩のそんな慎重なところも好きですけどね、と言いながら、

「そうは言いますけどね、先輩。会社での姿だけで、好きになっちゃ駄目なんですか?残業も合わせたら同じフロアに一日8時間以上も一緒なんですよ?それだけ一緒にいたなら好きになっちゃうのも仕方ないって思いません?」

ふうと息を吐き、首を傾げて少し照れくさそうにそう答えるのだった。

「で、でもだったら私の一体何が好きだっていうの?私なんて、どこにでもいるような平凡な人間だよ?佐久間君みたいに仕事がデキるすごい人間なんかじゃないよ?」

「平凡だなんて、そんなことないですよ。こちらの無茶な要求も笑顔で応えてくれる頑張り屋さんなところとか、後輩の結婚を全力でお祝いしちゃうようなお人好しなところとか、色々あり過ぎて一度には言いきれませんけど、とにかく俺は先輩が好きなんですよ?……大体先輩、なんで俺とペアを組むようになったか知ってますか?」

聞けばなんと、佐久間君はペアを組む営業事務の後任を決める際、半ば決まりかけた案を跳ね除け、課長に私と一緒に仕事がしたいと直談判したと言うのだった。

「ね?俺はご立派なデキる男とやらなんかじゃないですよ。好きな娘と一緒に仕事がしたいと思ってる、ただの恋する男です。なんなら先輩の前で仕事ができる所をアピールして好きになってもらおうとしてる、ただの姑息なカッコつけ野郎なんですよ。」

伝えたい事を伝えきったせいか、脱力した様子な佐久間君はドサリと近くの椅子に腰掛けた。

「で、でも……」

思わず納得いかんと口を開く私に、まだ言うのかといった顔をした佐久間君はおもむろに椅子から立ち上がる。

「じゃ、先輩の、会社以外の姿も見せて?プライベートの姿も見せて?そしたら、もっともっと好きになって、先輩が納得いくまで愛してあげますよ?」

……藪をつついたらヘビどころか面倒くさい展開が待っていた。最後の最後に無駄な抵抗をして、完全に余計な一言を言ってしまった。
焦るこちらの気持ちを知ってか知らずか、佐久間君は甘く甘く蕩けるような視線を向けると、私の手を取りその指先にキスをする。

こちらの退路をことごとく潰してくる、頭が回るは流石デキる男。
ああ、どうしたら良いのだろう。
もう誰か、このすっかり恋愛脳になり果て壊れてしまった鬼上官をなんとかしてほしい。
……いや、でも、他の誰かに頼むのも、それはそれでなんだか嫌だ。
佐久間君が私以外の誰かのモノになってしまうのが何とも悔しくなるくらいには、不思議な事に今では私も佐久間君に執着してしまっているのだ。

この気持ちが佐久間君への恋情なのかどうかはまだわからない。けれど、誰かに奪われてしまうのも、また癪に障ってしまう。

うまく罠に嵌ってしまったような気がしてならないが、今日のところはこちらが折れてやろう。

そう思うと私は
「じゃ、会社以外の私については、そのうち。追々ね。」
と、言いながら彼の首筋に腕を回す。

そして佐久間君の綺麗な淡い栗色の瞳をじいっと見た後で、
「まったくズルい鬼上官なんだから」と呟くと、思いきりその唇を奪ってやるのだった。
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