効率厨魔導師、第二の人生で魔導を極める

謙虚なサークル

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4巻

4-3

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 セルべリエと念話しながら身支度をしていたため、すでに準備万端だ。
 よし、行くとしようか。
 窓から外を見ると、白み始めた空が見え、鳥のさえずる音も聞こえてきた。
 もうすぐ日の出か。がっつり修業するには中途半端な時間だが、町の周りを散策するくらいならできるだろう。
 宿屋を出ようとすると、宿屋の親父と会った。
 親父はワシを見てニヤリと笑う。

「おはようございます。いやはや、昨晩はお楽しみでしたね」
「ん? あーうむ……?」

 何を言っているのだろうか。
 妙な誤解が生じている気がするが、まぁいいか。
 相手をする時間も惜しいし、ワシは適当に返事をして外へ出た。

「……少し寒いな」

 海風が肌を刺すようだ。
 イズはあまり大きくないが、港町であるとともに首都への経由地でもある。
 そのせいか、まだ早朝なのに人通りも多く、活気に満ちていた。
 路地を抜け、町を囲む壁沿いに歩いていくと、門を守る屈強な兵士の姿が見えた。
 ワシに気づいたのか、その兵士はせいかんな目つきで笑いかけてきた。

「おはよう、少年!」
「あ、あぁ」

 彼らのような、人の出入りを管理している兵士は大体どの町にもいる。
 ベルタの街にいた頃は顔の広いレディアの名を出せば、ワシのような子供一人で外へ出てもとがめられることはなかった。
 しかし、ここではさすがにレディアの名は使えない。
 ワシ一人では少し説明が面倒だな。
 ……ここは強行突破と行くか。
 ワシはいったん家の陰に隠れ、ブラックコートを念じた。
 これは光の屈折を利用し、姿を隠す魔導だ。
 魔導の発動中は透明になることができるが、あまり速く動きすぎると屈折が追いつかず、透明効果がはがれてしまう。ゆっくりとしか動けないが、まぁそれなりに便利な魔導だ。
 そろりそろりと兵士の横をすり抜け、なんとか外に出た。
 どうやら気づかれてはいないようだ。
 ブラックコートを解除し、テレポートを念じる。
 何度かテレポートをして町から離れ、崖の上にある岩場で移動を止めた。
 崖っぷちの大きな岩に上ると、眼下には見渡す限りの荒野が広がっていた。
 北の大陸――ワシが前世の生涯の大半を過ごした地である。
 ざりざりとした岩の感触を踏みしめると、思わず顔がにやけてしまう。
 くっくっ、懐かしいではないか。
 岩から下りて軽い足取りで歩いているうちに、後ろから気配を感じた。
 振り返れば、岩のような形状の四足獣がうめき声を上げながらワシを見ている。
 赤い眼光と鋭い牙。ぽたぽたと垂れるよだれは地面に落ちるたび、シュウシュウと湯気を発していた。
 目の前の魔物にスカウトスコープを念じる。


 ロックウルフ
 レベル22
 魔力値
  2862/2862


 岩の魔物ロックウルフ、か。北の大陸の魔物では割とポピュラーな奴ではあるが、町の周りにいる中では強力な部類だ。
 この北の大陸は、ワシらが先日までいた東の大陸に比べて大地の魔力――マナが格段に高い。
 もちろん生まれてくる魔物の強さも段違いである。

「グルルァアアア!!」

 跳びかかってくるロックウルフの攻撃を後ろに下がってかわしつつ、レッドクラッシュを念じる。
 すると、炎がロックウルフを包み込み、一撃でほふった。
 ……ま、強いと言ってもワシの敵ではないがな。
 ガラガラと岩の身体が崩れ落ちた跡には、光る鉱石があった。ロックウルフは鉱石系のアイテムをよく落とすのだ。

「食いしん坊のアインのために、少しは稼いでおかないとな」

 袋にしまいつつ再び歩き始めると、左右の岩陰から二体のロックウルフがあらわれた。

「ガウゥゥウ……」
「ふん、二体での挟み撃ちならやれると思ったか。……だが、そんなに甘くはないぞ」

 襲いかかってくる左のロックウルフにレッドクラッシュを念じ、一撃で消し飛ばした。
 ガラガラと崩れ落ちる音を聞きながら、右のロックウルフの攻撃を蹴りでいなす。
 奴が転がっているうちに体勢を立て直し、向かってきたところにレッドクラッシュ。
 二体相手でも問題なし……まぁ今のワシなら当然だな。
 一息ついていると、また岩陰からロックウルフがあらわれた。
 やはりというか、かなり多いな。探す手間がなくて、ある意味助かるが。

「……そういえば一つ、試したいことがあったな」

 現在のワシは、時間停止魔導タイムスクエアのレベルが上がったことで、初等魔導であれば停止中に三回念じることができる。
 船の上で使った、くうすい系統クラッシュの三重合成魔導ヴォルカノンクラッシュ。同じ魔導を三つ合成するより、明らかに威力が高かった。
 あれはアインの力を借りて行ったが……己の力での初等魔導三重合成――試す価値はある。

「くっくっ、悪いが貴様で試させてもらうぞ」
「ウゥゥ……」

 うなり声を上げるロックウルフに手をかざし、タイムスクエアを念じる。
 時間停止中に念じるのは、レッドボール、ブラックボール、グリーンボール。
 ――三重合成魔導、ヴォルカノンボール。
 時が流れ始めると共に、右手から生まれた赤、黒、緑の三色の魔力球が混じり合い、ドロドロに溶けた赤茶の塊となって激しく渦巻いていく。
 先日使ったヴォルカノンクラッシュ、その初等魔導ボール版といったところか。

「……! ガウゥゥアア!」

 ワシの攻撃の気配に気づいたのか、ロックウルフが跳びかかってきた。
 それに目がけて、ヴォルカノンボールを放つ。
 溶岩の弾丸がロックウルフに飛んでいき、触れると同時に消し飛ばしてしまった。
 うむ、中々の威力である。
 しかし……

「これではどの程度の威力かわからんな」

 一撃で倒してしまってはな。手応えとしては、オーバーキル気味であったが。
 ……そういえば、アレがあったか。
 ごそごそと袋をまさぐり、以前サニーレイヴンから手に入れた宝剣フレイブランドを取り出した。

「これを使えば四重合成もいけるか」

 派遣魔導師のグレイン相手に使った四重合成魔導テトラクラッシュは、金色の光を放つ、ワシの最強魔導である。
 あの時はアインのおかげで四重合成に成功したが、フレイブランドを使えばワシ一人でも可能だろう。
 今回試すのは中等魔導のクラッシュではなく初等魔導のボールだ。しかし、それでもかなりの威力になるハズである。

「ガルル……」
「っと、次々に来るな」

 またも頃合いを見計らったかのようにあらわれたロックウルフ。
 ワシはフレイブランドを振るうと同時に、タイムスクエアを念じる。
 時間停止中に念じるのは、ブルーボール、ブラックボール、グリーンボール。
 ――四重合成魔導、テトラボール……っ!?
 それを発動させるつもりだったが、タイミングがずれてしまった。
 青・黒・緑の三つの魔力球が混ざり、無数の氷岩を巻き上げる嵐のような球が生まれ、それに遅れて火の玉が放たれた。
 やはり失敗だ。合成魔導とフレイブランドでのレッドボールがバラバラに発動してしまったようである。
 ロックウルフは一瞬で凍りつき、その直後、火の玉が当たって崩れ落ちていった。
 だが新たな発見だ。
 そうくうすいの合成魔導は、氷の塊を発生させるようだな。
 三重合成魔導、色々面白いことができそうである。

「とりあえず、アイシクルボールとでも名づけておくか」

 これまた、正確な威力はわからないのだがな。


 その後休憩を挟みつつ何度か試したが、テトラボールは成功しなかった。
 宝剣フレイブランドを手に入れて間もない頃に編み出したレッドボールトリプルも成功率は高くないが、今回は別系統の魔導を合成しようとしているせいか、さらに難易度が上がっているようである。
 かなりの集中力を必要とする魔導と同時に剣まで振るうのは、魔導・剣ともに達人級の腕前が必要だろう。
 剣の修業もせねばならないのか。
 ワシは魔導師なのだがな……
 しかもアイシクルボールでは、時々ロックウルフを仕留め損ねることがあり、どうやらヴォルカノンボールと比べて威力が若干落ちるようである。
 まぁブルーボール……というか、そう系統の魔導自体、他の系統よりも威力が低い。攻撃には向かないのだ。その分、特殊な効果があったり、回復の魔導があったりする。つまり、蒼系統は補助寄りの魔導なのである。

「っと、もう日が昇っているな」

 実験が一段落つき、気づくと辺りが明るくなっていたので、町へと帰還した。


 宿に帰る前に、早朝から開いている旅人用の雑貨屋に足を運び、ロックウルフがドロップした鉱石を売りさばいてジェムストーンをいくつか購入した。
 雑貨屋は品揃え重視の店が多いため、有用品であれば相場で買い取ってくれる。
 ただし買い物をする場合、個人が出している露店に比べるとかなり値が張るので、できれば露店で買ったほうがいい。
 とはいえ、この町の露店市場まで見て回っている時間はないしな。
 店を出て物陰に隠れ、サモンサーバントでアインを呼び出すと、喜び勇んでアインがあらわれた。
 しかしワシの手に握られた十個のジェムストーンを見て、その顔はすぐに絶望の色に変わる。

「や、やっぱりこれだけ……?」
「うむ、これで一日分だぞ」
「あうぅ~……」

 アインが十個のジェムストーンを大事そうに抱えて消えていった。
 いつも騒がしいくせに、今日は静かだったな。省エネのためだろうか。
 うーむ、もう少し食べさせてやるべきだろうか……まぁ、どちらにせよ金を稼ぐ必要がある。今後も狩りを続けるしかあるまい。
 そう考えながら宿へ戻ろうとすると、見知った顔を見つけた。
 昨日出会った獣人の少年たちである。
 残飯を漁っていたのだろうか、各々おのおのが両手に抱えている鍋や壺、大皿の上には、大量の食べ物が盛られていた。
 リーダー格の少年がワシに気づいて、こちらを向いた。

「おっ、にーちゃんじゃねーか! 昨日はさんきゅーなっ!」
「ったく、昨日あれだけ食べさせてやったのに残飯漁りか? あまり感心しないな」
「へへ……でもこの町って色んな食材が揃うからさ、店に出せねーハンパモノとか古くなったモノとか、結構譲ってくれたりするんだぜ? ……シル姉が欲しがってたって言えば」
「欲しがってるのか?」
「だっはっは……シル姉には秘密だぜっ!」

 そう言って鍋から何だかわからない肉を取り出し、ワシに差し出してくる。

「口止めのつもりか?」
「まぁな! よくわからない肉だけど、旨いぜっ!」
「ううむ……」

 少し不安に思いつつも、いいニオイに釣られて謎の肉を口に運ぶ。
 む……鶏肉のような食感だが魚のように身がほぐれていき、まぁ確かに旨い。

「中々旨いではないか。仕方ない、口止めされてやるか」
「気に入ってもらえて良かったぜ。……それより絶対秘密だからなっ!」
「一度した約束は守る。ワシは誰にも言わんさ」
「ふい、助かるぜ……」

 安堵の息を吐く少年の後ろで、ざりと砂を踏む音がする。
 少年が振り向くと、その後ろには握りしめた拳をぷるぷると震わせるシルシュが立っていた。
 微笑むシルシュであるが、それが逆に怖い。

「リ~ゥ~イ~?」
「シル……姉……?」

 怒りに震えるシルシュから逃れようと駆け出した瞬間、リゥイと呼ばれた少年はそのえり首をつかまれた。
 すがるような目でワシを見るリゥイに、くっくっと笑い返す。

「誰にも言わなかっただろう? ワシは、な」
「に、兄ちゃんひでぇ……」

 シルシュに連れ去られるリゥイを見て、ワシはにやりと笑うのであった。


     ◆ ◆ ◆


 ――町外れの教会。
 その礼拝堂で、シルシュが子供たちと共に祈っているのを、ワシは入口近くの壁にもたれて眺めていた。
 シルシュは真剣に祈っているが、子供たちはあくびをしている者も多い。やはり退屈なようである。
 その中には先ほどの獣人の少年リゥイもいる……が、リゥイは完全に眠っていた。
 ついさっき相当怒られたばかりなのに、何というか、強い。
 今日はシルシュに町を案内してもらう予定だったので、ワシは宿には戻らず、そのままこちらで待たせてもらうことにした。
 その旨をクロードに念話で連絡すると、準備したらすぐに行きますと言ってきた。
 あと一時間もすれば来るだろうか。
 いや、ミリィは寝ているだろうし、もう少しかかるかな。
 仮に今すぐここに来たとしても、こんな静かな空間にミリィを置いておいたらすぐに眠ってしまうだろう。
 そんなことを考えているうちに、祈りの時間は終わったようである。
 シルシュがゆっくりと立ち上がり、ワシの方へ歩いてきた。

「お待たせしました」
「構わないさ。どうせ皆が来るまで暇だったのだ」

 ワシがシルシュと話し始めた時である。
 リゥイが立ち上がり、大きく伸びをした。

「っはー! やっと終わったー! 外行こうぜ外っ!」
「わーい!」

 そして子供たちを連れ、外へと駆け出していく。

「もう、走ったら転びますよ!」

 リゥイは平気だと言わんばかりに笑って応えると、目の前の庭で子供たちと遊び始めた。
 元気いっぱいである。

「そういえば大人がいないようだが」
「昔は神父さまがいたのですが、病で……」
「……そうか」

 悪いことを聞いてしまったな。
 だがシルシュはさして気にしていない様子で、話を続ける。

「実は私も幼い頃、神父さまに拾われて育てられたのです。その恩返しというわけでもないのですが、今度は私が子供たちの面倒を見ようと……中々上手くいきませんけどね」

 そう言って、大きなため息をつくシルシュ。
 確かに、わんぱく坊主どもの相手をするのは大変そうである。

「それでも、元気に育っているではないか」
「……ええ、本当に」

 シルシュは嬉しそうに、慈愛に満ちた表情で微笑んだ。
 なんだかんだ言っても、子供たちのことを大事に思っているのだろうな。

「あっ」

 不意にシルシュが声を上げる。
 一人の子供が転んだのだ。その子供はうずくまったまま、ぐすぐすと泣き始めた。
 リゥイも一緒にいるが、泣いている様子を見つめたまま手を貸そうとしない。

「大変……!」

 シルシュは転んだ子供に駆け寄ろうとしたが、それをさせまいとリゥイがシルシュの前に立ち塞がった。

「シル姉やめろって。こんなもん大したことねーよ」
「でも可哀想じゃない……」
「だからって甘やかしてちゃ、こいつのためにもならねーんだぜ?」
「この子はまだ小さいのよ! もうっ、リゥイはあっちへ行ってなさい!」

 シルシュが怒ると、リゥイはむすっとしたような顔でそっぽを向いた。

「あー行くよっ! おいみんな、あっちで遊ぼうぜー」

 そして子供たちを連れ、離れて行ってしまった。
 ……うむ、確かに中々大変そうである。

「んもう、リゥイったら……」

 シルシュはしばし頬を膨らませていたが、しゃがみ込んで足元に生えている草を採った。
 あれは傷薬に使う薬草か。
 よく見ると、庭のあちこちにまとまって生えている。教会で育てているのだろう。
 子供の傷口に塗るのだろうと思っていたのだが、シルシュはその薬草を口にくわえた。
 そして胸の前で両手を組み、祈るような姿勢で目を閉じる。
 すると、次第にシルシュの咥えた葉に魔力が集まっていく。
 これは……!?

「エリクシル……!」

 言葉と共に、シルシュは少年の足に光る葉を載せた。
 すると、少年の足の傷がみるみるうちに癒えていくではないか。
 ……あれは固有魔導か?
 能力を確認すべく、シルシュにスカウトスコープを念じる。


 シルシュ=オンスロート
 レベル2
 魔導レベル
  緋: 0/21
  蒼: 3/42
  翠: 2/51
  空: 0/12
  魄: 2/39
 魔力値
  6/52


 冒険者ではないせいか、レベルが低いな。
 所持魔導には、エリクシルと刻まれていた。
 やはり固有魔導か。
 シルシュはこれしか魔導を所持していない。
 にもかかわらず、そうすいはくの魔導値が上がっているということは、恐らくエリクシルが三系統を使う魔導なのであろう。
 固有魔導は術者の個性が色濃く出る。一系統の魔導だけでは表現できず、複数の系統になる場合も多い。エリクシルとやらも、そうに違いない。
 シルシュのそばに行き、詳しい話を聞いてみることにした。

「今のは何だ?」
「えぇと……神父さまに聞いた話では固有魔導とか言うものらしいです。物心ついた時から使えたので、私もよくわからないのですが……」

 ふむ、恐らくシルシュは天性の魔導師なのだろう。
 育った環境や本人の資質により最初から魔導の才能を持つ者はたまにいるが、その上、固有魔導も所持しているのか。かなりのレアケースである。

「しかしリゥイの言う通り、あの程度の傷では回復魔導を使うまでもないだろう。少し過保護なのではないか? それこそめておけば治るぞ」
「う~ん……でもやっぱり可哀想じゃないですか……」
「優しいのと甘やかすのは、違うと思うがな」
「うぅ……」

 シルシュに注意していると、リゥイが遠くからこちらを見てニヤニヤ笑っていた。
 どうやらワシらの会話を聞いていたらしい。

「兄ちゃんいいこと言うねぇ! だから言ってるだろ? シル姉は甘いんだって」
「い、いいからあっちで遊んでいなさいっ!」
「へいへーい」

 真っ赤になって叫ぶシルシュに気のない返事をし、リゥイは子供たちとまた遊び始めたのであった。


     ◆ ◆ ◆
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