82 / 208
6巻
6-2
しおりを挟む
「ふぅ、片付けをしたから大分汚れてしまったな。風呂にでも入るか」
「ゼフが最初に入ってもいいわよ。お湯を作るのお手のものでしょ?」
「まぁな。ではそうさせてもらおうか」
ここはミリィの言う通りにしよう。湯沸かしは地味に魔導の細かいコントロールを必要とするからな。セルベリエはともかく、ミリィにはまだ難しい。
「二番目は誰が入るー?」
「じゃんけんで決めましょ! じゃーんけーん……」
レディアの掛け声で、じゃんけん大会が始まった。
仲が良いのは結構なことだ。ワイワイ騒ぐのを聞きながら、ワシは風呂へと足を運ぶ。
魔導で風呂桶に水を張り、上手く加減して熱を加え、湯を作る。
この家の風呂場は広く、まだ完全に掃除が終わっているわけではないが使う分には問題ない。
大掃除をしたせいで、すっかり埃まみれになってしまったからな。
ワシは掛け湯をし、湯船に浸かった。
「ふぃ、極楽極楽……」
くつろいでいると、バタバタと足音が聞こえてきた。
曇りガラスから見えるのは、クロードの影だ。
「ゼフ君、タオルと着替え、置いておきますね」
「あぁ、ありがとう」
「それとその……よければ背中を流しますが」
「うむ」
「で、では……」
ん? 今、何も考えずに返事をしてしまったが、妙なことを言っていたような……そう考えた瞬間、カラカラと音を立て、引き戸が開く。
そこには薄着を纏ったクロードが立っていた。
「ぶっ!? な、どういうことだクロードっ!?」
「ゼフ君にはいつもお世話になっていますし、たまにはいいかなぁと……その……」
クロードは言いながら、顔を真っ赤にしている。
恥ずかしいならやらねばいいだろうに……まさか、じゃんけんか何かの罰ゲームか?
だとしたら仕方ない、付き合ってやるか。
「……わかった、では頼むとしよう」
「は、はいっ!」
湯船から上がり、洗い場の椅子に腰かける。
背中からひたひたと、クロードの近づく足音。
ワシの首元に、クロードの吐息がかかる。
……なんだか緊張するな。
「……失礼します」
ぴたりとクロードの手がワシの背に触れる。
「ゼフ君の背中……結構大きいんですね……」
「おい、流してくれないのか?」
「あ! えと、すみません。すぐに」
慌てた様子で、クロードはワシの背をごしごしと擦り始めた。
一通り背中を擦り終えると、今度は指で背中を押してくる。
剣で鍛えたクロードの力は結構強く、的確に背中のツボを刺激してくれた。
「ん、どうですか?」
「うむ、気持ちいいぞクロード」
「えへへ、ありがとうございます」
しばらくクロードの奉仕に身を任せていると、またバタバタと足音が聞こえてきた。
それを聞いたクロードの手が、ぴくんと震える。
「ねーゼフーっ! クロード知らないー?」
この声は、ミリィか。
「クロードならここに……んぐっ!?」
返事しようとすると、クロードに口を塞がれてしまう。
もしかしてクロードのやつ、自分の意思でワシの背中を流しに来たのか。何というか、大胆な……
振り返れば、そこには涙目で訴えるクロード。ワシは溜息を吐いて口を開く。
「……知るわけないだろう、外にでも行ってるのではないか?」
「おっかしーなぁ、次はクロードがお風呂に入る番なのに……外探してくるねっ!」
「あぁ」
足音が遠ざかるのを聞きながら、ワシとクロードは安堵の息を漏らした。
「あ、そーだ。ゼフ、背中でも流してあげよっか?」
「ぶっ!? ば、馬鹿を言うな」
「じょーだんよ、じょーだん。本気にした? にひひっ」
本気で行動を起こした奴がここに一人いるのだが。
驚いてワシに抱きついたクロードの心臓が、バクバク言っているのが背中越しに伝わってくる。
今度こそ、ミリィの足音は完全に遠ざかった。
「ふぅ、まったく驚いたぞ」
「すみませんゼフ君、ボクのせいで……」
「まぁ構わんがな……しかしクロード、お前少し様子が変ではないか?」
クロードは皆といる時は、こんなことをしてくる奴ではないのだが。
ワシの言葉にクロードは目を伏せる。
「はい……最近何か、ゼフ君が遠くに行ってしまうような気がして……」
「それでこんなことを、か?」
「すみません……」
叱られた犬のように、しょげているクロード。
ワシはクロードの頭に手を載せ、ゆっくりと撫でた。
「心配するな。ワシはどこにも行かんさ」
「ゼフ君……」
なんだかんだで、彼女らはいい仲間に育ってくれた。
別れを告げるつもりなど、毛頭ない。彼女らといるのは楽しいし……効率もいいしな。くっくっ。
「それより、クロードの服が濡れてしまったな。ワシはそろそろ上がるから、ゆっくり浸かっていくといい」
「はい、ありがとうございます」
軽く湯で身体を洗い流すと、ワシは戸を開け外に出るのだった。
◆ ◆ ◆
ゼフが上がった後、クロードは湯に身を沈めながらぼんやりと呟く。
「ゼフ君……」
何度言ったかわからない、彼の名。
ゼフのことを考えるたび、クロードは胸が締めつけられるような気持ちになった。
やはり自分は、ゼフのことが好きなのだろう。その気持ちにはずっと前から気づいていた。
「でも……ダメだ……」
抑えようとしても、あふれてくるこの想い。それはどんどん強くなってきている。
しかしゼフは自分のことなど、一人の仲間としか思っていないはず。
この想いを伝えたら、きっと一緒にいられなくなる。
だから、抑えるしかなかった。
「ボクは……どうすれば……」
湯船に立ち上る泡が割れ、消えていくのが自身の行く末を表しているように思えた。
クロードは湯船の中、一人身を抱えるのだった。
◆ ◆ ◆
全員が風呂に入り終わるのを待ち、頃合いを見計らって屋根裏から二階に下りて、ミリィとレディアの部屋にお邪魔する。
魔力線の強化を施すためだ。
魔力線は身体に張り巡らされた魔力の通る線で、これを強化することで魔導の力を上げることができる。
「では、まずミリィからだな」
「う、うん」
もじもじしながら布団に寝そべったミリィの背に手を這わせる。
意識を集中させると感じるミリィの魔力線は、大樹を思わせるほどに太く、力強い。
これほどの魔力を持つミリィには魔力線の強化など何の意味もないのだが、皆と同じようにしてくれと言うのである。
ただのマッサージにしかならないのだが、本人たっての希望だ。仕方あるまい。
ゆっくりとミリィの背を揉みほぐしていく。
「あ……いたっ! も、もっと優しくしてよぉ」
「大分凝っているようだな。運動不足だぞミリィ」
「うぅ……」
家の掃除で筋肉痛にでもなったのだろう。力仕事を率先してやっていたしな。
小さいくせに無理をするからこうなるのだ。
あまり強くすると痛がるので、ゆっくり優しくミリィの背中を押していく。
しばらくすると満足がいったのか、ミリィはすぅすぅと寝息を立て始めた。
「あっはは、ミリィちゃん、寝ちゃったね~」
「ワシのマッサージの腕も上がってきたのかもな」
「じゃ~ゼフっちの腕、堪能させてもらおうかしら~」
そう言って、ソファの上に横たわるレディア。
鍛えられたしなやかな筋肉に思わず見惚れる。
「レディアには、マッサージなど必要なさそうなものだが……」
「何言ってんのよ~、肩とか凝っちゃって大変なんだから~」
困ったように笑うレディアの胸は確かに重そうだ。胸の大きな女性は肩凝りに悩まされるとよく聞く。
しかし、マッサージは次の機会としよう。クロードたちも待っているだろうしな。
右手に魔力を集め、レディアの背に手を当てる。
「あまり声を出すなよ、レディア。ミリィが起きてしまうからな」
「気をつけるけど、つい声が出ちゃうのよね~……んっ」
レディアの魔力線に刺激を与え、それを太くするのがこの修業の目的である。
最近これを施す人数が増えてきていて、日によっては全員にできないこともあるが、元々魔力線の弱いレディアにだけはしっかりやっておかねばならない。
しばらくすると、レディアは眠ってしまった。
「……お休みレディア」
「ん~……ゼフっちぃ~……」
寝言でワシの名を呼ぶレディアに別れを告げ、今度は下の階に下りてクロードたちの部屋をノックする。
中に入ると二人の部屋はもうすでに結構片付いており、布団のみが敷かれていた。
「最近忙しかったから、久しぶりですよね」
「そういえばそうだな」
「よ、よろしくお願いします」
早速上着を脱いで横たわるクロード。
クロードの魔力線も大分発達してきた。
彼女の固有魔導スクリーンポイントによる魔導の無効化――厳密にいえば完全無効化ではなく、魔導の効果を大幅に減じるのだが――は、術者の魔力が大きいほど無効化する力が弱まる。
故にクロードは魔力線の強化と並行して、魔力を抑える特訓もしている。
その成果もあり、細かい魔力のコントロールはミリィより上であろう。
「ん……っ」
シルシュも大分慣れてきたようで、クロードへの魔力線の強化を行っている間も理性を失うようなことはなくなっていた。
シルシュは原種の獣人の特性として、感情が高ぶると狂獣化――理性を失い暴走することがある。
魔力線の強化は見ているだけでも刺激が強いらしく、シルシュはいつも暴走していたため今回もクロードに縄で縛っておいてもらったのだが、そろそろ必要ないかもしれない。
狂獣化を抑えるためにも、魔力のコントロールができるに越したことはないからな。シルシュにも魔力線の強化を積極的にやっていきたいところだ。
部屋の中を、クロードの小さな声が響き続ける。
しばらくすると、シルシュが何かに気づいて扉の方をちらりと見た。
「セルベリエさん……?」
「っ!?」
シルシュの声に反応するように、ガタガタと物音がした。
ワシが扉を開けると、あらわれたのは廊下でうずくまるセルベリエ。逃げようとしてずっこけたのか、涙目で尻を押さえている。
「何をしているのだ、セルベリエ……」
「ぜ、ゼフこそ一体、何をしているっ!」
「どうかしたのですか?」
ワシの後ろから、前をシーツで隠したクロードと縄で縛られたシルシュが近づいてきた。
「こ……こんな……ふしだらだっ!」
あられもない二人の姿を見たセルベリエは真っ赤になっていた。
これはしまったな……言い訳のしようがない状況だ。
どうしたものかと考えていると、後退りするセルベリエを、いつの間にか縄に縛られたままのシルシュが押し倒していた。
「セルベリエさんも……一緒にしますかぁ……?」
「はあっ!? な、何を言ってんぐっ!?」
とろんとした顔のシルシュが、セルベリエの口を塞ぐ。
シルシュの髪は桃色に染まっていた。どうやら感情が高ぶり、発情してしまったようだ。
理性を失ったシルシュが、セルベリエの上に伸し掛かっていた。
セルベリエも突然の展開についていけないのか、シルシュから上手く逃げられないでいる。
「シルシュさん! 待て! おすわり!」
「~♪」
クロードの制止の声も届かないらしく、なおもセルベリエに擦り寄るシルシュ。
うーむ、これはどうしたものか。この状態になったシルシュに下手に触ると、ワシまで巻き込まれる危険がある。
かといって、放っておくわけにもいかんし……
戸惑うワシらの前で、セルベリエは――ぽろりと涙をこぼした。
「セルベリエ……さん……?」
「はな……せ……ばかやろう……っ!」
咄嗟に両手で顔を隠したが、声からして泣いているのは明白である。
やばい、これは地雷を踏んでしまったかもしれない。
一瞬、動きの止まったシルシュを掴み、スリープコードを念じる。
そして眠りに落ちて倒れたシルシュを担ぎ、セルベリエから退かした。
「だ、大丈夫か? セルベリエ」
「う……うぅ~っ! くそ、くそっ!」
セルベリエはそう言うと、乱れた服を直しながら自分の部屋に逃げていったのだった。
あー……これはしまったな。明日ちゃんとフォローしておかねば。
◆ ◆ ◆
――翌日、シルシュと共にセルベリエの部屋に謝りに行くと、セルベリエは不貞腐れるように両膝を抱え、部屋の隅でうずくまっていた。
警戒するようにこちらを睨む目は、あまり眠れていないのか、充血して真っ赤である。
シルシュは早速床に頭を擦りつけ、土下座して謝る。
「申し訳ありませんでしたっ! セルベリエさんっ!」
「……出ていけ」
「ひぅっ!?」
シルシュを冷たく見下ろすセルベリエの目は、完全に据わっていた。
シルシュは完全にビビってしまっている。自業自得ではあるが、すぐに止めなかったワシもある意味同罪だ。少しは誠意を見せねばな。
「あ~その……ちょっといいか? セルベリエ」
「……」
セルベリエに声をかけると、無言で睨みつけてくる。
凄まじいプレッシャーだ。戦闘中より怖い。
「……シルシュは原種というちょっと変わった獣人で、髪が赤色になると理性を失ってしまうのだ。ほら、獣人は興奮すると性格が荒っぽくなるではないか。シルシュはそれがちょっと激しいんだよ」
「……知ったことか」
ワシの弁解も一蹴である。相当怒っているようで、そっぽを向いてしまった。
「ど、どうしましょう、ゼフさん……」
「うーむ……参ったな……」
沈黙が部屋を包む。
何と言おうか考えていると、突如後ろの扉が開いた。
「セルベリエーっ! ……ってあれ? ゼフにシルシュも」
「ミリィではないか」
扉からあらわれたミリィは、重い空気など何のその、というように明るい表情をしている。
「丁度いいや♪ ねっ、今から水着買いに行きましょうよ!」
「えと……私はいいですけど……」
戸惑うシルシュに構うことなく、ミリィはワシらの腕を取って立ち上がらせる。
そして腕を組み、ワシらを連れてセルベリエの方へと歩み寄っていった。
セルベリエの近づくなオーラを物ともせず、軽い足取りで進んでいく。
セルベリエの目の前でワシらを放すと、ミリィはセルベリエの手を掴んだ。
「ぁ……」
「ねっ!」
意外なほどすんなりと立ち上がったセルベリエは、ミリィに手を引かれて部屋から出ていった。
その様子を見たシルシュが呆然として呟く。
「すごいですねぇ、ミリィさん……」
確かに、ワシらの言うことにまったく耳を貸さなかったセルベリエが、ミリィにはあっさり従うとはな。
やるではないか。ミリィ。
「あれでも一応リーダーだしな。それにセルベリエもミリィみたいな子供に誘われて、拗ねているわけにもいかなかったのではないか?」
「ふふ、ゼフさんたら、ミリィさんのこと認めてるくせに♪」
「……ふん」
見透かしたように、くすくすと笑うシルシュ。
「ゼフーっ! シルシューっ! 早く来なよぉーっ!」
「今行く」
遠くから聞こえるミリィの声に応え、ワシらも外へ出るのであった。
◆ ◆ ◆
街へ出て辿り着いたのは大きな服屋。首都でも数少ない、水着を売っている店である。
シロガネ商店系列の店なのだが、商店の主であるアードライはいないであろうな。
あいつは、ミリィを変な目で見ている危険な奴だ。
……見渡すが、流石に無用な心配だったらしい。
一安心したワシは、店の前で皆に告げる。
「それでは、ワシは別行動にさせてもらうよ」
「え~っ! 何でよ!」
「ミリィさん、こういう店に男性は入りにくいものですよ。それにゼフ君も何か用事があるのでしょうから」
しょっちゅう男扱いされ、逆の立場をよく味わっていたのであろう。
ナイスフォロー、クロード。
「そうね~。それにどうせなら当日まで隠しておいて、海で見せたほうがいいっしょ? クロちゃんもそれを狙ってたんだよね~」
「ちょ……違いますよ! 訂正してくださいレディアさんっ!」
「ふふーん、楽しみにしておいてね、ゼフ! すっごくせくしーなの、選んじゃうから」
胸を張って自信満々に言うミリィ。
「あぁそうだな、楽しみだ」
「ってちょーっ! 何でレディアの方を見て言ってるのよっ!」
まぁミリィはともかく、皆の水着姿は結構楽しみである。期待させてもらうとするかな。
「では、私も別行動ということで……」
こそこそと離脱を試みるセルベリエの腕を、ミリィががしりと掴む。
「セルベリエっ、一緒に買いましょうよ! 似合うの選んであげるからさっ! 一緒にゼフをのーさつしましょっ!」
「む……おいゼフ……」
ミリィに引っ張られたセルベリエが、助けを求めるようにこちらを見てくるが、ワシは首を横に振った。
「いいじゃないか。ミリィに選んでもらえよ。丁度サイズも同じくらいだろ」
「なっ……!」
文句を言おうとするセルベリエとミリィに手を振り、別れを告げる。
――さて、サザン島に行くとなれば、しばらく大きな店では買い物ができぬだろうからな。
必要なものは、首都で揃えておいたほうがいい。
この間の天魔祭でユカタを売ってかなり金を稼ぐことができたし、イエラに家を貰ったからその分も浮いている。
露店を物色しながら歩いていると、練乳のような白い液体の入った小瓶が目に入る。
「お、珍しい。霊力回復薬か」
これは魔力回復薬を濃縮したもので、飲むとたちどころに魔力を全回復させる妙薬である。
ボスクラスの魔物のアイテムドロップでしか手に入らないため、値段も高く出回る量も少ないが、緊急時にいくつか持っているといざという時に便利だ。
とりあえず見かけた分、全て買ってしまうことにした。三つで百万ルピと高額だが、その価値はあるはずだ。
「ん……ジェムストーンもあまりないな」
アインの奴め、最近呼んでないのにバクバクと食べていたようだ。
少し言っておかねばならないだろう。
路地裏に入ってサモンサーバントを念じると、眩い光の中からワシの使い魔であるアインがあらわれる。
……が、その顔は普段にも増してだらけており、服も少し着崩れているという有様であった。
「おはよぉ~おじい~」
「……今はもう昼近いぞ」
「ありゃ~そだっけ? ふぁ~……」
「……」
というかこいつ、なんか大きくなってる気がする。
目を擦りながら欠伸をするアインの腹を指で摘んだ。
ぷにぷにと柔らかい感触が指先から伝わってくる。
「ひゃっ!? お、おじい!? 何すんのよっ!」
「……やはり太っているな。最近呼ばなかったから、食っちゃ寝していたのだろう」
「あんっ、ちょ……は、放してよぉ~っ」
アインの腹肉を抓り上げると、その度にアインがくすぐったそうな声を上げる。
「これは痩せなければならんな」
「えっ……まさかおじい……」
アインが顔を青くしながらワシの顔を見上げる。
ごはんを抜かれるのを心配しているのだろうか。
「安心しろ。食事を制限するようなことはしない」
「よ、よかったぁ~」
心底安堵したアインに、しかしワシはニヤリと笑う。
「代わりに、合成魔導の実験を色々試させてもらうがな」
「えっ!?」
「今までは自由に使える金が少なかったからあまり試せなかったが、今は大量にある。今のうちに試しておかねばなぁ? アイン」
「あ、あの~それって……?」
「神剣アインベルでどこまでやれるか……という実験だ」
「やっぱり~っ!?」
「なに、無茶はしないさ」
「ウソだっ! 無茶してることのほうが多かったもん!」
抗議の声を上げるアインを引っ込めて、ワシは露店広場で大量のジェムストーンを集め回ったのであった。
魔物の群れがいるというサザン島で、存分に実験させてもらうとしよう。くっくっ、楽しみだ。
◆ ◆ ◆
「ゼフが最初に入ってもいいわよ。お湯を作るのお手のものでしょ?」
「まぁな。ではそうさせてもらおうか」
ここはミリィの言う通りにしよう。湯沸かしは地味に魔導の細かいコントロールを必要とするからな。セルベリエはともかく、ミリィにはまだ難しい。
「二番目は誰が入るー?」
「じゃんけんで決めましょ! じゃーんけーん……」
レディアの掛け声で、じゃんけん大会が始まった。
仲が良いのは結構なことだ。ワイワイ騒ぐのを聞きながら、ワシは風呂へと足を運ぶ。
魔導で風呂桶に水を張り、上手く加減して熱を加え、湯を作る。
この家の風呂場は広く、まだ完全に掃除が終わっているわけではないが使う分には問題ない。
大掃除をしたせいで、すっかり埃まみれになってしまったからな。
ワシは掛け湯をし、湯船に浸かった。
「ふぃ、極楽極楽……」
くつろいでいると、バタバタと足音が聞こえてきた。
曇りガラスから見えるのは、クロードの影だ。
「ゼフ君、タオルと着替え、置いておきますね」
「あぁ、ありがとう」
「それとその……よければ背中を流しますが」
「うむ」
「で、では……」
ん? 今、何も考えずに返事をしてしまったが、妙なことを言っていたような……そう考えた瞬間、カラカラと音を立て、引き戸が開く。
そこには薄着を纏ったクロードが立っていた。
「ぶっ!? な、どういうことだクロードっ!?」
「ゼフ君にはいつもお世話になっていますし、たまにはいいかなぁと……その……」
クロードは言いながら、顔を真っ赤にしている。
恥ずかしいならやらねばいいだろうに……まさか、じゃんけんか何かの罰ゲームか?
だとしたら仕方ない、付き合ってやるか。
「……わかった、では頼むとしよう」
「は、はいっ!」
湯船から上がり、洗い場の椅子に腰かける。
背中からひたひたと、クロードの近づく足音。
ワシの首元に、クロードの吐息がかかる。
……なんだか緊張するな。
「……失礼します」
ぴたりとクロードの手がワシの背に触れる。
「ゼフ君の背中……結構大きいんですね……」
「おい、流してくれないのか?」
「あ! えと、すみません。すぐに」
慌てた様子で、クロードはワシの背をごしごしと擦り始めた。
一通り背中を擦り終えると、今度は指で背中を押してくる。
剣で鍛えたクロードの力は結構強く、的確に背中のツボを刺激してくれた。
「ん、どうですか?」
「うむ、気持ちいいぞクロード」
「えへへ、ありがとうございます」
しばらくクロードの奉仕に身を任せていると、またバタバタと足音が聞こえてきた。
それを聞いたクロードの手が、ぴくんと震える。
「ねーゼフーっ! クロード知らないー?」
この声は、ミリィか。
「クロードならここに……んぐっ!?」
返事しようとすると、クロードに口を塞がれてしまう。
もしかしてクロードのやつ、自分の意思でワシの背中を流しに来たのか。何というか、大胆な……
振り返れば、そこには涙目で訴えるクロード。ワシは溜息を吐いて口を開く。
「……知るわけないだろう、外にでも行ってるのではないか?」
「おっかしーなぁ、次はクロードがお風呂に入る番なのに……外探してくるねっ!」
「あぁ」
足音が遠ざかるのを聞きながら、ワシとクロードは安堵の息を漏らした。
「あ、そーだ。ゼフ、背中でも流してあげよっか?」
「ぶっ!? ば、馬鹿を言うな」
「じょーだんよ、じょーだん。本気にした? にひひっ」
本気で行動を起こした奴がここに一人いるのだが。
驚いてワシに抱きついたクロードの心臓が、バクバク言っているのが背中越しに伝わってくる。
今度こそ、ミリィの足音は完全に遠ざかった。
「ふぅ、まったく驚いたぞ」
「すみませんゼフ君、ボクのせいで……」
「まぁ構わんがな……しかしクロード、お前少し様子が変ではないか?」
クロードは皆といる時は、こんなことをしてくる奴ではないのだが。
ワシの言葉にクロードは目を伏せる。
「はい……最近何か、ゼフ君が遠くに行ってしまうような気がして……」
「それでこんなことを、か?」
「すみません……」
叱られた犬のように、しょげているクロード。
ワシはクロードの頭に手を載せ、ゆっくりと撫でた。
「心配するな。ワシはどこにも行かんさ」
「ゼフ君……」
なんだかんだで、彼女らはいい仲間に育ってくれた。
別れを告げるつもりなど、毛頭ない。彼女らといるのは楽しいし……効率もいいしな。くっくっ。
「それより、クロードの服が濡れてしまったな。ワシはそろそろ上がるから、ゆっくり浸かっていくといい」
「はい、ありがとうございます」
軽く湯で身体を洗い流すと、ワシは戸を開け外に出るのだった。
◆ ◆ ◆
ゼフが上がった後、クロードは湯に身を沈めながらぼんやりと呟く。
「ゼフ君……」
何度言ったかわからない、彼の名。
ゼフのことを考えるたび、クロードは胸が締めつけられるような気持ちになった。
やはり自分は、ゼフのことが好きなのだろう。その気持ちにはずっと前から気づいていた。
「でも……ダメだ……」
抑えようとしても、あふれてくるこの想い。それはどんどん強くなってきている。
しかしゼフは自分のことなど、一人の仲間としか思っていないはず。
この想いを伝えたら、きっと一緒にいられなくなる。
だから、抑えるしかなかった。
「ボクは……どうすれば……」
湯船に立ち上る泡が割れ、消えていくのが自身の行く末を表しているように思えた。
クロードは湯船の中、一人身を抱えるのだった。
◆ ◆ ◆
全員が風呂に入り終わるのを待ち、頃合いを見計らって屋根裏から二階に下りて、ミリィとレディアの部屋にお邪魔する。
魔力線の強化を施すためだ。
魔力線は身体に張り巡らされた魔力の通る線で、これを強化することで魔導の力を上げることができる。
「では、まずミリィからだな」
「う、うん」
もじもじしながら布団に寝そべったミリィの背に手を這わせる。
意識を集中させると感じるミリィの魔力線は、大樹を思わせるほどに太く、力強い。
これほどの魔力を持つミリィには魔力線の強化など何の意味もないのだが、皆と同じようにしてくれと言うのである。
ただのマッサージにしかならないのだが、本人たっての希望だ。仕方あるまい。
ゆっくりとミリィの背を揉みほぐしていく。
「あ……いたっ! も、もっと優しくしてよぉ」
「大分凝っているようだな。運動不足だぞミリィ」
「うぅ……」
家の掃除で筋肉痛にでもなったのだろう。力仕事を率先してやっていたしな。
小さいくせに無理をするからこうなるのだ。
あまり強くすると痛がるので、ゆっくり優しくミリィの背中を押していく。
しばらくすると満足がいったのか、ミリィはすぅすぅと寝息を立て始めた。
「あっはは、ミリィちゃん、寝ちゃったね~」
「ワシのマッサージの腕も上がってきたのかもな」
「じゃ~ゼフっちの腕、堪能させてもらおうかしら~」
そう言って、ソファの上に横たわるレディア。
鍛えられたしなやかな筋肉に思わず見惚れる。
「レディアには、マッサージなど必要なさそうなものだが……」
「何言ってんのよ~、肩とか凝っちゃって大変なんだから~」
困ったように笑うレディアの胸は確かに重そうだ。胸の大きな女性は肩凝りに悩まされるとよく聞く。
しかし、マッサージは次の機会としよう。クロードたちも待っているだろうしな。
右手に魔力を集め、レディアの背に手を当てる。
「あまり声を出すなよ、レディア。ミリィが起きてしまうからな」
「気をつけるけど、つい声が出ちゃうのよね~……んっ」
レディアの魔力線に刺激を与え、それを太くするのがこの修業の目的である。
最近これを施す人数が増えてきていて、日によっては全員にできないこともあるが、元々魔力線の弱いレディアにだけはしっかりやっておかねばならない。
しばらくすると、レディアは眠ってしまった。
「……お休みレディア」
「ん~……ゼフっちぃ~……」
寝言でワシの名を呼ぶレディアに別れを告げ、今度は下の階に下りてクロードたちの部屋をノックする。
中に入ると二人の部屋はもうすでに結構片付いており、布団のみが敷かれていた。
「最近忙しかったから、久しぶりですよね」
「そういえばそうだな」
「よ、よろしくお願いします」
早速上着を脱いで横たわるクロード。
クロードの魔力線も大分発達してきた。
彼女の固有魔導スクリーンポイントによる魔導の無効化――厳密にいえば完全無効化ではなく、魔導の効果を大幅に減じるのだが――は、術者の魔力が大きいほど無効化する力が弱まる。
故にクロードは魔力線の強化と並行して、魔力を抑える特訓もしている。
その成果もあり、細かい魔力のコントロールはミリィより上であろう。
「ん……っ」
シルシュも大分慣れてきたようで、クロードへの魔力線の強化を行っている間も理性を失うようなことはなくなっていた。
シルシュは原種の獣人の特性として、感情が高ぶると狂獣化――理性を失い暴走することがある。
魔力線の強化は見ているだけでも刺激が強いらしく、シルシュはいつも暴走していたため今回もクロードに縄で縛っておいてもらったのだが、そろそろ必要ないかもしれない。
狂獣化を抑えるためにも、魔力のコントロールができるに越したことはないからな。シルシュにも魔力線の強化を積極的にやっていきたいところだ。
部屋の中を、クロードの小さな声が響き続ける。
しばらくすると、シルシュが何かに気づいて扉の方をちらりと見た。
「セルベリエさん……?」
「っ!?」
シルシュの声に反応するように、ガタガタと物音がした。
ワシが扉を開けると、あらわれたのは廊下でうずくまるセルベリエ。逃げようとしてずっこけたのか、涙目で尻を押さえている。
「何をしているのだ、セルベリエ……」
「ぜ、ゼフこそ一体、何をしているっ!」
「どうかしたのですか?」
ワシの後ろから、前をシーツで隠したクロードと縄で縛られたシルシュが近づいてきた。
「こ……こんな……ふしだらだっ!」
あられもない二人の姿を見たセルベリエは真っ赤になっていた。
これはしまったな……言い訳のしようがない状況だ。
どうしたものかと考えていると、後退りするセルベリエを、いつの間にか縄に縛られたままのシルシュが押し倒していた。
「セルベリエさんも……一緒にしますかぁ……?」
「はあっ!? な、何を言ってんぐっ!?」
とろんとした顔のシルシュが、セルベリエの口を塞ぐ。
シルシュの髪は桃色に染まっていた。どうやら感情が高ぶり、発情してしまったようだ。
理性を失ったシルシュが、セルベリエの上に伸し掛かっていた。
セルベリエも突然の展開についていけないのか、シルシュから上手く逃げられないでいる。
「シルシュさん! 待て! おすわり!」
「~♪」
クロードの制止の声も届かないらしく、なおもセルベリエに擦り寄るシルシュ。
うーむ、これはどうしたものか。この状態になったシルシュに下手に触ると、ワシまで巻き込まれる危険がある。
かといって、放っておくわけにもいかんし……
戸惑うワシらの前で、セルベリエは――ぽろりと涙をこぼした。
「セルベリエ……さん……?」
「はな……せ……ばかやろう……っ!」
咄嗟に両手で顔を隠したが、声からして泣いているのは明白である。
やばい、これは地雷を踏んでしまったかもしれない。
一瞬、動きの止まったシルシュを掴み、スリープコードを念じる。
そして眠りに落ちて倒れたシルシュを担ぎ、セルベリエから退かした。
「だ、大丈夫か? セルベリエ」
「う……うぅ~っ! くそ、くそっ!」
セルベリエはそう言うと、乱れた服を直しながら自分の部屋に逃げていったのだった。
あー……これはしまったな。明日ちゃんとフォローしておかねば。
◆ ◆ ◆
――翌日、シルシュと共にセルベリエの部屋に謝りに行くと、セルベリエは不貞腐れるように両膝を抱え、部屋の隅でうずくまっていた。
警戒するようにこちらを睨む目は、あまり眠れていないのか、充血して真っ赤である。
シルシュは早速床に頭を擦りつけ、土下座して謝る。
「申し訳ありませんでしたっ! セルベリエさんっ!」
「……出ていけ」
「ひぅっ!?」
シルシュを冷たく見下ろすセルベリエの目は、完全に据わっていた。
シルシュは完全にビビってしまっている。自業自得ではあるが、すぐに止めなかったワシもある意味同罪だ。少しは誠意を見せねばな。
「あ~その……ちょっといいか? セルベリエ」
「……」
セルベリエに声をかけると、無言で睨みつけてくる。
凄まじいプレッシャーだ。戦闘中より怖い。
「……シルシュは原種というちょっと変わった獣人で、髪が赤色になると理性を失ってしまうのだ。ほら、獣人は興奮すると性格が荒っぽくなるではないか。シルシュはそれがちょっと激しいんだよ」
「……知ったことか」
ワシの弁解も一蹴である。相当怒っているようで、そっぽを向いてしまった。
「ど、どうしましょう、ゼフさん……」
「うーむ……参ったな……」
沈黙が部屋を包む。
何と言おうか考えていると、突如後ろの扉が開いた。
「セルベリエーっ! ……ってあれ? ゼフにシルシュも」
「ミリィではないか」
扉からあらわれたミリィは、重い空気など何のその、というように明るい表情をしている。
「丁度いいや♪ ねっ、今から水着買いに行きましょうよ!」
「えと……私はいいですけど……」
戸惑うシルシュに構うことなく、ミリィはワシらの腕を取って立ち上がらせる。
そして腕を組み、ワシらを連れてセルベリエの方へと歩み寄っていった。
セルベリエの近づくなオーラを物ともせず、軽い足取りで進んでいく。
セルベリエの目の前でワシらを放すと、ミリィはセルベリエの手を掴んだ。
「ぁ……」
「ねっ!」
意外なほどすんなりと立ち上がったセルベリエは、ミリィに手を引かれて部屋から出ていった。
その様子を見たシルシュが呆然として呟く。
「すごいですねぇ、ミリィさん……」
確かに、ワシらの言うことにまったく耳を貸さなかったセルベリエが、ミリィにはあっさり従うとはな。
やるではないか。ミリィ。
「あれでも一応リーダーだしな。それにセルベリエもミリィみたいな子供に誘われて、拗ねているわけにもいかなかったのではないか?」
「ふふ、ゼフさんたら、ミリィさんのこと認めてるくせに♪」
「……ふん」
見透かしたように、くすくすと笑うシルシュ。
「ゼフーっ! シルシューっ! 早く来なよぉーっ!」
「今行く」
遠くから聞こえるミリィの声に応え、ワシらも外へ出るのであった。
◆ ◆ ◆
街へ出て辿り着いたのは大きな服屋。首都でも数少ない、水着を売っている店である。
シロガネ商店系列の店なのだが、商店の主であるアードライはいないであろうな。
あいつは、ミリィを変な目で見ている危険な奴だ。
……見渡すが、流石に無用な心配だったらしい。
一安心したワシは、店の前で皆に告げる。
「それでは、ワシは別行動にさせてもらうよ」
「え~っ! 何でよ!」
「ミリィさん、こういう店に男性は入りにくいものですよ。それにゼフ君も何か用事があるのでしょうから」
しょっちゅう男扱いされ、逆の立場をよく味わっていたのであろう。
ナイスフォロー、クロード。
「そうね~。それにどうせなら当日まで隠しておいて、海で見せたほうがいいっしょ? クロちゃんもそれを狙ってたんだよね~」
「ちょ……違いますよ! 訂正してくださいレディアさんっ!」
「ふふーん、楽しみにしておいてね、ゼフ! すっごくせくしーなの、選んじゃうから」
胸を張って自信満々に言うミリィ。
「あぁそうだな、楽しみだ」
「ってちょーっ! 何でレディアの方を見て言ってるのよっ!」
まぁミリィはともかく、皆の水着姿は結構楽しみである。期待させてもらうとするかな。
「では、私も別行動ということで……」
こそこそと離脱を試みるセルベリエの腕を、ミリィががしりと掴む。
「セルベリエっ、一緒に買いましょうよ! 似合うの選んであげるからさっ! 一緒にゼフをのーさつしましょっ!」
「む……おいゼフ……」
ミリィに引っ張られたセルベリエが、助けを求めるようにこちらを見てくるが、ワシは首を横に振った。
「いいじゃないか。ミリィに選んでもらえよ。丁度サイズも同じくらいだろ」
「なっ……!」
文句を言おうとするセルベリエとミリィに手を振り、別れを告げる。
――さて、サザン島に行くとなれば、しばらく大きな店では買い物ができぬだろうからな。
必要なものは、首都で揃えておいたほうがいい。
この間の天魔祭でユカタを売ってかなり金を稼ぐことができたし、イエラに家を貰ったからその分も浮いている。
露店を物色しながら歩いていると、練乳のような白い液体の入った小瓶が目に入る。
「お、珍しい。霊力回復薬か」
これは魔力回復薬を濃縮したもので、飲むとたちどころに魔力を全回復させる妙薬である。
ボスクラスの魔物のアイテムドロップでしか手に入らないため、値段も高く出回る量も少ないが、緊急時にいくつか持っているといざという時に便利だ。
とりあえず見かけた分、全て買ってしまうことにした。三つで百万ルピと高額だが、その価値はあるはずだ。
「ん……ジェムストーンもあまりないな」
アインの奴め、最近呼んでないのにバクバクと食べていたようだ。
少し言っておかねばならないだろう。
路地裏に入ってサモンサーバントを念じると、眩い光の中からワシの使い魔であるアインがあらわれる。
……が、その顔は普段にも増してだらけており、服も少し着崩れているという有様であった。
「おはよぉ~おじい~」
「……今はもう昼近いぞ」
「ありゃ~そだっけ? ふぁ~……」
「……」
というかこいつ、なんか大きくなってる気がする。
目を擦りながら欠伸をするアインの腹を指で摘んだ。
ぷにぷにと柔らかい感触が指先から伝わってくる。
「ひゃっ!? お、おじい!? 何すんのよっ!」
「……やはり太っているな。最近呼ばなかったから、食っちゃ寝していたのだろう」
「あんっ、ちょ……は、放してよぉ~っ」
アインの腹肉を抓り上げると、その度にアインがくすぐったそうな声を上げる。
「これは痩せなければならんな」
「えっ……まさかおじい……」
アインが顔を青くしながらワシの顔を見上げる。
ごはんを抜かれるのを心配しているのだろうか。
「安心しろ。食事を制限するようなことはしない」
「よ、よかったぁ~」
心底安堵したアインに、しかしワシはニヤリと笑う。
「代わりに、合成魔導の実験を色々試させてもらうがな」
「えっ!?」
「今までは自由に使える金が少なかったからあまり試せなかったが、今は大量にある。今のうちに試しておかねばなぁ? アイン」
「あ、あの~それって……?」
「神剣アインベルでどこまでやれるか……という実験だ」
「やっぱり~っ!?」
「なに、無茶はしないさ」
「ウソだっ! 無茶してることのほうが多かったもん!」
抗議の声を上げるアインを引っ込めて、ワシは露店広場で大量のジェムストーンを集め回ったのであった。
魔物の群れがいるというサザン島で、存分に実験させてもらうとしよう。くっくっ、楽しみだ。
◆ ◆ ◆
0
お気に入りに追加
4,129
あなたにおすすめの小説


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。