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4巻
4-2
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店員が運んできた料理に手を伸ばしつつ、コップに口をつけるシルシュに尋ねる。
「ところでシルシュ、あの子らを追わなくてもいいのか? 探していたのだろう?」
「いえ、それよりまずあなた方にお礼をしなければ……ご迷惑をおかけしましたし」
「ん~、でももう暗くなり始めてるし……もぐもぐ……町の案内は明日でもいいんじゃない?」
「レディアさん、行儀悪いですよ。もう……」
食事を口に含んだまま喋るレディアに、クロードが注意をしている。
それを見てくすくすと笑うシルシュ。
「皆さまは冒険者の方ですか?」
「あぁ、東の大陸から来た。今日着いたばかりなのだ」
「東の大陸とはまた遠くからいらしたのですね……それでは泊まるところなどは……あ、よろしけばウチの教会にでもっ!」
シルシュは身を乗り出して、いいことを思いついたとばかりに両手を胸の前で合わせている。
「宿は取ってきたから大丈夫だよん」
「そ、そうですか……」
レディアの返事に、あからさまにしょんぼりするシルシュ。
そこまで子供たちに飯を奢ってもらったことを気にしているのだろうか。律儀なことだ。
「シルシュ、そんなに気にすることはないぞ」
「いえっ! そういうわけには……!」
「……ねぇシルシュさん、食べないの?」
ミリィの突っ込みに、ぴくりと反応するシルシュ。
そういえばさっきから水しか飲んでない。
「いえ、私は何も頼んでないですし! それにお腹も空いてないですしっ!」
シルシュは両手をぱたぱたと振っているが、その目はワシの持つ骨付き肉に釘づけだ。
口から涎が垂れているし、とどめにきゅるると腹の音が聞こえた。
真っ赤になって俯くシルシュに、骨付き肉を差し出す。
「食べるか?」
シルシュの白い喉がこくりと鳴った。
腹を空かせた子供たちの面倒を見ているのだ。自分も相応に空腹なのだろう。
「いえいえっ! そのような施しを受けるわけには……むぐっ!?」
シルシュが口を開けた瞬間、その小さな口にワシは太い骨付き肉を突き入れた。
薄紅色の唇を肉汁が伝っていく。
驚いて目を丸くしていたシルシュは、肉を食べるのが余程久しぶりなのか、その顔をとろけさせていた。
「旨いだろう?」
意地悪く問うと、もごもごと何とも言えぬ表情で応えるシルシュ。
口の中が一杯で何を言ってるのかわからないが、その顔を見れば言いたいことは理解できる。
シルシュは一心不乱にかぶりつき、すぐに食べ尽くしてしまった。
きれいに骨だけになったそれを、名残惜しそうに口から糸を引きながら離す。
「ふはぁ……」
うっとりとため息をつくシルシュに、皆も若干引いている。
余程腹が減っていたのか、その後も差し出されるまま肉を頬張るシルシュなのであった。
「……み、見苦しいところを見せてしまって、申し訳ありませんでした……」
結局、シルシュだけで料理の半分を食べてしまった。
なんという食欲。相当空腹だったのだろう。
シルシュはまた申し訳なさそうな顔で、ペコペコとワシらに頭を下げてきた。
「いいっていいって! その分、明日よろしくね♪」
「はいっ! それはもう! 粉骨砕身、最高の町案内をさせていただきますっ!」
気負い過ぎのシルシュを見て、皆はくすくすと笑う。
「そろそろ日が暮れてきたし、宿に戻らない?」
「あ、そうですよね! もう子供たちも教会に帰っている頃ですし」
ミリィの言葉を受け、シルシュは窓から丘の方をちらりと見る。
そこには古びた教会が見えた。
その庭で小さな影が動いている。遠くてよく見えないが、恐らく子供たちであろう。
シルシュは子供たちが戻っていたことに安心しているようだ。
なんだかんだ言っても、心配だったのだな。
ワシらは会計を済ませ、店を出た。
「……シルシュ、明日またよろしく頼む」
「はいっ! ……では失礼します」
「あぁ」
シルシュはぺこりと大きく頭を下げ、凄まじい勢いで教会に駆けて行った。
その様子を苦笑しながら見送っていると、シルシュは途中で石畳の道に躓き、顔面からずっこけた。
ミリィがそれを見て、ぷっと噴き出す。
「面白い人ね、ゼフ」
「そうだな、シルシュの道案内、少し不安ではあるが」
「ボクは違う意味で不安なのですが……」
「あっはは! もうここまで来たら気にしないほうが楽だよ、クロちゃん♪」
クロードが諦めたような顔でため息をつき、それをレディアが後ろから抱きすくめる。
ミリィもジト目でワシを睨みつけてきた。
……何だというのだ、一体。
◆ ◆ ◆
シルシュを見送り宿に帰ると、客室に案内された。
そこそこ広い部屋で大きなベッドが四つある。やはり昨日まで寝泊まりしていた船室とはえらい違いだ。
それはまぁ、それでいいのだが……
「……何故ワシまで同じ部屋なのだ?」
「え? だめだった?」
「ダメに決まっているだろうが!」
レディアはとぼけた顔で聞き返した。
確かに船は部屋数が少なく、そのせいで通常の宿よりも部屋代が割高だったため、皆が一室で寝泊まりするのも仕方がなかった。
しかし、普通の宿屋であれば、どう考えても分けるべきだろう。
「ん~、だってこっちのが色々便利じゃない? 魔力線だっけ? アレの時とかさ。効率的じゃん?」
む、そう言われればそうかもしれない。
ワシはレディアやクロードの魔力線――体内に巡らされた魔力の通る線――を弄り、彼女たちの魔導の力を鍛えている。
その作業を考えると、同じ部屋のほうが都合がよい。
ミリィたちはワシから見れば子供のようなものだし、皆が構わないというならこちらが反対する理由もない。部屋代も浮くし……だがなぁ……
「いいんじゃない? ゼフなら変なことはしないでしょうし。ね、クロード」
「ぼ……ボクはその……別に……」
赤い顔でワシの方をちらりと見てくるクロード。
ワシと目が合うと、さっと視線を逸らした。
「いいでしょ、ゼフ?」
「ま、ワシは構わんがな……」
結局、同室になってしまった。
ワシはため息を吐いて、ベッドに腰を下ろす。
ここに長く留まるわけではないし、この町にいる間は構わんか。
ただ、ワシは毎日深夜に狩りに出かける。物音で起こしてしまっては悪いので、その時はこっそり行くとしよう。
そんなことを考えていると、レディアがうーんと大きく伸びをした。
「さーってと! お風呂にでも入りましょうかぁ!」
「そうですね、船の中ではお風呂に入れませんでしたから、身体がベトベトです」
「覗いちゃダメよ! ゼフ!」
「誰が覗くか馬鹿者」
ばたばたと慌ただしく部屋を出ていく三人を見送り、ベッドで一息つくと、ふと思い出した。
……そういえばアインの奴、しばらく出てきていないな。
アインは、サモンサーバントの魔導で召喚できる、ワシの使い魔だ。
まぁ、召喚せずとも勝手に出てくることもあるが。
あいつの食料であるジェムストーンがないから、出てこられないのだろうか。
船上でのクラーケンとの戦いで、すべて使い果たしてしまったからな。
「ちょっと呼んでみるか」
心配になりサモンサーバントを念じてみるが、うんともすんとも言わない。
……これはまずいかもしれない。ジェムストーンがないと召喚はできないものの、普段なら気配くらいは感じられるのだがな。
ミリィの袋を開けてジェムストーンを拝借し、再度サモンサーバントを念じる。
すると、光と共にアインがあらわれた。
「うぅ……」
姿を見せたことにワシがほっとしたのも束の間、アインは目を瞑ったままワシの上に倒れ込んできた。
アインを抱き起こして顔を覗きこむと、いつもの快活さはなく、げっそりとやせ細っている。
「おいアイン? おいっ! 大丈夫か!?」
肩を揺すると、小さな口がぴくりと動く。
「う……おじい……ごはん……」
その小さな口から漏れたのは、食事の催促の言葉であった。
思わず安堵の息を吐く。
しかし、アインには悪いことをしてしまったな。
使い魔は、もともと異界に存在する形を持たない生命体。サモンサーバントの魔導を使うと、その体が術者の魔力で具現化し、使い魔となってあらわれるのだ。
具現化した時から使い魔と術者の間にはリンクが生じ、術者は魔力体となった使い魔に、召喚中は常に魔力を供給し続ける必要がある。
魔力供給の方法は使い魔の個体によって違うのだが、アインの場合はジェムストーンを介してワシの魔力を得ていたようだ。
魔力供給をしなければ、使い魔とのリンクが切れてしまう。もしリンクが切れてしまったら、サモンサーバントを使っても同じ使い魔が出てくるとは限らない。
たとえ同じ相手とリンクしたとしても、その時の使い魔の状態で、具現化される姿かたちは変化する。
リンク切れを利用して何度も召喚をやり直し、使い魔やその容姿を「選別」したりもするようだが……アインの能力はかなり有用だし、ここまで育てたので情もある。今さらそんなことはやりたくない。これから気をつけてやろう。
「今ジェムストーンを買ってくる。もう少し我慢しろよ」
「う……ん……」
ワシはすぐさま夜の町に繰り出し、雑貨屋で百個程ジェムストーンを買った。
路地裏に隠れ、もう一度サモンサーバントを念じる。
じゃらりと手掴みで差し出したそれを、アインは無我夢中で口に入れ、ポリポリと食べていった。
そのたびに、アインの身体に魔力が満ちていくのを感じる。次第に顔色も良くなってきたようだ。
「おい、あまり急いで食べて、喉に詰まらせるなよ」
「わふぁっふぇるわふぁっふぇるっ!」
何を言ってるかわからないが、元気にはなったらしいので胸をなで下ろす。
「すまないな、忘れていたわけではないのだが……」
「わふれふぇひはふへひ! えっはいゆるははいんらふぁらへ!」
そう言ってワシの鼻の頭に指を突きつけてくる。
だから何を言っているのかわからん。
「いいから黙って食べろよ」
コンとアインの額を指で弾くと、アインは言われるまでもないといった様子でワシの手からひょいひょいとジェムストーンを摘まんでいくのであった。
「ふはぁ~お腹いっぱい♪」
しばらくすると、アインはぽんぽんとお腹を押さえて幸せそうに息を吐く。
「悪かったなアイン。今度からはこんなことはないようにするよ」
「そうよっ! 私育ち盛りなんだし、ご飯抜きとか許さないんだからね!」
「わかってるわかってる。ちゃんと毎食食べさせるさ」
鼻息を荒くするアインの頭をぽんぽんと撫でてやると、少しは落ち着いたようである。
「まぁ、と言っても食べ過ぎも良くないだろうし、食事制限はするべきだろう」
「へ?」
さっきまで勝気だったアインの顔は、一気に青ざめた。
「無制限にバクバク食われたらこちらの財布がヤバいしな。それにアイン、時々呼んでもないのに勝手に出てきて食べているのを知っているのだぞ」
「だ、だって、お腹が空くんだもん……」
「とにかく普段は一日十個までだ。神剣アインベルを使った時はその分多く食べさせてやるが」
「そんなぁ~……おじぃ……」
潤んだ大きな瞳で、上目遣いにワシを見るアイン。
ワシの肩に手をかけ、しなだれかかってくる。
どこでそんな芸当を覚えたのか。
だがしかし、ダメなものはダメである。
ワシが首を振ると、アインは絶望に満ちた表情で光と共に消えていくのだった。
◆ ◆ ◆
宿に戻ると、ミリィたちは風呂から上がっていた。
三人とも寝間着に着替え、濡れた髪を櫛で梳かしている。
その中心には、ミリィが生み出したと思われるレッドボールがふわふわと浮いていた。
あれで髪を乾かしているのだろう。
ミリィがやると何となく怖い。部屋に火をつけるなよ。
ワシに気づいたクロードが声をかけてくる。
「お帰りなさい、ゼフ君」
「どこ行ってたのよ、も~っ」
「ちょっとな」
自分のベッドに腰かけて三人を見ると、風呂上がりで身体が火照っているのか、皆赤い顔をしている。
まだ暑いらしく、服をはだけさせ、髪の毛も頬に張りついていた。
長風呂だったのだな、これは。
しかしこうして三人並ぶと……
「……まだまだだな、ミリィは」
「なぁっ!?」
すっとんきょうな声を上げ、ミリィは小さな手で小さな胸を覆い隠す。
それと共に宙を浮いていたレッドボールが、ぐらりと揺れた。
おい危ないだろ。
ワシは即座にブルーボールをぶつけて相殺した。
「そういうところが子供なのだよ」
「むぅっ! ゼフのばかっ!」
ミリィが頬を膨らませこちらを睨み、その様子をクロードとレディアが見て笑っている。
「ゼフ君は意地悪ですよね」
「そんなんだから、ミリィちゃんが素直になれないのよね~……ていっ♪」
そう言ってレディアはミリィの両肩を背中側から掴み、ベッドに倒した。
「ちょ……レディアっ!?」
「大人しくしてください、ミリィさん」
バタバタと暴れる足をクロードが押さえつけ、それでも抵抗しようとするミリィの服を、レディアがめくり上げていく。
瞬く間に衣服は肩のあたりまで上がり、ミリィの小さな背中が露になった。
ミリィは横目で二人を恨めしそうに睨んでいたが、今は観念したように枕に顔を埋めている。
「はいっどーぞ、ゼフっち♪」
ミリィを押さえつけたレディアが、心底楽しそうな顔で言う。
「どーぞとか言われても……わけがわからんぞ?」
「ほらミリィさん、ちゃんとお願いしないと」
クロードが、枕に突っ伏しているミリィに促す。
話についていけないワシと、対照的にすごく楽しそうなクロードとレディア。
そしてだんまりを決め込んで、動かないミリィ。
一体どういう状況だ、これは。
痺れを切らしたクロードが説明を始める。
「実はですね、さっきミリィさんと話したんですけど……」
「わーっ! もーだめっ! クロードっ! 私が言うからっ!」
……ミリィはクロードを制し、ワシの方をちらりと見た。
余程恥ずかしいのか、その顔は真っ赤に染まっている。
ミリィの口が小さく動き、ゴニョゴニョと何か言っているが、聞こえない。
「何だ? 言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「……の……てっ……」
「聞こえんぞミリィ」
「~~~~っ!」
ミリィの言いたいことは何となく察しがついたが、あえて問いただす。
クロードが意地悪だなぁという顔でこちらを見ていた。
いつもは少し生意気なミリィだが、こうしていると中々可愛らしいではないか。
ぷるぷると肩を震わせながら、ミリィは枕を握りしめた。
「わ……私にも二人と同じこと……して」
ミリィは顔を枕に埋めたまま、今度ははっきりと言葉に出す。
やはりか。クロードとレディアも、やれやれといった感じで笑っている。
「それは構わんが……魔力線の充分発達しているミリィには効果がないぞ?」
「……いいのよっ! ただ私だけ仲間はずれなのが嫌なのっ!」
ミリィの声は少し震えている。
まったく、そんなもの言ってくれればいくらでもしてやるのだがな。
ワシはため息を吐いて、寝そべるミリィの横に腰を下ろした。
「わかったよ。だが恐らく撫でるだけになるぞ?」
「……うん」
俯いて少し笑うミリィ。その小さな背中の中心に、ワシは手をかざす。
目を凝らすと、ミリィの魔力線はやはり相当に太く、身体の隅々まで行きわたっている。優秀な魔導師である証だ。
……どうやら本当に撫でるだけになりそうだな。
まぁ、勇気を出して頼んできたミリィを、無下にするわけにもいくまい。
「行くぞ」
「ん……」
ミリィの魔力線にワシのものを絡ませていくと、ミリィの身体が小刻みに震え始めた。
魔力線に少し魔力を流すと、ミリィは頭を沈める。
そして身体の震えが大きくなり……
「あひゃひゃっ! く、くすぐったいってば! も、だめっ! ひゃふふふっ!」
……いきなり大笑いを始めた。
きょとんとするワシを尻目に、ミリィはずりずりと身体をよじりながらベッドの上の方へ逃げていく。
「ひー……ひー……ごめ……ゼフ……でももうゲンカイ……」
「お前な……」
涙目で笑い転げるミリィ。
自分でしろと言ったくせに、こらえ性のない奴である。
ワシらはそれを見て、呆れ顔でため息を吐くのであった。
結局、ミリィは笑い疲れて寝てしまった。仕方なく、ワシはミリィに布団をかける。
そして、クロード、その後レディアへ魔力線の強化を施すことになった。
クロードの魔力線を弄っている最中、レディアはクロードをじろじろと見ては「うわぁ~」だの「たはぁ~」だの、妙な声を上げていた。
クロードも恥ずかしかったのか、終わるとすぐに布団を被って寝てしまった。
横になったレディアの隣にワシが行くと、レディアはニヤニヤ笑いながら小声で話しかけてきた。
「いやぁ~クロちゃんってさ、なんかえろいよねぇ~」
「……レディアも大概だと思うが」
「え~そっかなぁ~」
真剣に考え込むレディア。
自覚がないのが恐ろしい。
二人に魔力線の強化を行って疲れたので、ワシも床に就いた。
2
早朝、皆が目を覚ます前にベッドから起きた。
折角北の大陸まで来たのだ、どの程度戦えるか試してみたいしな。
出かける用意をしていると、頭の中に声が聞こえてくる。
《ゼフ、聞こえるか?》
《セルベリエ!》
前世のワシの師匠であるセルベリエに連絡しないまま北の大陸へ来たのが心残りだったが、よもやまた話せるとは思わなかった。
セルベリエもワシの返事を聞いて驚いているようだ。
《心配したぞ。ゼフもしかして今、北の大陸にいるのか? 私も偶然ここへ来ていてな。まったく、いきなり念話が通じなくなった時は心配したぞ》
念話は離れすぎると効果を失う。ワシらがベルタの街を出発したために、セルベリエからの念話が届かなくなったのだろう。
《あぁ、その件だが……セルベリエは、ワシの方から念話がかけられないことを知っているか?》
《……?》
無言になるセルベリエ。やはり知らなかったようである。
《円環の水晶を割って、その破片を渡すことで持ち主と念話することができるが、相手に呼びかけることができるのは本体を持つ者だけなのだよ》
《む……そうなのか》
初めて聞いた、といった反応である。
これだからぼっちは。
そのワシの考えを見抜いたかのように、セルベリエは言葉を続けた。
《……言っておくが、私は別にぼっちではない。円環の水晶を使ったことがなかっただけだ》
誰かしらと協力して仕事をするなら、円環の水晶は欠かせない。
つまり、円環の水晶を使ったことがないという時点で、筋金入りのぼっちである。
言わないが。
《……ま、まぁそういうわけで、時々はセルベリエから念話をかけてもらえるとありがたい。渡したいものもあるしな》
《む、別に取りに行っても構わないが》
《いや、今お互いの居場所もわからないだろう。数日すれば首都に着くから、そこで落ち合うほうが効率的だ》
ボス狩り厨のセルベリエは、どうせ首都を拠点にしているのだろうしな。
《なるほど。わかった。私から時々、連絡するとしよう》
《あぁ、ありがとうセルベリエ》
ワシが礼を言うと、少し照れたように笑い、セルベリエは念話を切った。
次会った時にワシの持つ円環の水晶の破片を渡せば、いつでもセルベリエと会話できるな。
まぁ、会うのはもう少し先になりそうだが。
「ところでシルシュ、あの子らを追わなくてもいいのか? 探していたのだろう?」
「いえ、それよりまずあなた方にお礼をしなければ……ご迷惑をおかけしましたし」
「ん~、でももう暗くなり始めてるし……もぐもぐ……町の案内は明日でもいいんじゃない?」
「レディアさん、行儀悪いですよ。もう……」
食事を口に含んだまま喋るレディアに、クロードが注意をしている。
それを見てくすくすと笑うシルシュ。
「皆さまは冒険者の方ですか?」
「あぁ、東の大陸から来た。今日着いたばかりなのだ」
「東の大陸とはまた遠くからいらしたのですね……それでは泊まるところなどは……あ、よろしけばウチの教会にでもっ!」
シルシュは身を乗り出して、いいことを思いついたとばかりに両手を胸の前で合わせている。
「宿は取ってきたから大丈夫だよん」
「そ、そうですか……」
レディアの返事に、あからさまにしょんぼりするシルシュ。
そこまで子供たちに飯を奢ってもらったことを気にしているのだろうか。律儀なことだ。
「シルシュ、そんなに気にすることはないぞ」
「いえっ! そういうわけには……!」
「……ねぇシルシュさん、食べないの?」
ミリィの突っ込みに、ぴくりと反応するシルシュ。
そういえばさっきから水しか飲んでない。
「いえ、私は何も頼んでないですし! それにお腹も空いてないですしっ!」
シルシュは両手をぱたぱたと振っているが、その目はワシの持つ骨付き肉に釘づけだ。
口から涎が垂れているし、とどめにきゅるると腹の音が聞こえた。
真っ赤になって俯くシルシュに、骨付き肉を差し出す。
「食べるか?」
シルシュの白い喉がこくりと鳴った。
腹を空かせた子供たちの面倒を見ているのだ。自分も相応に空腹なのだろう。
「いえいえっ! そのような施しを受けるわけには……むぐっ!?」
シルシュが口を開けた瞬間、その小さな口にワシは太い骨付き肉を突き入れた。
薄紅色の唇を肉汁が伝っていく。
驚いて目を丸くしていたシルシュは、肉を食べるのが余程久しぶりなのか、その顔をとろけさせていた。
「旨いだろう?」
意地悪く問うと、もごもごと何とも言えぬ表情で応えるシルシュ。
口の中が一杯で何を言ってるのかわからないが、その顔を見れば言いたいことは理解できる。
シルシュは一心不乱にかぶりつき、すぐに食べ尽くしてしまった。
きれいに骨だけになったそれを、名残惜しそうに口から糸を引きながら離す。
「ふはぁ……」
うっとりとため息をつくシルシュに、皆も若干引いている。
余程腹が減っていたのか、その後も差し出されるまま肉を頬張るシルシュなのであった。
「……み、見苦しいところを見せてしまって、申し訳ありませんでした……」
結局、シルシュだけで料理の半分を食べてしまった。
なんという食欲。相当空腹だったのだろう。
シルシュはまた申し訳なさそうな顔で、ペコペコとワシらに頭を下げてきた。
「いいっていいって! その分、明日よろしくね♪」
「はいっ! それはもう! 粉骨砕身、最高の町案内をさせていただきますっ!」
気負い過ぎのシルシュを見て、皆はくすくすと笑う。
「そろそろ日が暮れてきたし、宿に戻らない?」
「あ、そうですよね! もう子供たちも教会に帰っている頃ですし」
ミリィの言葉を受け、シルシュは窓から丘の方をちらりと見る。
そこには古びた教会が見えた。
その庭で小さな影が動いている。遠くてよく見えないが、恐らく子供たちであろう。
シルシュは子供たちが戻っていたことに安心しているようだ。
なんだかんだ言っても、心配だったのだな。
ワシらは会計を済ませ、店を出た。
「……シルシュ、明日またよろしく頼む」
「はいっ! ……では失礼します」
「あぁ」
シルシュはぺこりと大きく頭を下げ、凄まじい勢いで教会に駆けて行った。
その様子を苦笑しながら見送っていると、シルシュは途中で石畳の道に躓き、顔面からずっこけた。
ミリィがそれを見て、ぷっと噴き出す。
「面白い人ね、ゼフ」
「そうだな、シルシュの道案内、少し不安ではあるが」
「ボクは違う意味で不安なのですが……」
「あっはは! もうここまで来たら気にしないほうが楽だよ、クロちゃん♪」
クロードが諦めたような顔でため息をつき、それをレディアが後ろから抱きすくめる。
ミリィもジト目でワシを睨みつけてきた。
……何だというのだ、一体。
◆ ◆ ◆
シルシュを見送り宿に帰ると、客室に案内された。
そこそこ広い部屋で大きなベッドが四つある。やはり昨日まで寝泊まりしていた船室とはえらい違いだ。
それはまぁ、それでいいのだが……
「……何故ワシまで同じ部屋なのだ?」
「え? だめだった?」
「ダメに決まっているだろうが!」
レディアはとぼけた顔で聞き返した。
確かに船は部屋数が少なく、そのせいで通常の宿よりも部屋代が割高だったため、皆が一室で寝泊まりするのも仕方がなかった。
しかし、普通の宿屋であれば、どう考えても分けるべきだろう。
「ん~、だってこっちのが色々便利じゃない? 魔力線だっけ? アレの時とかさ。効率的じゃん?」
む、そう言われればそうかもしれない。
ワシはレディアやクロードの魔力線――体内に巡らされた魔力の通る線――を弄り、彼女たちの魔導の力を鍛えている。
その作業を考えると、同じ部屋のほうが都合がよい。
ミリィたちはワシから見れば子供のようなものだし、皆が構わないというならこちらが反対する理由もない。部屋代も浮くし……だがなぁ……
「いいんじゃない? ゼフなら変なことはしないでしょうし。ね、クロード」
「ぼ……ボクはその……別に……」
赤い顔でワシの方をちらりと見てくるクロード。
ワシと目が合うと、さっと視線を逸らした。
「いいでしょ、ゼフ?」
「ま、ワシは構わんがな……」
結局、同室になってしまった。
ワシはため息を吐いて、ベッドに腰を下ろす。
ここに長く留まるわけではないし、この町にいる間は構わんか。
ただ、ワシは毎日深夜に狩りに出かける。物音で起こしてしまっては悪いので、その時はこっそり行くとしよう。
そんなことを考えていると、レディアがうーんと大きく伸びをした。
「さーってと! お風呂にでも入りましょうかぁ!」
「そうですね、船の中ではお風呂に入れませんでしたから、身体がベトベトです」
「覗いちゃダメよ! ゼフ!」
「誰が覗くか馬鹿者」
ばたばたと慌ただしく部屋を出ていく三人を見送り、ベッドで一息つくと、ふと思い出した。
……そういえばアインの奴、しばらく出てきていないな。
アインは、サモンサーバントの魔導で召喚できる、ワシの使い魔だ。
まぁ、召喚せずとも勝手に出てくることもあるが。
あいつの食料であるジェムストーンがないから、出てこられないのだろうか。
船上でのクラーケンとの戦いで、すべて使い果たしてしまったからな。
「ちょっと呼んでみるか」
心配になりサモンサーバントを念じてみるが、うんともすんとも言わない。
……これはまずいかもしれない。ジェムストーンがないと召喚はできないものの、普段なら気配くらいは感じられるのだがな。
ミリィの袋を開けてジェムストーンを拝借し、再度サモンサーバントを念じる。
すると、光と共にアインがあらわれた。
「うぅ……」
姿を見せたことにワシがほっとしたのも束の間、アインは目を瞑ったままワシの上に倒れ込んできた。
アインを抱き起こして顔を覗きこむと、いつもの快活さはなく、げっそりとやせ細っている。
「おいアイン? おいっ! 大丈夫か!?」
肩を揺すると、小さな口がぴくりと動く。
「う……おじい……ごはん……」
その小さな口から漏れたのは、食事の催促の言葉であった。
思わず安堵の息を吐く。
しかし、アインには悪いことをしてしまったな。
使い魔は、もともと異界に存在する形を持たない生命体。サモンサーバントの魔導を使うと、その体が術者の魔力で具現化し、使い魔となってあらわれるのだ。
具現化した時から使い魔と術者の間にはリンクが生じ、術者は魔力体となった使い魔に、召喚中は常に魔力を供給し続ける必要がある。
魔力供給の方法は使い魔の個体によって違うのだが、アインの場合はジェムストーンを介してワシの魔力を得ていたようだ。
魔力供給をしなければ、使い魔とのリンクが切れてしまう。もしリンクが切れてしまったら、サモンサーバントを使っても同じ使い魔が出てくるとは限らない。
たとえ同じ相手とリンクしたとしても、その時の使い魔の状態で、具現化される姿かたちは変化する。
リンク切れを利用して何度も召喚をやり直し、使い魔やその容姿を「選別」したりもするようだが……アインの能力はかなり有用だし、ここまで育てたので情もある。今さらそんなことはやりたくない。これから気をつけてやろう。
「今ジェムストーンを買ってくる。もう少し我慢しろよ」
「う……ん……」
ワシはすぐさま夜の町に繰り出し、雑貨屋で百個程ジェムストーンを買った。
路地裏に隠れ、もう一度サモンサーバントを念じる。
じゃらりと手掴みで差し出したそれを、アインは無我夢中で口に入れ、ポリポリと食べていった。
そのたびに、アインの身体に魔力が満ちていくのを感じる。次第に顔色も良くなってきたようだ。
「おい、あまり急いで食べて、喉に詰まらせるなよ」
「わふぁっふぇるわふぁっふぇるっ!」
何を言ってるかわからないが、元気にはなったらしいので胸をなで下ろす。
「すまないな、忘れていたわけではないのだが……」
「わふれふぇひはふへひ! えっはいゆるははいんらふぁらへ!」
そう言ってワシの鼻の頭に指を突きつけてくる。
だから何を言っているのかわからん。
「いいから黙って食べろよ」
コンとアインの額を指で弾くと、アインは言われるまでもないといった様子でワシの手からひょいひょいとジェムストーンを摘まんでいくのであった。
「ふはぁ~お腹いっぱい♪」
しばらくすると、アインはぽんぽんとお腹を押さえて幸せそうに息を吐く。
「悪かったなアイン。今度からはこんなことはないようにするよ」
「そうよっ! 私育ち盛りなんだし、ご飯抜きとか許さないんだからね!」
「わかってるわかってる。ちゃんと毎食食べさせるさ」
鼻息を荒くするアインの頭をぽんぽんと撫でてやると、少しは落ち着いたようである。
「まぁ、と言っても食べ過ぎも良くないだろうし、食事制限はするべきだろう」
「へ?」
さっきまで勝気だったアインの顔は、一気に青ざめた。
「無制限にバクバク食われたらこちらの財布がヤバいしな。それにアイン、時々呼んでもないのに勝手に出てきて食べているのを知っているのだぞ」
「だ、だって、お腹が空くんだもん……」
「とにかく普段は一日十個までだ。神剣アインベルを使った時はその分多く食べさせてやるが」
「そんなぁ~……おじぃ……」
潤んだ大きな瞳で、上目遣いにワシを見るアイン。
ワシの肩に手をかけ、しなだれかかってくる。
どこでそんな芸当を覚えたのか。
だがしかし、ダメなものはダメである。
ワシが首を振ると、アインは絶望に満ちた表情で光と共に消えていくのだった。
◆ ◆ ◆
宿に戻ると、ミリィたちは風呂から上がっていた。
三人とも寝間着に着替え、濡れた髪を櫛で梳かしている。
その中心には、ミリィが生み出したと思われるレッドボールがふわふわと浮いていた。
あれで髪を乾かしているのだろう。
ミリィがやると何となく怖い。部屋に火をつけるなよ。
ワシに気づいたクロードが声をかけてくる。
「お帰りなさい、ゼフ君」
「どこ行ってたのよ、も~っ」
「ちょっとな」
自分のベッドに腰かけて三人を見ると、風呂上がりで身体が火照っているのか、皆赤い顔をしている。
まだ暑いらしく、服をはだけさせ、髪の毛も頬に張りついていた。
長風呂だったのだな、これは。
しかしこうして三人並ぶと……
「……まだまだだな、ミリィは」
「なぁっ!?」
すっとんきょうな声を上げ、ミリィは小さな手で小さな胸を覆い隠す。
それと共に宙を浮いていたレッドボールが、ぐらりと揺れた。
おい危ないだろ。
ワシは即座にブルーボールをぶつけて相殺した。
「そういうところが子供なのだよ」
「むぅっ! ゼフのばかっ!」
ミリィが頬を膨らませこちらを睨み、その様子をクロードとレディアが見て笑っている。
「ゼフ君は意地悪ですよね」
「そんなんだから、ミリィちゃんが素直になれないのよね~……ていっ♪」
そう言ってレディアはミリィの両肩を背中側から掴み、ベッドに倒した。
「ちょ……レディアっ!?」
「大人しくしてください、ミリィさん」
バタバタと暴れる足をクロードが押さえつけ、それでも抵抗しようとするミリィの服を、レディアがめくり上げていく。
瞬く間に衣服は肩のあたりまで上がり、ミリィの小さな背中が露になった。
ミリィは横目で二人を恨めしそうに睨んでいたが、今は観念したように枕に顔を埋めている。
「はいっどーぞ、ゼフっち♪」
ミリィを押さえつけたレディアが、心底楽しそうな顔で言う。
「どーぞとか言われても……わけがわからんぞ?」
「ほらミリィさん、ちゃんとお願いしないと」
クロードが、枕に突っ伏しているミリィに促す。
話についていけないワシと、対照的にすごく楽しそうなクロードとレディア。
そしてだんまりを決め込んで、動かないミリィ。
一体どういう状況だ、これは。
痺れを切らしたクロードが説明を始める。
「実はですね、さっきミリィさんと話したんですけど……」
「わーっ! もーだめっ! クロードっ! 私が言うからっ!」
……ミリィはクロードを制し、ワシの方をちらりと見た。
余程恥ずかしいのか、その顔は真っ赤に染まっている。
ミリィの口が小さく動き、ゴニョゴニョと何か言っているが、聞こえない。
「何だ? 言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」
「……の……てっ……」
「聞こえんぞミリィ」
「~~~~っ!」
ミリィの言いたいことは何となく察しがついたが、あえて問いただす。
クロードが意地悪だなぁという顔でこちらを見ていた。
いつもは少し生意気なミリィだが、こうしていると中々可愛らしいではないか。
ぷるぷると肩を震わせながら、ミリィは枕を握りしめた。
「わ……私にも二人と同じこと……して」
ミリィは顔を枕に埋めたまま、今度ははっきりと言葉に出す。
やはりか。クロードとレディアも、やれやれといった感じで笑っている。
「それは構わんが……魔力線の充分発達しているミリィには効果がないぞ?」
「……いいのよっ! ただ私だけ仲間はずれなのが嫌なのっ!」
ミリィの声は少し震えている。
まったく、そんなもの言ってくれればいくらでもしてやるのだがな。
ワシはため息を吐いて、寝そべるミリィの横に腰を下ろした。
「わかったよ。だが恐らく撫でるだけになるぞ?」
「……うん」
俯いて少し笑うミリィ。その小さな背中の中心に、ワシは手をかざす。
目を凝らすと、ミリィの魔力線はやはり相当に太く、身体の隅々まで行きわたっている。優秀な魔導師である証だ。
……どうやら本当に撫でるだけになりそうだな。
まぁ、勇気を出して頼んできたミリィを、無下にするわけにもいくまい。
「行くぞ」
「ん……」
ミリィの魔力線にワシのものを絡ませていくと、ミリィの身体が小刻みに震え始めた。
魔力線に少し魔力を流すと、ミリィは頭を沈める。
そして身体の震えが大きくなり……
「あひゃひゃっ! く、くすぐったいってば! も、だめっ! ひゃふふふっ!」
……いきなり大笑いを始めた。
きょとんとするワシを尻目に、ミリィはずりずりと身体をよじりながらベッドの上の方へ逃げていく。
「ひー……ひー……ごめ……ゼフ……でももうゲンカイ……」
「お前な……」
涙目で笑い転げるミリィ。
自分でしろと言ったくせに、こらえ性のない奴である。
ワシらはそれを見て、呆れ顔でため息を吐くのであった。
結局、ミリィは笑い疲れて寝てしまった。仕方なく、ワシはミリィに布団をかける。
そして、クロード、その後レディアへ魔力線の強化を施すことになった。
クロードの魔力線を弄っている最中、レディアはクロードをじろじろと見ては「うわぁ~」だの「たはぁ~」だの、妙な声を上げていた。
クロードも恥ずかしかったのか、終わるとすぐに布団を被って寝てしまった。
横になったレディアの隣にワシが行くと、レディアはニヤニヤ笑いながら小声で話しかけてきた。
「いやぁ~クロちゃんってさ、なんかえろいよねぇ~」
「……レディアも大概だと思うが」
「え~そっかなぁ~」
真剣に考え込むレディア。
自覚がないのが恐ろしい。
二人に魔力線の強化を行って疲れたので、ワシも床に就いた。
2
早朝、皆が目を覚ます前にベッドから起きた。
折角北の大陸まで来たのだ、どの程度戦えるか試してみたいしな。
出かける用意をしていると、頭の中に声が聞こえてくる。
《ゼフ、聞こえるか?》
《セルベリエ!》
前世のワシの師匠であるセルベリエに連絡しないまま北の大陸へ来たのが心残りだったが、よもやまた話せるとは思わなかった。
セルベリエもワシの返事を聞いて驚いているようだ。
《心配したぞ。ゼフもしかして今、北の大陸にいるのか? 私も偶然ここへ来ていてな。まったく、いきなり念話が通じなくなった時は心配したぞ》
念話は離れすぎると効果を失う。ワシらがベルタの街を出発したために、セルベリエからの念話が届かなくなったのだろう。
《あぁ、その件だが……セルベリエは、ワシの方から念話がかけられないことを知っているか?》
《……?》
無言になるセルベリエ。やはり知らなかったようである。
《円環の水晶を割って、その破片を渡すことで持ち主と念話することができるが、相手に呼びかけることができるのは本体を持つ者だけなのだよ》
《む……そうなのか》
初めて聞いた、といった反応である。
これだからぼっちは。
そのワシの考えを見抜いたかのように、セルベリエは言葉を続けた。
《……言っておくが、私は別にぼっちではない。円環の水晶を使ったことがなかっただけだ》
誰かしらと協力して仕事をするなら、円環の水晶は欠かせない。
つまり、円環の水晶を使ったことがないという時点で、筋金入りのぼっちである。
言わないが。
《……ま、まぁそういうわけで、時々はセルベリエから念話をかけてもらえるとありがたい。渡したいものもあるしな》
《む、別に取りに行っても構わないが》
《いや、今お互いの居場所もわからないだろう。数日すれば首都に着くから、そこで落ち合うほうが効率的だ》
ボス狩り厨のセルベリエは、どうせ首都を拠点にしているのだろうしな。
《なるほど。わかった。私から時々、連絡するとしよう》
《あぁ、ありがとうセルベリエ》
ワシが礼を言うと、少し照れたように笑い、セルベリエは念話を切った。
次会った時にワシの持つ円環の水晶の破片を渡せば、いつでもセルベリエと会話できるな。
まぁ、会うのはもう少し先になりそうだが。
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