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異世界からやってきた聖女様

1パティシエ

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 「セレンティーヌのための白い結婚だったのだ!」

 「いったい、誰のおかげで聖女様になれたと思っているんだ!俺が抱かなかったから、聖女様になれたんだろうがっ!」

 「だいたい、お前みたいなツルペタ、どこをどう開発すれば……!……お前、いつの間にそんな色っぽい体つきになりやがった?さては、他の男と浮気していたのだな?それを侯爵家だけのせいにしやがって。まぁ、いいわ。俺も浮気していたからな、これでおあいこだ。だから、帰るぞ!」

 前夫のクリストファーはわめきながら、修道院へ迎えに来る。

 どこをどう解釈すれば、聖女様に向かって、こんな口が叩けるのか?はなはだ疑問である。

 この後、クリストファーは当然、聖女様に無礼を働いた咎で、護衛の騎士に捕まり、鞭打ち100回の刑の後、国外追放処分となるのである。

セレンティーヌはまだ12歳でクリストファーは18歳と6歳差もあり、最初から無理な話だったのだ。

 侯爵家は、手広く商売をしている商会を経営していたのである。それもこれもクリストファーの父、ミクロンの外交手腕の一つで、王国の外交官をしていたおかげで築いた人脈を利用してのものだったのである。

 ミクロンに、あと何か一つ足りないものがあるとすれば、それは王家とのつながり、公爵家とのつながりが欲しいのである。

 それさえあれば、箔がつくというもの、そのためにお城勤めの頃からセレンティーヌの父と仲良くしてきたのである。

 当時、公爵令嬢のセレンティーヌは、12歳というまだ大人の女性体型ではなかったため、旦那は、外に何人も女を囲み、夫婦生活はゼロ、それどころか夫は、夫婦の寝室に愛人を連れ込み、そこで愛を交わす様子をセレンティーヌに見せつけるのである。

 ほとんど変態の所業に、とっくの昔に愛を感じなくなっていた。セレンティーヌは、夫婦の寝室を出て、別の部屋で寝るようにしていたのだが、今度は、わざわざその部屋の隣の部屋で愛し合う声を聞かせるのである。

 最初の頃は、その異様な光景に驚き、睡眠不足であったが、別室で眠るようになってからは、耳栓をして寝るので、隣の部屋の喘ぎ声は聞こえずに、ぐっすり寝ている。

 そのことは、クリストファーは気づかず、いつも朝ニヤニヤして、

 「昨夜は、よく眠れたか?」

 と聞いてくるので、昨夜はお盛んだったことがわかるのである。

 別に白い結婚は、修道院に行かなくてもよかったのだが、キズモノになっていないので、でもセレンティーヌは昔から、神様について、興味があったのだ。人間は何処から生まれてきて、死んでどこへ帰るのか?そのあたりのことに興味があり、なんとなく修道院へ行くことが決まる。

 そして、生きていく苦しみからいかに救われるのか?さんざん男女の交わりを見せつけられ、ほとほと苦しめられたのである。

 生きて老いて病気になって死ぬ。怒り妬み、いつかは大好きな人と別れ離れなければならない。生きる上での苦しみから、いかに救われるのか?ということに興味があったのである。

 セレンティーヌを受け入れてくれる修道院は、いくつもあったのだが、それは公爵家からの寄贈品を当て込み、修道院の運営費に充てるためである。

 いくつかある中で、セレンティーヌは、出来るだけ公爵家から離れた場所にあるセント・クリスティーナ修道院を選ぶことにする。なんとなく名前が気に入ったのである。

 10日間ぐらい馬車に揺られ、少々疲れたが、クリストファーに睦事を見せつけられるよりは、マシだと思って、辛抱できたのである。

 修道院では適性を図るため、最初に水晶玉判定を受けると……水晶玉が突然、キラキラと七色に光り出して、その後、ピッカーンとばかりに金色に光続け、修道院で働いている人が全員、水晶玉の部屋へ集まってきたぐらいの快挙になり、国王陛下にもすぐ報告がなされる。

 国の中に一人でも聖女様が誕生されるとその国は、しばらく栄華を誇ることになる。国でさえそうなのだから、それがもし、一商会であれば、なおさらである。

 だから、クリストファーが今さらながら、復縁を求めてきたのである。それはミクロンの意向でもあったのだ。

 セレンティーヌとクリストファーが復縁することなど、1000パーセントありえない!それだけのことをクリストファーはやってのけたのだから。

 聖女様は1000年に一度しか出現しない国の宝以上の存在であると同時に、国王陛下を超える地位も力も持っている。一国の国王陛下といえども、聖女様に命令などできない。地上の神様と同じ扱いになられたわけであるから。

 公爵家もセレンティーヌが、聖女様になったからと言って、何かいいことがあるわけではない。ただ、聖女様の父、聖女様のご生家、としての名誉だけなのである。

 聖女様のご両親は、娘としてセレンティーヌに命令、指導など影響力を与えられるから、ある意味、国王様以上の存在ではある。

 実は、セレンティーヌには、双子の姉がいるが、姉も早くに王家へ嫁に出され、白い結婚ではなかったがために、聖女様として覚醒することはなかったのである。

 セレンティーヌはそのことから見ても、不幸中の幸い?たまたまのまぐれ?で白い結婚だったのが良かったようだ。

 姉のサラスティーヌは、妹のセレンティーヌが特別扱いされていることが気に食わない。姉夫婦のところは、仲が良く、子供もいるが、それでも同じ顔、同じ家族として育ったのに、自分は一介の王子妃に過ぎないことが腹立たしい。

 自分はもう3人も子供を産んでいるので、今さら絶対に聖女様として覚醒することは不可能なのだ。自分の子供も男の子ばかりで、お世継ぎができたと言って以前は、喜んでいたのだが、妹のように聖女様にはなれない。

 そんな時、また懐妊したことがわかったのである。

 悪阻でのマタニティブルーの生家、苛立っていたのだが、そんな妃を見て夫である王子がセレンティーヌを呼び、妻を慰めてくれるように頼んだ。ただ、それだけの理由で呼んだだけなのに、お城にセレンティーヌの姿を見て、勘違いする。

 夫がセレンティーヌを自分の代わりに寵愛するために呼んだと思い込み、逆上する。

 サラスティーヌは、セレンティーヌを階段の上までおびき寄せ、突き落としてしまうのだ。その際、自分もバランスを崩して、一緒に転げ落ち、お腹の子とともに……。



-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



 「いらっしゃいませ。肉体ブティックへようこそ。」

 「?」

 「あら、珍しい異世界の聖女様が来られるとは?」

 「あ、……あの……。姉は?姉も確か一緒に階段から落ちたと思ったのでございますが……。」

 「ああ、お姉さんのお子さんはもう……さっき、三途の川を渡ったようよ。あの子は、何の落ち度もないから、さっさと成仏して天国に行っても、すぐに誰かの赤ちゃんとして転生するのよ。」

 「あの……姉は?」

 「ああ、お姉さんね。向かい側にいるのよ。三途の川の渡し賃は……あるわね。あの豪華なドレスを売るだけでいいのだものね。どうせ奪衣婆のところで剥がれるのだから、今、脱いでも問題はないでしょう。」

 セレンティーヌは入り口のほうへ向かい、姉のサラスティーヌを呼ぼうとするが、姉は全然聞こえないみたいだ。

 「お姉さんには、もうあなたの存在がわからないし、見えないのよ。こちら側からは、向こうが見えるけど、向こう側からは、こちら側が見えない仕組みなのよ。だから我が子とも会えないまま、向こう側にいるのよ。」

 「どうして……?というか、わたくし死んでしまったのでございますか?」

 「今頃、気づくな!……仕方ない人ね、アナタは聖女様、そこまではいい?」

 「はい。」

 「あなたの双子のお姉さんは、先頃ご懐妊されて、やっと天国から魂が下りられたのよ。それがお姉さんの旦那さんが、マタニティブルーになっているお姉さんのことを心配して、アナタを呼んだ。そこまではいい?」

 「はい。」

 「ところがお姉さんは、自分が身重になっている間、あなたが旦那さんの寵愛を一心に受けると勘違いしてしまって、あなたを殺そうと階段から突き落としたのね。」

 「ええ……そんな……、姉はどうなるんですか?」

 「あなたね、お姉さんの心配をしているより自分のことを心配しなさいってば。お姉さんには、ちゃんと事情を聴いて、それなりのお仕事に就いてもらうから心配しなさんな。」

 女神様は、言葉を慎重に選んで話している。でないと、地獄行きよ!なんて、どこかの占い師みたいなことを言えば、聖女様も「わたくしも共にいきます。」なんて、言いかねないから、地獄に聖女様ってどうよ?鬼が鞭でも打とうとしたら、「暴力はいけませんわ。」なんて、言いそうだものね。

 「姉は、大丈夫なのですね?でも、わたくしも姉とともに行くことはできないということなのですね?」

 「そうそう、ひとりずつ状況が異なるからね。それであなたは、このブティックで、もう一度別の人のカラダを纏って、別の人生を送るのよ。ただし、聖女様は1000年に一度しか現れないから、聖女様としての力はそのまま持っていくことができるけど、どうする?」

 「もう、このまま死なせてください。もしまた生まれ変わって、聖女様をすることになったら、また誰かのやっかみや反感を買って、同じ不幸が繰り返されると思うのです。それならば、また生まれ変わって、最初から勉強や修行をし直して、新しい人生を送り他のでございます。」

 「いやいや、それではこの店の在り方を問われるから、ここは何としても誰か別の人間のカラダを纏ってもらって、リアルタイムでざまぁみろをするのもよし、もう全くかかわりあいたくなければ、別の……異世界へ行くって言うのは、どう?」

 「異世界……。言葉や文化、常識は相当違いますよね?」

 「大して変わらないところもあるけど、聖女様であることを隠して生きていけるところもあるから大丈夫だと思うわよ。何人か異世界へ聖女様として送ったことがあるけど、ちょっと浮世離れしたお嬢さんみたいな感じで、みんな幸せになっているよ。」

 「できれば、双子はもういいです。何かと言えば、双子で張り合うところもある。でもいいところもあるのよ。今回は、お姉さまに張り合われただけで。助け合って生きているところもある。」

 「じゃあ、これなんかどうかしらね。双子の片割れが生き残るというのは?高速道路であおられて、両親と双子の妹が死んでしまうというのは?あ、でもその後、危険運転致死傷で起訴され、公判で証言しないといけないから無理か?……。」

 「あの……双子ではない方がいいです。同じ顔をしているのに、どっちが優秀か?とか、どっちが可愛い?とか、言われるのは、もうたくさんです。」

 「ああ、そう?じゃ年子ならいい?それより恥かきっ子みたいな方がいいかしらね?お姉さんとは、10歳ぐらい年が離れている人のことよ。お姉さんが母親代わりみたいなもので。小姑みたいだから、わたしは嫌だけど、いろいろ面倒見てくれるのもありがたいわよ。」

 「では、その線でお願いします。」

 「あなた公爵令嬢だったのだから、ソーシャルダンス得意よね?競技会で優勝して、世界一のダンサーになる夢を持っている少女と言うのは、どうかしらね?だけど、事故で踊れなくなり、将来を悲観して自殺するけど、助かり、なぜか体も元通りになっているという設定は無理がある?……うーん、無理があるね。」

 「?」

 「某国の皇太子妃と言うカラダもあるんだけどね。パパラッチに追いかけられて、事故死するんだけど、この旦那が年上のババァが好きで、浮気して離婚しちゃうんだけど、これなんか、前世そのままだからダメよね?」

 「異世界にもクリストファーみたいな人がいるのですね?」

 「そうそう、男はバカな生き物だから、今、目の前にある幸せよりも、腐りかけたような女を愛する生き物だからね。」

 「王室関係は嫌?公爵令嬢だから、カーテシーなどバッチリだと思うんだけどね。それに語学も聖女様の言語理解魔法があるから、そのあたりがいいと思ったんだけどね。ちょっとお茶にしましょう。座って。」

 女神様は、セレンティーヌに椅子を勧める。

 そして奥の水屋から、いろいろお菓子を持ってきたのだが、それがどれも初めて見るような珍しいお菓子の数々。

 羊羹、せんべい、チョコレート、ワッフル、豆大福もち、キャラメル、ポテトチップス、クッキー、マカロン、アイスクリームまである。二人だけのちょっとしたお茶会だ。

 「これね、ニッポンという異世界では、ごく普通に老若男女だれでもが食べているお菓子よ。まだまだあるけど、今日はこれだけにしとくわね。さ、さ。好きなものを食べて頂戴。まずはアイスクリームよね、溶けちゃうからね。」

 女神様は、お皿にアイスクリームなるものを大きな長方形のケースから取り分けてくださる。さらに上にペパーミントの葉っぱを乗せてくださる。口に含むと甘くて冷たくて美味しい。

 「どれもこれも美味しいですわ。わたくし、こんな美味しいものを作る人になりたいですわ。」

 「和菓子職人?それとも洋菓子のパティシエ?」

 「わがし?ぱてぃしえ?」

 「羊羹、大福、せんべいがだいたい和菓子と呼ばれるもので、ニッポンの古来のおやつ。そのほかのものは外国から入ってきたもので洋菓子と呼ばれるものなのよ。この洋菓子職人をおしゃれに外国語で言うとパティシエということになるわ。菓子職人は、粉の袋を持たなきゃなんないから、女性の力では難しいかもしれないわね。でも聖女様の力で、重い粉の袋でも軽減して持つことができるかもしれない。」

 「和菓子は色が地味なものが多いけど、洋菓子は果物を取り入れているから、明るい色のものが多い。だから、わたくしは洋菓子職人パティシエになりたいですわ。」

 「わかったわ。職業は決まった。後は背景の設定だけど、家はフレンチレストランでそこそこお金持ちでないとパリへ留学するのは、難しいかもしれないわね。大企業の社長の娘でもいいけど、あなたお料理の経験ある?」

 「ないです。」

 「あちゃー!大切なこと忘れていたわね。ここニッポンでは、誰でも簡単な食事ぐらいみんな作れるものよ。いくら記憶喪失だからと言って、これは……ちょっとね。やっぱ、男になる?男なら、お湯しか沸かしたことがないという人も珍しいと言えば、珍しいけど……、困ったわね。」

 「すみません。」

 だんだん、俯き加減になるセレンティーヌ

 「仕方ないわね。あなたしばらくの間、ここで私の助手をしなさい。日常のことを鍛えてあげるわ。それから前にニッポンから異世界の聖女様になった子がいるから、その子にも来てもらって、徹底的にお料理の勉強をする前段階の練習をするわよ。いい?」

 セレンティーヌは、沈みがちだった顔色がパァっと明るくなり、元気になってきたのである。

 「その方が教えてくださるのですね?心強いですわ。」

 「まだ来てくれるかどうかは、わからないけど異空間の中で特訓すれば、時間の経過がないから大丈夫でしょう。」

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