ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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「……いつまでいるつもりなの?」

 優斗ゆうとが風呂に入っている間に突然リビングのドアが開き、振り向けば不機嫌な顔をした直柾なおまさが立っていた。

「明日までですね。というか、会うの二度目なんですからもう少し取り繕ったらどうです?」
「君相手に、そんな無駄なことはしないよ」

 無駄と言い切った。これが、あの橘 直柾。

「そんな本性見せていいんですか? 随分俺のこと信用してくれてるんですね」
「本性も何も、普段の方が本当の俺だからね」

 直柾は呆れたように溜め息をついた。嫌味のつもりだろうが、こんな態度を取ったのは隆晴りゅうせい相手が初めてだから嘘はついていない。

「それに、君と、俺。世間はどちらの話を信じると思う?」

 表情もなく言われ、隆晴は一瞬息を呑んだ。会話の内容ではなく、あまりにも整った顔で表情を消されると底知れぬ恐ろしさがある。

「……なんて。君はそんなことをする人じゃないよね。君のことはまだ信じてないけど、優くんが君のことを信じているから、ね?」

 そう言ってにっこりと笑った。
 つまり、“優斗の信頼を裏切るな”と言っている。直柾におかしな噂が流れれば優斗が悲しむ……という意味合いもあるだろうが、一番の意味は、“優斗に手を出すな”だ。

「っ……はは、こっちが本性でしょ」
「そんなことないよ?」
「どうだか」

 肩を竦める隆晴に、直柾は小さく笑った。

「ってかアンタ、暇なんですか?」
「嫌だな。時間は作り出すものだよ?」

 そう言ってソファに座る。脚も長く顔も良く、オーラもある直柾が座るだけで映画の撮影現場のような雰囲気になる。
 きっと優斗の前ではこうではなく、尻尾を振る犬のような演技をしているのだろう。

 ……演技。
 昨日の過保護さは、本気だった。そして今の直柾も作っているようには見えない。
 もしかしたら、直柾の言うように本性などなく、思ったままに行動するとても素直な人間なのでは……?

 測りかねてジッと見つめるが、人形のように整った顔をしているせいで良く分からない。

「今日はまだ帰らないんですか?」
「……今のはちょっと傷付いたよ。俺だって、ずっと優くんと一緒にいたいんだから」
「すいません」
「素直に謝られると調子が狂うな……」

 直柾は頭を抱えた。根から悪い人間なら今すぐにでも追い出して接触禁止に出来るのに、さすが優斗が懐くだけの事はある。隆晴は悪い人間ではない。

「優くんは俺の一番の癒しなんだ。邪魔しないでね」
「癒しだけなら邪魔する気はありませんけど」

 バチッ、と火花が散った。二人とも一度も言葉にはしていないが、優斗に抱く想いは同じものだと察している。


 そこで、リビングのドアが開いた。

「あれ? 直柾さん? おかえりなさい」
「ただいま、優くん」

 パッと直柾が明るい笑顔を向ける。この変わり身は見事。今度は先程の姿の方が演技のように思えてきた。

 直柾はソファの隣に座るよう優斗に手招きをして、だがいつものように抱き締めようとはしない。優斗は首を傾げた。

「優くん、お風呂上がりだからね」
「そんなの気にしなくていいですよ?」

 コテン、と首を傾げる仕草に直柾は笑顔のままで動きを止める。
 大好きな子が風呂上がりのほんのり逆上せた顔で、そんな可愛い事を。可愛い。あまりにも可愛くて。

「っ……! アンタ、何してんですか!」

 優斗に唇が触れるギリギリのところで、隆晴が二人を引き離した。

「何って、キス?」
「直柾さん。ここは日本ですからって何度も言ってるじゃないですか」

 呆れたような優斗の反応に、隆晴は表情を変える。

「……されたのか?」

 今までにも?

「さあね。俺と優くんだけの秘密だよ」

 クスリと笑う直柾を睨む。こちらにはあれだけ牽制しておいて。
 ただならぬ雰囲気に、優斗は慌てた。

「されてないです! 直柾さんも、先輩をからかわないでくださいよっ」

 からかう。直柾と隆晴は同時に毒気を抜かれた。

「優くんは本当に可愛いね」
「本当にいい奴だな、優斗」

 二人して頭を撫でるものだから、優斗は首を傾げた。

「良く分かりませんけど、直柾さん、今日はお茶を飲む時間ありますか?」
「お茶より優くんを抱き締めたいな。元気の充電をさせて欲しくて。……いい?」
「え、っと…………効果があるか分かりませんけど、どうぞ」

 風呂上がりだという事をまだ気にする直柾に、軽く両手を広げてみせた。隆晴の前では少し躊躇われたが、何だかもう今更だ。
 それに、こんな時間まで仕事を頑張る直柾に、少しでも何か出来ればと思っての事だった。

 いつもの柔らかで明るい笑顔が返るかと思えば、直柾は甘く蕩けそうな笑みを浮かべる。

「優くん、大好きだよ」

 腕いっぱいに抱き締め、頬を擦り寄せる。それだけで疲れも何もかも吹き飛んでいくようだった。

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