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着替えて来たキャロラインは、本当に町娘の様に可愛らしい。星の光を集めたような銀色の髪も左右に三つ編みにして、後ろへ流すようにしている髪型は、クリスティーヌ男爵がしたのであろうか?
アーノルドは、以前街へ下りたようなナンパのための服ではなく、もっと質素な簡素な服を着て、頭から帽子をスッポリかぶっている。
金髪金眼という王家特有を隠すだけでも、印象は大きく異なる。それに今日は、伊達メガネまでかけているので、誰も王子が街に下りているとは気づかれないはず。……と思いたい。
護衛の近衛も、普段着っぽい姿で、遠くからこちらの様子を伺っている者、すぐ近くの店で冷やかし半分、こちらの様子を見ている者、広場の芝生に寝っ転びながら、談笑している風を装っている者など様々にいる。
アーノルドとキャロラインは、若いカップルに見せかけ、寄り添って歩く。アーノルドは見せかけではなく、本当に本物のカップルになりたい。
キャロラインは、手にしているバスケットを、いくら持ってやるといっても、決して手放さずに「次の角を曲がります」と小声で言ってくる。
アーノルドは頷くと、護衛にそれとなく知らせる。
芝生に寝転がっていた護衛がおもむろに動き出し、いつの間にか角を曲がったところにいる。
キャロラインは、どこへ行く気かと思っていると、角を曲がって2軒目の家の扉をノックしている。
中から顔を出してきたのは、30歳前後の女性でキャロラインの顔を見ると中へ案内してくれる。
アーノルドは護衛に外で待つように言い、キャロラインと共に家の中へ入っていく。
その家のご婦人は、アーノルドの姿に驚くも、何も言わない。
なんと!キャロラインは、公爵になってからも、ずっとレース編みの内職を続けていて、この家のご婦人がそれを買い求めていてくれたらしい。
王家からの手当てで十分だと思うのだが、王家からの手当は手つかずにして、いつ家が没落してもいいように、手芸で生計を立てているという。
もちろん、侯爵邸の維持費や使用人の給料など必要経費はすべて差し引いて、だが。
謙虚というべきか!?貧乏くさいというべきかは、聞く人の境遇次第というところか。
そんなもの、王家ですべて買い取ってやる!と言いたいところだが、そうしたら、このご婦人にアーノルドの素性がバレてしまうし、何より、キャロラインの素性も公爵であるということが身バレしてしまう。
王都の平民街では、それはとても危険が伴うことで、滅多なことは口にできない。
「ねえ、キャロルこの方、お兄さん?それとも旦那さん?」
急に、アーノルドの身元を訝しげるような視線を投げてきた。本当のことを言った方がいいかと逡巡する。
「え……あ、その……」
思わず口ごもったキャロラインを見て、その夫人は、さらに俺に鋭い視線を向けてくる。
「アンタねえ、まさか、キャロルのヒモってことないでしょうね!アンタもいい年しているのだから、この娘の稼ぎで遊んでいるんじゃないわよ!身を粉にして、この娘を幸せにしないと、アタシが許さないわよ!」
「はい。幸せにすると約束します」
売り言葉に買い言葉ではないが、思わずその言葉が口からついて出る。嘘ではない。いつも思っていることが、つい出てしまっただけなのだが、言った本人も狼狽え、言われたキャロラインは、真っ赤な顔をして、俯いてしまっている。
その様子を見て、ご婦人はどこか納得したように、にやりと口角を上げ、
「そうかい。そういうことならいいんだ。でも、少しでもこの娘を泣かせるようなことをしたら、アタシがタダじゃ置かないということを覚えておきな!」
その夫人は、今さっき、キャロラインから買い取ったばかりのレースを、キャロラインの頭にかぶせてやると、
「それなら、アタシの前で誓いを立ててもらうよ、なに、形式的なことだけだからさ。ほら、病めるときも健やかなるときも、貧しきときも富めるときも市が二人を分かつまで……っていうアレをやってくんな、そしたらアンタのことを信用してやるよ」
「立会人を呼んできてもいいか?」
「ああ、何でも好きにやってくれ」
アーノルドは、少し扉を開けて、外にいたマイケルに手招きして、耳元で相談する。
マイケルも今日は、騎士服を着ていない。
「え!ここで、結婚式のまねごとをなさるのですか?」
「そうだ。俺のことはアーニー(アーノルドの愛称)と呼べ、キャロラインはキャロルという偽名を使う」
「かしこまりました」
二人はそろって、家の中に入り、マイケルはアーノルドとキャロラインの前に立つ。つい、この間、自身の結婚式をしたばかりなので、どういう誓いをすればいいかわかってる。
「これより、アーニーとキャロル嬢の結婚の儀を執り行います」
「あ……あの……、わたくしなんかでいいのですか?」
急な展開にキャロラインが、もじもじして上目遣いに見てくる。
「もちろんだ。愛しているよ」
二人は、そのまま見つめあい唇を重ねそうになった時、マイケルは咳払いして、二人を引き離す。キャロラインは、まだキスもしていないのに、夢心地の表情を浮かべ、うっとりとしている。
同じようにアーノルドもこれからめくるめく快感を思い浮かべているのか、もう顔が紅潮している。
「それでは、アーニーとキャロル嬢は、誓いの言葉を述べていただきます。その健やかなるときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「「はい。誓います」」
「では、誓いのキスを」
アーノルドは、キャロラインの上にかぶせてあったレースのベールをめくり上げると、その腰に手を回し、抱きしめるように、吸い付くように、激しいキスをする。
これには、さすがにマイケルもその家のご婦人も赤面してしまう。二人が心から愛し合っていることが見て取れたから。
キャロラインも嫌がりもせず、アーノルドの背中に手を回している。実は、キャロラインは腰砕けになり、アーノルドに抱き着いていなければ、立っていられなかったのである。
「あーあ。続きは他所でやっておくれ。あー暑い、暑い」
追い立てられるように、外へ出る。扉を開けて、マイケルが、そして、アーノルドに抱きしめられたキャロラインが扉の外へ出ようとした時、
その家のご婦人から、ご祝儀だと言って、レースの代金の2倍もの金貨をくれた。
「キャロル、おめでとう。アタシはあんたのこと、実の娘の様に思っていたんださ。幸せにおなり」
アーノルドは、キャロラインをお姫様抱っこしたまま、そのご婦人に深々と頭を下げる。
外へ出て、キャロラインを下ろしたものの、キャロラインの足元はまだおぼつかない。
これは、このままヤってしまった方がいいかなぁと考えていると、その考えを先読みしたかのようなマイケルがアーノルドに釘をさしてくる。
そして、顎を突き出し、言うべきことがあるだろうと促す。一行は、広場の噴水のところまで、キャロラインを支えながら歩いていき、近くのベンチに座らせる。
アーノルドもキャロラインの隣に座るが、二人の間には、気まずい空気が流れる。さっき、方便とはいえ、結婚の誓いをしてしまったので、これから何の話をしたらいいか、わからない。
「さっき、あのご婦人に促されたからではない。あれは俺の本心だ。キャロライン嬢、どうか俺と結婚してほしい。一生、大切にいたします」
「わたくしなんかで……、本当に殿下はそれでよろしいのですか?」
「キャロラインがいいのだ。これからは、俺のことをアーニーと呼んでくれ、俺はキャロルと呼ぶからな」
アーノルドは、以前街へ下りたようなナンパのための服ではなく、もっと質素な簡素な服を着て、頭から帽子をスッポリかぶっている。
金髪金眼という王家特有を隠すだけでも、印象は大きく異なる。それに今日は、伊達メガネまでかけているので、誰も王子が街に下りているとは気づかれないはず。……と思いたい。
護衛の近衛も、普段着っぽい姿で、遠くからこちらの様子を伺っている者、すぐ近くの店で冷やかし半分、こちらの様子を見ている者、広場の芝生に寝っ転びながら、談笑している風を装っている者など様々にいる。
アーノルドとキャロラインは、若いカップルに見せかけ、寄り添って歩く。アーノルドは見せかけではなく、本当に本物のカップルになりたい。
キャロラインは、手にしているバスケットを、いくら持ってやるといっても、決して手放さずに「次の角を曲がります」と小声で言ってくる。
アーノルドは頷くと、護衛にそれとなく知らせる。
芝生に寝転がっていた護衛がおもむろに動き出し、いつの間にか角を曲がったところにいる。
キャロラインは、どこへ行く気かと思っていると、角を曲がって2軒目の家の扉をノックしている。
中から顔を出してきたのは、30歳前後の女性でキャロラインの顔を見ると中へ案内してくれる。
アーノルドは護衛に外で待つように言い、キャロラインと共に家の中へ入っていく。
その家のご婦人は、アーノルドの姿に驚くも、何も言わない。
なんと!キャロラインは、公爵になってからも、ずっとレース編みの内職を続けていて、この家のご婦人がそれを買い求めていてくれたらしい。
王家からの手当てで十分だと思うのだが、王家からの手当は手つかずにして、いつ家が没落してもいいように、手芸で生計を立てているという。
もちろん、侯爵邸の維持費や使用人の給料など必要経費はすべて差し引いて、だが。
謙虚というべきか!?貧乏くさいというべきかは、聞く人の境遇次第というところか。
そんなもの、王家ですべて買い取ってやる!と言いたいところだが、そうしたら、このご婦人にアーノルドの素性がバレてしまうし、何より、キャロラインの素性も公爵であるということが身バレしてしまう。
王都の平民街では、それはとても危険が伴うことで、滅多なことは口にできない。
「ねえ、キャロルこの方、お兄さん?それとも旦那さん?」
急に、アーノルドの身元を訝しげるような視線を投げてきた。本当のことを言った方がいいかと逡巡する。
「え……あ、その……」
思わず口ごもったキャロラインを見て、その夫人は、さらに俺に鋭い視線を向けてくる。
「アンタねえ、まさか、キャロルのヒモってことないでしょうね!アンタもいい年しているのだから、この娘の稼ぎで遊んでいるんじゃないわよ!身を粉にして、この娘を幸せにしないと、アタシが許さないわよ!」
「はい。幸せにすると約束します」
売り言葉に買い言葉ではないが、思わずその言葉が口からついて出る。嘘ではない。いつも思っていることが、つい出てしまっただけなのだが、言った本人も狼狽え、言われたキャロラインは、真っ赤な顔をして、俯いてしまっている。
その様子を見て、ご婦人はどこか納得したように、にやりと口角を上げ、
「そうかい。そういうことならいいんだ。でも、少しでもこの娘を泣かせるようなことをしたら、アタシがタダじゃ置かないということを覚えておきな!」
その夫人は、今さっき、キャロラインから買い取ったばかりのレースを、キャロラインの頭にかぶせてやると、
「それなら、アタシの前で誓いを立ててもらうよ、なに、形式的なことだけだからさ。ほら、病めるときも健やかなるときも、貧しきときも富めるときも市が二人を分かつまで……っていうアレをやってくんな、そしたらアンタのことを信用してやるよ」
「立会人を呼んできてもいいか?」
「ああ、何でも好きにやってくれ」
アーノルドは、少し扉を開けて、外にいたマイケルに手招きして、耳元で相談する。
マイケルも今日は、騎士服を着ていない。
「え!ここで、結婚式のまねごとをなさるのですか?」
「そうだ。俺のことはアーニー(アーノルドの愛称)と呼べ、キャロラインはキャロルという偽名を使う」
「かしこまりました」
二人はそろって、家の中に入り、マイケルはアーノルドとキャロラインの前に立つ。つい、この間、自身の結婚式をしたばかりなので、どういう誓いをすればいいかわかってる。
「これより、アーニーとキャロル嬢の結婚の儀を執り行います」
「あ……あの……、わたくしなんかでいいのですか?」
急な展開にキャロラインが、もじもじして上目遣いに見てくる。
「もちろんだ。愛しているよ」
二人は、そのまま見つめあい唇を重ねそうになった時、マイケルは咳払いして、二人を引き離す。キャロラインは、まだキスもしていないのに、夢心地の表情を浮かべ、うっとりとしている。
同じようにアーノルドもこれからめくるめく快感を思い浮かべているのか、もう顔が紅潮している。
「それでは、アーニーとキャロル嬢は、誓いの言葉を述べていただきます。その健やかなるときも、病めるときも、喜びの時も、悲しみの時も、富めるときも、貧しきときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「「はい。誓います」」
「では、誓いのキスを」
アーノルドは、キャロラインの上にかぶせてあったレースのベールをめくり上げると、その腰に手を回し、抱きしめるように、吸い付くように、激しいキスをする。
これには、さすがにマイケルもその家のご婦人も赤面してしまう。二人が心から愛し合っていることが見て取れたから。
キャロラインも嫌がりもせず、アーノルドの背中に手を回している。実は、キャロラインは腰砕けになり、アーノルドに抱き着いていなければ、立っていられなかったのである。
「あーあ。続きは他所でやっておくれ。あー暑い、暑い」
追い立てられるように、外へ出る。扉を開けて、マイケルが、そして、アーノルドに抱きしめられたキャロラインが扉の外へ出ようとした時、
その家のご婦人から、ご祝儀だと言って、レースの代金の2倍もの金貨をくれた。
「キャロル、おめでとう。アタシはあんたのこと、実の娘の様に思っていたんださ。幸せにおなり」
アーノルドは、キャロラインをお姫様抱っこしたまま、そのご婦人に深々と頭を下げる。
外へ出て、キャロラインを下ろしたものの、キャロラインの足元はまだおぼつかない。
これは、このままヤってしまった方がいいかなぁと考えていると、その考えを先読みしたかのようなマイケルがアーノルドに釘をさしてくる。
そして、顎を突き出し、言うべきことがあるだろうと促す。一行は、広場の噴水のところまで、キャロラインを支えながら歩いていき、近くのベンチに座らせる。
アーノルドもキャロラインの隣に座るが、二人の間には、気まずい空気が流れる。さっき、方便とはいえ、結婚の誓いをしてしまったので、これから何の話をしたらいいか、わからない。
「さっき、あのご婦人に促されたからではない。あれは俺の本心だ。キャロライン嬢、どうか俺と結婚してほしい。一生、大切にいたします」
「わたくしなんかで……、本当に殿下はそれでよろしいのですか?」
「キャロラインがいいのだ。これからは、俺のことをアーニーと呼んでくれ、俺はキャロルと呼ぶからな」
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