後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。

雪 いつき

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その夜2

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 静まり返った室内。窓の外で、時折風の吹き抜ける音が聞こえる。

(ウィルさん、いい人だな)

 お腹は空いていないか、寒くはないか、必要な物はないかと、過保護過ぎる程に世話を焼いて、それなのに貴族らしくキラキラとして品があって。
 最後に自然とキスをしてくるところも、騎士と言いつつやはり王子様では。もそりと寝返りを打つと、ほんのりと花の香りがした。

 肌触りの良いパジャマに、ふかふかのベッド。
 異世界から来た怪しい人間に、優しくしてくれる人たち。

 これは、夢かもしれない。
 それか、もう死んでいてあの世にいるのか。
 異世界に転移するなんて、冷静になればあり得る筈がない。
 独りになると、途端に思考が暗い方へと回り始める。

 もしかしたら奇跡的に助かって、今は病院のベッドの上かもしれない。最近ライトノベルにはまって一気に読みすぎたから、そんな都合の良い長い夢を見ているのだ。

 それでも、目が覚めたらまた、あの崖から飛び降りる事を選ぶだろう。涼佑りょうすけのいない世界では、生きていられないのだから。


(……そうだ、涼佑がいなくなったことも、ただの夢なんだ……)

 涼佑がいなくなった日は、暖人はるとは風邪をひいていた。熱が高く、それできっとこんな悪夢を見ている。涼佑がいなくなったなんて、悪い夢なんだ。

 ただの風邪だし移したくないからと言っても、あまりにも心配をして大袈裟な程に手厚い看病をしてくれた。そのおかげで夕方には微熱まで下がったのに、まだ心配そうにする涼佑に「涼佑の方が病人みたいな顔してるよ」と笑ってみせた。

 アルバイト先のカフェは近くで祭りがあるらしく人手が足りず、それでも「暖人の方が大事だから休む」と涼佑は言い張った。「それなら俺も行くから」と言って起き上がろうとしたら、慌ててベッドに寝かせて渋々了承したのだ。
 涼佑は「暖人の分まで働いてくるから安心して」と言いながらも、何度も振り返りながら出かけて行った。
 涼佑帰って来たら、たくさんありがとうを言わなくちゃ。そう思いながら眠りに落ちて……その先が、この夢なんだ。

 目が覚めたらいつも通りの施設の少し固めのベッドの上で、側には涼佑がいて。
 おはよう。具合はどう? 水飲めるかな? 何か食べられそう? 優しく笑ってまた世話を焼いてくれるのだ。

(早く、目を覚まさないと……)

 涼佑がもう帰って来ているかもしれない。
 眠っていたらきっと、もっと心配して死にそうな顔をしてしまうから。

 ぎゅっと目を閉じ、ゆっくりと開ける。
 それでも……。

(……夢、これは、悪い夢だ)

 もう一度目を閉じる。
 目を覚ませ。これは夢。夢の中だ。
 早く、現実に……。

「……っ、……どうして……」

 どんなに繰り返しても、ベッドはふわふわで、体を包む布団はふかふかで。隣には、誰もいない。涼佑が、いない。


 ここは、現実だ――。


 風の音が、冷たくなる指先が、どうしようもなく現実を突きつける。

「……俺が、風邪なんてひいたから……。涼佑を、独りにしたから……」

 あの日、風邪なんてひかなければ。
 一緒にいれば、涼佑は連れて行かれなかった。
 行かないでと子供のように駄々をこねていれば……。

「涼佑っ……」

 後悔してもしきれず、ただ泣く事しか出来ない。

 物心つく前から、ずっと一緒だった。
 一時も離れたことなんてなかった。
 涼佑のいない夜なんて、なかった。

 泣いても、ここが、現実。
 ここに涼佑はいないんだ……。

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