ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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家でお泊まり

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 母は駆け落ち同然で結婚をして、若くして優斗ゆうとを産み、優斗が十歳の頃に夫を事故で亡くしてからは女手ひとつで優斗を育てた。

 そんな母の仕事先に訪れた正輝まさきが母に一目惚れをして、猛アタックの末に交際が始まったという。

 婚約直前までは営業先の平社員だと名乗っていた正輝は、実際にはその会社を傘下に持つ大企業の代表取締役だった。
 婚約に際してそれを知り、そこでまた母は別れを切り出したのだが、更に猛アタックからの泣き落としをされて婚約を了承したのだと母は困ったように話してくれた。

 婚約前の話。高校を出たら就職するつもりでいた優斗に、正輝は大学進学の為の資金援助を申し出た。
 優斗も母もさすがにそれはと断ったのだが、“好きな人の家族にお金しか出せるものがないのだからせめて……!”というあまりに斬新な理由で押し切られて、ありがたく受け取る事にした。

 出世払いで返済する、という条件付きで援助を受ける事にしたのだが、結婚して親子になった今、正輝は「そんな契約書見たことないな~?」ととぼけている。契約書は大事。優斗は身をもって知った。

 そんな正輝の、「これからは、私が君たちを守るからね」という言葉だけで、母を任せられる人だと思った。
 “お母さんは私が守るから”、ではなく、“君たち”と、優斗の事まで自然に受け入れようとしてくれた。その事が、嬉しかった。

 そして今、母は正輝の秘書として働いている。
 元々仕事の出来る人だ。今も十日間だが海外出張について行っている。



 つまり、優斗は家にひとりきりだ。
 直柾なおまさもこの期間は忙しくて来られないと言っていた。こんなに広い家を独り占め! ……と思えれば良いのに。
 シンと静まり返った室内に、寂しさが募ってしまう。

 帰宅時に誰もいない事は今までの日常だった。だが、夕飯から朝までの時間に独りだった事は数える程しかない。
 今頃気付いた。自分は、あまりにも恵まれていたのだ。

「静かだな」

 最近では直柾も頻繁に来ていた為、特にそう感じる。
 夕飯は優斗が帰る頃には家政婦が作り置いてくれて、とても美味しいし、テレビを見ながら食べたりも出来る。三日間はそんな感じで過ごした。



 そして四日目。

「ってことは、後一週間は独りか」
「そうなんですよね」

 久々に隆晴りゅうせいと時間が合い、カフェのテラスで昼食をとりながらそんな話をする。
 ここ数日は学部の友人とも時間が合わず、ずっと独り飯だった。昨日と同じ筈のポテトが、今はとても美味しく感じられた。

 炭酸を飲みながら隆晴を見ると、口元に手を当てて何事か考え込んでいる。そして。

「泊まりに行ってもいいか?」
「え? いいんですか?」

 ぽろりと二つ返事が零れた。

「それはこっちの台詞な。梗子きょうこさんたちの許可が出れば、だけど」
「訊いてみます」

 すぐにスマホのアプリを開き、まず母にメッセージを送る。すると意外とすぐに返信があり、許可が下りた。

「大丈夫だそうです」
「早っ。ちょっと貸して」

 優斗からスマホを受け取ると、隆晴です、と打ち込んでお礼を伝えた。こういうところが律儀で良いなと思う。

「先輩、一週間泊まります?」
「長ぇよ。さすがにそれはちょっとな。……三日くらい?」
「三日でも嬉しいです」
「今日は練習あるから、明日からな。帰り、一緒帰ろうぜ」
「はい!」

 隆晴は大学でもサッカーをしている。プロの一部リーグからのオファーもあったが、大学ではしっかりと勉強をしておきたいからと保留にしているらしい。
 卒業の頃にまた隆晴獲得に向けた争奪戦が始まるらしく、知っていた筈なのに改めて隆晴の偉大さに感嘆する。
 雲の上の人、と思いつつも、優斗にとってはやはり頼りになる先輩だった。

 明日から、泊まりに来る。泊まり、だ。優斗は友人を家に泊める事にずっと憧れていた。
 部屋は俺の部屋でいいかな。俺は床に布団敷いてもいいし、リビングでもいいし。考える程にソワソワして、その日は寝付けないという子供のような事態になってしまった。

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