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あのゲーム

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 神子の部屋のバスルームへと入り、パタリと扉を閉める。その音に、ケイはびくりと震えた。
 今日はまだ布を被ったまま。フードの下ではきっと、顔を青くして怯えているのだろう。

 ここへ来る道中、風真ふうまは何から話せば良いかと悩んでいた。だが、言葉は自然と零れ落ちた。

「ケイ君。この間は、ごめんなさい」
「っ……」

 深く頭を下げると、ケイは息を呑む。
 謝罪されるとは思っていなかった。二度と会いたくないと言われても当然なのに。謝罪するべきは自分なのに、顔を上げてくださいと言いたいのに……驚きと動揺で、震える唇からは何の音も出てこなかった。

 だが、ケイが言葉を発せない理由を、風真は。だからゆっくりと、柔らかな口調で語りかける。

「俺を選んだのは神様的な人で、ケイ君じゃないのに……ケイ君に当たって、傷付けて、ごめん……。冷静になってからずっと、謝りたかったんだ」

 許さなくても良いと言えば、ケイには余計な重荷になってしまう。許しますと言っても、信じて貰えないかもしれない。そんな不安を与えてしまう気がした。


「っ、それ、は……僕が、逃げたから……」

 消え入りそうな声がバスルームに響く。ケイの声が聞けた風真は、ふっと肩の力を抜いた。

「俺もこのゲームを知ってたけど……死を選ぶなんて、俺には出来なかった……。そんな苦しいことを選んだケイ君は、運命と戦ったんだって、俺は思うよ」
「っ……」

 ぽた、と床に透明な雫が落ちる。

「ふ、まさんっ……、僕っ……」

 ぽろぽろと落ちる雫を、ケイはマントの裾で押さえる。布をしっとりと濡らしても、次から次へと溢れて止まらなかった。

 風真は躊躇いながらも、そっとケイを抱きしめる。びくりと震えたケイは、一瞬息を呑み……弾かれたように腕を伸ばし、風真に縋り付いて、泣き崩れた。





 しばらくして、ケイは風真から離れ、慌てて頭を下げた。

「すみませんっ……、あのっ、僕、う……嬉しくてっ……」

 泣いた理由を誤解されないよう、懸命に言葉を紡ぐ。

「運命と戦った、なんて……。……本当は、死ぬのも……すごく、怖かったんです……。だから、あの時の僕が……救われた、気がして……」

 酷い渇きと、浅くなっていく呼吸。心拍数は上昇し、手足は痺れ、徐々に動かなくなっていく身体。
 耐える事には慣れている。あと少し我慢すれば……。そう思っても、死を感じた途端に、怖くてたまらなくなった。
 それでも、扉を開けなかった。許可しなかった。後から思えば、あれが人生で初めての本気の抵抗だった。

 だから……運命と戦ったと言われた時、あの時の自分が、元の世界の自分まで、救われた気がしたのだ。


「っ……、すみませんっ……」

 そのせいで風真はにいる。それを、嬉しいなどと喜んではいけない。ぎゅっと指を組み震える。

「ケイ君、もう謝らないで。それに、嬉しい時はちゃんと笑ってほしいよ」

 風真がフードをそっと掴むと、抵抗されることなくはらりと後ろに落ちた。

「綺麗な泣き顔……」
「っ、あ、あのっ、風真さんっ……?」
「あ……ごめん、本音が」
「!」

 そう言うと、ケイはパッと頬を赤く染めた。

(やっぱり綺麗で、可愛い)

「……風真さんの方が、綺麗です」
「えっ、俺? どこが?」
「太陽みたいで、眩しくて……とても、綺麗です」

 ふわりと微笑まれ、今度は風真の顔が赤くなる。見れば見るほど美少年。そんな人間に眩しいなどと言われてはたまらない。

「ありがと……ケイ君の方がずっと綺麗だけどね」
「いえ、風真さんの方が……」

 そう言ってから、何の言い合いをしているのかと、二人は顔を見合わせて笑った。


 一気に緊張の解けた二人は、バスタブの縁に腰を下ろす。

「そういえばあのゲーム、俺は姉がプレイしてたのを横で見てたくらいの知識しかないんだけど、ケイ君は全部知ってる?」
「……はい。その……毎日のように、プレイしていましたので……」
「え……あのゲームを?」
「最初は、あんなに大変な内容とは知りませんでした……」

 ケイは居心地が悪そうに笑った。

「あのゲームを知ったのは、偶然だったんです。主人公の姿が、あまりに僕に似ていて……買ってからは、学校の屋上で朝晩プレイしていました」

 アルバイトの給料は父親に取られてしまったけれど、こっそりと少しずつ貯めて、本体とソフトを買った。

「画面の中で、僕よりつらい目に遭っている僕がいる。こんなことをされるくらいなら、この世界の方がまだマシだ。……そう思いながら、自分を慰めていたんです。僕はただ、殴られるだけでしたから」

 ケイは苦笑しながら、殴られるだと話す。

「僕の代わりに酷い目に遭っても、作られたキャラクターなら罪悪感もありませんでした。だから意図的にバッドエンドやトキ様エンドになるよう操作して……」

 酷ければ酷いほど、心は癒された。ケイにとっては、画面の中で行われている事の方が、耐え難い行為だったのだ。

「でも……僕の代わりに、風真さんが……」

 膝の上でグッと拳を握る。


「あー……うん、俺も色々あったけど……、それ自体は今では良い思い出というか、良くはないんだけど……」
「あのイベントが、ですか……?」
「まあ、そういうゲームだしなって分かってたから、傷は浅かったというか……怖いとか嫌だってより、まんまと引っかかった悔しさの方が強かったというか……」

 未知の生物に遭遇したような顔をするケイに、苦笑してみせた。

「あ、でも、わりと早いうちに強制イベントはなくなったし」
「……お祓いイベントも、ですか?」
「……ありました」

 すごいのが。
 あれは恥ずかしくて思い出すのもつらい。

「……風真さんは、強いんですね」
「強い、ってか……ただ俺には、両親を亡くしてからは立ち向かうって選択肢しか選べなくなっただけだよ。姉と二人で、前を向いて生きて行こうって決めたから」
「やっぱり風真さんは、強いです」

 だから眩しい。そう言うように、ケイはそっと目を細めて風真を見つめた。


「風真さんなら、きっと本当のハッピーエンドを迎えられると思います」
「んー、どうだろ……」
「アール殿下は、ゲームでも比較的ハッピーエンドですから」
「……俺、さ」

 これは、アールとのエンドを迎える間際と思われている。風真は被せるようにぽつりと零した。

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