ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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直柾と隆晴2

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 後ろ髪を引かれながら部屋を後にする直柾なおまさをエレベーターホールまで見送って、部屋に戻りパタリとドアを閉める。

「テレビで見るのとは随分違うんだな」
「はい……。弟が出来たのが嬉しいらしく、とても過保護で……」
「過保護ってか、牽制が露骨過ぎて」
「牽制?」
「いや、こっちの話。本当お前って鈍いのな」
「……意味が分からない時点で反論も出来ず」

 本気でただの過保護だと思っている優斗ゆうとの頭を、隆晴りゅうせいはポンポンと撫でた。

 優斗は昔から自己評価が低い。料理や家事全般が出来る事も、気が利く事も、落ち着いている事も、そうしてきた時間が長いから優斗自身は当然だと思っていた。それなのにこの程度しか、とさえ。

 恋愛なんてしている暇はなかったし、必要なかった。それに加えて低い自己評価。だから、好意を向けられても気付けないのだ。

「なんつーか、心配、ってか」
「先輩には何を心配されてるのか、ちょっと意味が……」

 自分はそんなに頼りなく見えるのだろうか。

「純粋すぎて、って意味な。お前、少しは警戒心持った方がいいぞ?」
「そのくらいありますよ? 前の家は鍵も脆弱でしたし」
「あー……、…………そうだな」

 警戒心の意味が違う。だが、ここで本当の事を教えて隆晴の事まで警戒されては困る。まだ一泊目だ。
 せっかく直柾がおとなしく出て行ってくれたというのに……、直柾としては優斗に嫌われたくなくて隆晴を追い出さなかったのだろうが、この機会を逃すわけにはいかない。

「先輩、そういえば、さっき何か言いかけましたよね?」

 直柾が来て、途中になってしまった。

「忘れた。思い出したら言うわ。さ、続きするか」
「あっ、はい」

 コントローラーを取ると優斗は頷いて素直に画面を見つめた。



 言いかけた事……。途中で遮られて、良かったかもしれない。隆晴は画面を見ながらぼんやりと思う。

 “好きな奴いるのか?”と修学旅行のノリで訊こうと思った。そこで女の名前でも出れば応援するか、とも。
 隆晴としては、優斗が女を好きになり付き合うのならその方が良いと思っていた。優斗に本気で手を出す気もなかったのだから、“兄”の話を聞き今まで対抗していたのは、単なる先輩として、優斗をそばで見守ってきた者としての独占欲だった。

 ……筈だった。

 優斗の手を取り無意識にキスをした時に、気付いてしまったのだ。
 自分は、随分と前から優斗を欲していた事に。

 初めてここを訪れた日も、無防備に飛び込んで来た優斗が愛しく思えて、真っ赤になった顔をもっと見たいと思ってしまって……あの時も、自分の感情から目を背けた。
 それは、優斗が平凡で平和な人生を望んでいたからだ。

 だが、同じ男である直柾に奪われるのなら、黙って見てはいられない。

 優斗を溺愛する兄とやらもどうせ敵にもならないと思っていたが、相手があの橘直柾なら話は別だ。
 芸能界を上手く渡り歩いているのだから、駆け引きには慣れているだろう。触れるにも優斗が嫌悪感を抱かないよう、演技や見極めくらいはしていそうだ。

「これは本気でいかないと……、な」

 画面の中の敵を倒しながら、溜め息と共にそう零してしまう。
 画面は中盤のボス戦。先輩ならいけます! と無邪気な応援が、ゲームの中ではなく自分に向けられたものなら良いのに。

 現実の敵は一筋縄ではいかなそうだ、と隆晴はそっと溜め息をついた。

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