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鞍馬の蔵、呪の血文字

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 四宮敬一郎さん45歳は、呉服屋さんで、奥様美千代様43歳はただいま外国旅行中だそうです。呉服屋は蔵がある商売だから、別荘にわざわざ蔵を作ったのもうなずける。

 ご家族は、大学生の娘佳代子さん20歳が一人いらっしゃるだけで、その佳代子さんと一緒に海外旅行に行かれていて、豪華客船で世界一周するという旅費が1000万円ぐらいかかるものらしい。今は海の上だから完全なアリバイがある。

 ご親族では、ほかに府会議員の弟さんがいらっしゃる四宮和夫42歳である。
 まだ、他殺として断定されたわけではない。後頭部の傷が致命傷になったらしい。階段から落ちてできたものか?誰かに殴られたものかは、わからないが、不思議なことに、ご遺体の足の指の骨がすべて折れていたこと、手の指も一部、折れていたというから、それも何か意味があるのか?

 蔵の二階部分の床にある血文字「呪」は、DNA鑑定の結果、四宮家一族の血痕で間違いなく、死後100年以上のものだったらしい。

 姉小路御幸のお祓い代金は、前払いでもらっているから、別に損はしていないが、あの蔵には確かに何かがいたのは、事実で、それを成仏か浄霊、救霊しなければ依頼が成立したとは、言い難い。

 警察の現場検証が済めば、さっさと蔵に行き、お祓いをしたいのである。
 警察の捜査なんて関係ないわ。自分の仕事をするだけである。と思っていたら、涼森さんを通して、初日の蔵の中の様子をしつこく聞かれて、ヘトヘトである。

 「そういわれても、なにか変わったこと?うーん、思い当たらない。大きな長持があったけど、これは重いからこのままにしておこうと言われたことぐらいしか、思い当たるところはないわ。」

 御幸が長持と言った途端に、捜査員の目がキラリと光る。長持は、地下道へと繋がっていたのである。京都の旧い屋敷には、よく長持が地下道へと通じているところがある、ご維新の頃、活躍された桂小五郎(のちに木戸孝允と名を改める)が囲っていた芸者さん幾松の家にも長持から、鴨川に抜ける道があったとか、なかったとか。今は、閉店しています。

 四宮敬一郎は、長持があらかじめ地下道に通じていたことを知っていたら?地下道から、地上へ出る道があるのだろうか?
 
 密室のトリックは解明されるのではないか?

 姉小路御幸は、もうそんなことどうだっていい。と思っているのに、中は開けてみたのか?といろいろ聞かれる。

 「そんなもんお祓いと何の関係もないところ、あけるわけがないでしょう。」

 実は、地下道の中にも血痕があったらしい。今、鑑識で調べているが古いものか新しいものなのか?とにかく四宮家の別荘の蔵は謎だらけである。先祖の呪いか!?祟りか!?

 当面の間、蔵には、立ち入り禁止となってしまったのである。

 そうこうしているうちに、船上の海外旅行を切り上げて四宮母娘が帰ってくる。ご遺体は司法解剖に回されていて、まだ戻ってきていない。

 今のところ、長持の秘密を知っていた可能性があるのは、四宮敬一郎と四宮和夫、四宮美千代、四宮佳代子の4人で、四宮母娘には完ぺきなアリバイがあり、四宮敬一郎は死亡しているところから、残る一人四宮和夫が一番怪しい。

 警察の情報は、姉小路御幸という関係者であっても、ほとんど入ってこない闇の中である。持ち前の霊視を使うのも、ばかばかしいから興味がないような顔をしているが、実は興味津々で涼森さんから、色仕掛け(?)であれこれ聞きだしているのである。

 本人は、色仕掛けのつもりであっても、涼森さんがどう思っているかはわからない。
 それでも断片的なことしか、わからないから最近は、だんだん興味をなくし、違う依頼にご執心である。

 そのご依頼とは、市内中心部にしょっちゅう交通事故が起こるスポットがある。大した事故ではないが、乗用車と自転車が正面衝突して、乗用車が自転車を避けようとして向かい側の家に突っ込む、自転車がグチャグチャに壊れるが、自転車に乗っていた人は軽傷で済む、などの事故である。もう何十年も事故が続いているスポットである。

 姉小路御幸が呼ばれて、霊視すると角の家の前に小学生ぐらい5年生ぐらいの女の子が立っている。その子がヒマつぶしに、いたずらをして事故を起こしていることがわかる。自分のところに車が突っ込んでくるのが嫌で向かい側の家に突っ込むように操作している。

 京都の中心部は碁盤の目に通りが通っていて、どこも同じような作りになっているのに、その場所だけが週一ぐらいの割合で、しょっちゅう事故があるのは、おかしいと思っていた。

 その女の子にお祓いを施して、成仏してもらいました。以後、その場所で交通事故が起こらなくなりまして、めでたし、めでたし。と感謝されています。

 もう蔵の話を忘れかけていた時に、四宮敬一郎様のご葬儀があり、参列いたしました。葬儀委員長は、一番怪しいと思っている弟の府会議員で四宮和夫である。最近は、葬儀後のわずらわしさから、ご香典を受けとらない家が多いと聞いておりましたが、四宮家でもご多聞に漏れず、そうでございました。現役の京都の選出の国会議員、府会議員、市会議員の先生方からの弔電が読み上げられている中、お焼香の順番が来て、最前列まで行き、お焼香をしていると、四宮敬一郎様の御霊が降りてこられ、無念を晴らしてほしい、と。

 うーん、どうしたものかしらね。無念と言うことは殺されたのか?いまだに警察発表は鋭意捜査中で死因までわからない。
 お経の声がうるさくて、十分にテレパシーを受け取ることができなかったものの無念、ということだけは、ハッキリ聞き取れる。このままでは、敬一郎様はたぶん成仏できないであろう。
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