比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
85 / 270

ジェイとの関係

しおりを挟む

「今、アールとユアンさんに、好きって言って貰ってて……でも、俺自身はまだどうなのか分かってない状態で……」
「え……? お二人に、ですか……? 殿下だけじゃなかったんですか? まだお付き合いされてなかったんですか?」
「すごい質問責め」
「でも、トキ様には言われてないんですね。安心しました」
「トキさんも言ってくれたけど、恋人は辞退しますって言われて今は友達みたいな関係だよ」
「なっ……告白後のトキ様と、お……お友達に……?」

 また未知の生物を見る目をされた。

(ケイ君って、ゲームの話になるとよく喋るなぁ)

「……ユアン様が風真ふうまさんにベタ惚れなのは分かりましたが、殿下があの状態なら確実に殿下エンドに傾くはずで……ですが風真さんが主人公なら、ゲームの流れはもはや枠組みだけのもの……」
「あの、ケイ君?」
「どうしよう、……わくわくする」

(あれ? ゲームの話じゃなくて、恋愛話が好きなだけかな?)

 風真は首を傾げる。ゲームの中の儚げな主人公とも、何なら数分前のケイとも印象が違う。随分と元気だ。
 それは良い変化で、きっとこの世界でジェイと出逢ったからだ。ケイが幸せそうで良かったと、心から思う。

「恋愛話なら、ケイ君とジェイさんの話も聞いてみたいな」

 きっとふわふわしてこちらも幸せになれる話が聞ける。そう思ったのだが、ケイはしばし思案してから、困ったように笑った。


「ジェイとは、恋人ではないんです」
「え? そうなの?」
「仲はいいですし、大好きですし世界で一番信頼してますけど」

 それなら親子ルートかな、と記憶を引っ張り出す。それはそれで幸せなエンドだ。

「……アール殿下は、もうゲームクリア後のように優しいですね?」
「ん? うん、優しいよ?」

 突然アールの名が出て、風真は目を瞬かせた。

「ユアン様も、きちんと風真さんの意志を尊重してくださって……もう強制的に襲われることもないのでは?」
「そ……そうかも」

 ハッとする。そういえば、いつからえっちな悪戯をされていないだろう。思えば、アールもだ。無理矢理口にを突っ込まれるイベントも結局発生していない。

「お二人ともとても優しそうで、僕も、もう怖くないです」

 ケイは今までで一番明るい声を出し、にっこりと笑った。


(え……なんか、印象が……)

 儚げな雰囲気は残したまま、綺麗な笑みを浮かべる。それは……凄絶なまでの、美しさ。

「僕には魔物と戦える力もあるし……お話する機会を増やしたら、“主人公”の補正力で、どちらかに好きになって貰えるかなぁ……」
「っ、駄目!!」

 独り言のように呟かれた言葉に、風真は咄嗟に声を上げていた。
 びくりと震えたケイは視線を伏せ、憂いのある雰囲気を漂わせる。長い睫毛が目元に影を落とし、色気を感じさせた。

(こんな……こんな、綺麗な人に……勝てるわけ、ない……)

 桜色の唇は触れたくなるほど柔らかで、白い肌は陶器のように滑らかだ。腕も腰も細く、守ってあげたい気持ちが込み上げる。
 アールもユアンも、風真を好きだと言った。風真の方が良いと。それでも、ここまで圧倒的な美しさを目の当たりにしては、勝機など見出せない。

 それに、ケイは主人公。一度神子となった後でジェイルートに移行させるほど、神様に愛されている。ケイが望めば、今からでも好きなルートに補正されるかもしれない。

(でも……嫌だ……。勝てなくても、取られたくない……絶対に、嫌だっ……)

 そう言いたいのに、喉から音が出てこない。
 今まで、忘れていた。ケイの機嫌を損ねたら、ケイの望むように世界は変わってしまうかもしれない。
 背筋が凍るほどの恐怖に、何も言えずに唇を噛みしめた。


「風真さん」
「っ……」
「あの、騙してすみません……。僕とジェイは、恋人です」
「…………へ?」

 ごめんなさい、と深く頭を下げるケイに、風真は目を瞬かせた。

「嘘をついて……、試すようなことを言って、すみません。風真さんが誰を好きなのか、自覚するお手伝いをしたくて……」

 顔を上げたケイは眉を下げ、風真を見つめる。

「風真さんは、誰を想像しました?」
「え?」
「取られたくなかったのは、どちらですか?」
「え、っと……」

 まだ衝撃で混乱したまま、記憶を辿る。
 勝てなくても、取られたくないと思った。それは。

「……どっち、というか……みんな?」
「……僕の煽り方が至らなかったのですね。余計なご心労だけおかけする結果になってしまい、申し訳ありません……」
「いやいや、ケイ君のおかげで何か分かった気がするっ」

 しょんぼりするケイに、慌ててガッツポーズをした。

「これからはそういう方向で考えて、答えを見つけるよ! ありがとう!」
「風真さん……」
「危機感って大事だなって思ったよ。ケイ君は綺麗だし、守ってあげたいってすごく思うし、それに主人公だし、俺がちゃんとしてないと……」

 すぐ取られそう。
 そう言い掛けて、ハッとして口を噤む。この言い方は、風真の自覚を引き出す手伝いをしてくれたケイに対して失礼だ。
 だがケイは、クスリと笑って「そんな心配いりませんよ」と言った。

「僕は主人公だったかもしれませんけど、今の主人公は風真さんです。それに……風真さんだからこそ、みなさんはあんなに柔らかい雰囲気になられたんです。もう僕が何を言ったところで、風真さん以外は目に入らないと思いますよ?」

 三人からは、敵意すら感じた。それは少し寂しかったが、風真を悲しませた相手に好意などないだろう。
 いくらゲームの枠から外れたとしても、彼らの性格の根本は変わらない。愛する者に対する執着と愛情は、死ぬまで続く。
 そしてそれは、彼らをそうさせるだけの魅力が風真にあるからだ。そうでなければ、今頃バッドエンドになっている。

「そ……う、だったら、嬉しいな」
「そうですよ。風真さんだからです」
「うっ、ん……ありがとう」

 きっぱりと言い切られ、風真は恥ずかしそうに笑った。


「ケイ君って、そんなふうにも話せるんだね」
「全部、ジェイのおかげです」

 ケイは目元を緩める。

「出逢ったその日からずっと、僕の良いところを褒めてくれて、自信を持たせてくれるんです。……それでもまだ、初対面の人とは怖くて話せませんが……」

 未だに震えてしまう。敵意を向けられると、身体が竦んで動けなくなってしまう。それでも、元の世界にいた頃とは比べものにならないくらいに話せるようになった。

「じゃあ、今の俺は怖くない?」
「はい。……酷いことをした僕と、こんなふうにお話してくださって……心から感謝しています。僕は、討伐でもそれ以外でも、風真さんのお役に立ちたいです。お役に立てるよう、精一杯努めます」
「えっ、あの、ケイ君?」
「罪滅ぼしという名ではなく、風真さんへの感謝と……こんな僕に優しくしてくださる風真さんへの、好きだという気持ちで、誠心誠意お手伝いをさせていただきます」
「……ありがとう。でも、ジェイさんとの時間を削ったりしないでね?」

 せっかく幸せなのにと言うと、ケイは瞳を潤ませ、感謝の言葉を述べた。


(ゲームと印象が違うのは、ジェイさんの愛の力かぁ)

「ジェイさんに会ってみたいなぁ」
「駄目です!」
「えっ?」
「あっ……、すみません……。でも、風真さんに会ったら……僕は、捨てられ……っ、僕なんかより、風真さんの方がっ……」
「ないない。ケイ君と比べたら俺なんてって感じだし、ジェイさんはケイ君にベタ惚れの気配を感じる」
「そんなっ、ベタ惚れなんてっ……」

 ぱたぱたと手を振ったが、すぐにパッと頬を染めた。

「お?」
「…………すごく、甘やかされて……ます」
「そっかぁ。幸せなんだね」
「はい……。いつか終わるのが怖い、……と思う暇もないくらい、大事にしていただいて……」

 言いながら、両手で顔を覆う。白い肌が首まで真っ赤だ。

「その話、今度お茶でも飲みながら詳しく聞かせて欲しいな」
「それはっ、……お話するのは恥ずかしいですけど、一緒にお茶、したいです……」
「うんうん。じゃあ、ジェイさんに会いに行った時にでも」
「駄目です! この部屋でお願いしますっ」

 ジェイの前で話すなんて、恥ずかしくて死んでしまう。ぶんぶんと首を振るケイに、可愛いなぁと風真は頬を緩めた。


「興味本位で申し訳ないけど、姉ちゃんが旦那にしたいって言ってたから、ジェイさんはどんな人だろって気になってたんだ」
「……それは、毎日美味しいご飯作ってくれる旦那いいなぁ、という?」
「えっ」
「ゲームを買ったお店で、女性がそう話してるのを聞いたので」
「んっ、んあー……姉ちゃん、言いそう」

 まさかの理由。だがきっと、それが真実だ。

「旦那にしたい理由は分かったけど、ジェイさんにはご挨拶に行きたい」
「はい。ジェイと相談して、お店が休みの日にこちらに伺いますね」
「うん。お願いします。あ、でも俺がお願いするんだし、俺がケイ君のとこに、…………神子と権力者かぁ……」

 神子と護衛、もしくは御使いなどが訪ねて来た日には、何事かと騒ぎになる。お忍びで行ったところで、リスクはゼロではない。

「では神子様、事前にお手紙を出してからお伺いしますね」
「ううっ、お願いしますっ」

 わざわざ来て貰うのは二人に申し訳なくもあり、ジェイの店で人気の定食も食べたかった。風真は肩を落とした。


 その時、ドンドンッと扉を叩く音が響いた。慌ててバスルームを出ると、無事かと問うユアンの声が聞こえた。
 大丈夫だと大声で返すと、ひとまず顔を見せてと返る。

「あの……。みなさんには、僕のことは……」
「元の世界の知り合いだと思ってるみたいだけど……どう話していいか分からなくて、まだ話してないんだ」
「ありがとうございます。……僕はコンビニでバイトしていたので、お店で時々話したことがある関係にしていただきたいです」
「コンビニバイトすごっ。じゃあ俺が泣いてたのは、ええと……ケイ君の知識で、元の世界に帰る方法はないって知ったからということで」

 二人は小声で口裏を合わせ、頷く。
 ユアンにどこまで通用するか分からないが、風真がケイを知っていた事は嘘ではない。泣いていた理由も、元の世界関連の事だ。
 ケイがフードを深く被ると、風真はケイを背後に隠すようにして扉へと向かった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

その捕虜は牢屋から離れたくない

さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。 というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

処理中です...