154 / 208
連載
295 外の世界へ⑧
しおりを挟む「ゼフさん、釣りをしませんか?」
いつものように戦闘待機していると、シルシュが釣竿を三本持ってきた。
今日はワシとセルベリエ、シルシュのチームだ。
釣竿を持ったシルシュは上機嫌で、尻尾をパタパタと振っている。
「嬉しそうだな」
「ふふふ、実は私、釣りが好きなんですよ」
そういえばシルシュの奴、たまに釣竿を持って出かけていた気がするな。
まぁワシは構わんのだが……セルベリエが鋭い目でシルシュを睨む。
「サボリは感心しないな。今は戦闘待機中だろう」
「これはそのぅ……し、食料の補充を頼まれましてですね! だからあの、大丈夫……なのではないでしょうか……?」
猛禽のようなセルベリエの目に、シルシュは完全にビビっている。
どうもシルシュはセルベリエの事が苦手な節がある。そろそろ慣れてほしいものだが。
「拙者が頼んだのでござりますよ」
突如現れる気配に、思わず身構える。
サルトビの変装した姿、さっちゃんだ。
そういえばこの船に乗り込むとか言っていたな。
「長旅ですので出来るだけ食料は現地調達したいのでござります」
「な、なるほど……」
「了解しました、ししょ……むぐっ!」
「お願いするでござりますね、シルシュさん」
シルシュの口を塞ぎ、にっこりと笑うサルトビ。
おいおいそんな迫力を出していたら変装した意味がないぞ。
「釣りか……だが私はやった事がないぞ」
「大丈夫でござりますよ、シルシュさんは釣り上手です。教えてもらうと良いでござりましょう」
「しかし見張りが……」
「まぁいいのではないか? さっちゃんの言う事にも一理あるしな」
「……ゼフがそう言うなら」
少々不満そうではあるが、セルベリエも承諾してくれた。
シルシュと一緒に釣りでもさせれば、少しは苦手意識もなくなるかもしれない。
「ではお願いするでござります。釣ってきた魚は美味しく調理させていただきますので」
ニコリと笑い、さっちゃんはくるくると器用に包丁を振るいながら去っていくのだった。
ずっと変装しておくなど窮屈そうだと思っていたが、案外ノリノリである。
「しかし釣りか……懐かしいな」
昔、船でクロードに教えて貰ったっけか。
あの時は二人で大物を釣り上げたもんだ。
どれ久しぶりにやってみるとするか。
用意していると、セルベリエが何やら竿をもぞもぞと弄っている。
「……これ、どうすればいいんだ?」
どうやらセルベリエは釣りをした事が無いらしい。
ワシが教えてやるのは簡単だが……ふむ。
「シルシュ、教えてやれ」
「ふえっ!?」
「さっちゃんもそう言っていたではないか」
「うぅ……で、でもぅ……」
「私からも、頼む」
セルベリエが怯えるシルシュをじっと見つめると、ぶるりと尻尾を震わせた。
だからビビらせるのはやめろ、セルベリエ。
「わ、わかりました……えと、まずは竿に糸を通してですね……」
「む……こうか」
「そうそう、そんな感じです」
シルシュに教えられ、セルベルエも不器用なりに釣り竿に糸を通していく。
中々教えるのが上手いではないか。
恐らく孤児の子たちに教えていたからだろう。
「ん、いい感じです。あとはエサをつけましょう」
そう言ってシルシュが紙の箱を取り出した。
あ、ちょっと待てシルシュ。
止めようとするが時すでに遅し、箱の中のモノがセルベリエの視界に飛び込む。
「……ッ!?」
うぞうぞと蠢く細長い蟲、蟲、蟲……
蟲たちは、無数の脚を動かしながら、キィキィと顎を軋ませている。
「えいっ♪」
グロテスクなそれをぶちりと半分に千切ったところで、シルシュは気づいた。
セルベリエがワシの後ろに隠れ、ガタガタと震えている事に。
「――――あ、そういえばセルベリエさんは虫が……」
「だだだ……ダメなんだ……むむムシは……」
ワシの肩を握りしめる力の強さが、セルベリエの恐怖を物語っている。
前もダンジョンで動けなくなっていたし、そろそろ克服して欲しいものだが。
「……仕方ありません。これを使ってみますか?」
シルシュが取り出したのは、木で出来た魚にいくつか針が付いたモノ。
あれは確かルアーとかいうやつで、要は疑似餌である。
生餌に比べてテクニックがいるらしいが、虫が苦手なセルベリエにはこれがいいのかもしれない。
「くるくるーっと糸に巻きつけて……出来ましたよ、セルベリエさん」
「……すまない」
申し訳なさそうにシルシュから釣り竿を受けとり、無事仕掛けを海へ投げた。
一息吐くセルベリエを見て、シルシュがくすくすと笑う。
「ふふっ、何だかセルベリエさん、可愛いです」
「……どういう意味だ」
「何でもありませんよ。……では私も―――っ!」
慣れた仕草で仕掛けを投げ入れるシルシュ。
セルベリエと二人、隣に座って色々と教えているようだ。
なんだかんだで少しは仲良くなってくれたのかもしれないな。
その日は殆ど魔物もあらわれる事なく、ワシらはのんびり釣りをして過ごした。
シルシュの釣りの腕前は大したもので、帰る頃には十数匹もの魚を手に入れていた。
「大量です♪」
「うん、大したものだよシルシュ」
「セルベリエさんも、初めてだとは思えないですよ!」
最初は乗り気ではなかったセルべリエだが、すぐに釣りに夢中になっていき、最後の方は結構アタリを引いていた。
虫はやはり苦手なようだが、大分気に入ったようである。……ぼっち遊びだからだろうか。
船員に釣ってきた魚を渡すべく船の中に入ろうとすると、扉が開く。
「おっと……これはこれは、お疲れ様です」
中からあらわれたのは装飾鎧を着た男、セシルである。
同じような鎧を着た部下を数人従え、ワシらを一瞥しフッと笑った。
「ふふ、あぁ失礼。悪気はなかったのですがね。いえいえ、戦闘が出来ずとも食料補給で役に立ってくれるのならそれはそれで、結構な事です」
「は、はぁ……」
困惑し生返事するシルシュ。
やれやれ、ワシらにまで絡んでくるとはな。こいつら暇なのだろうか。
相手にする時間が惜しいし、無視だ。
「行くぞ、シルシュ」
「あう」
シルシュの頭にぽんと手を乗せ、セシルたちを無視して通り過ぎようとする。
「小さな子供の次は汚らしい獣人ですか……」
セシルがそうボソリと呟く。
ぴくんとシルシュの身体が震えた。
「貴様……!」
反射的に、義手をセシルの顔面へと叩き込む。
――――叩き込もうとした瞬間、義手が幾つもの刃に阻まれてしまった。
セシルの部下の仕業である。ギシギシと金属の軋む音が響き、刃の向こうでセシルがニヤリと笑った。
「おやおや、野蛮な事だ。この程度で熱くなっているようでは、ギルドマスターとしての器量も知れようというモノですね」
「そうやって人を煽り、敵を作るのもマスターとして器量がいいとは思えないがな?」
「ふふ、それもそうだ。ここまで怒らせてしまうとは思わなかったのでね。……申し訳ない事をした。非礼を詫びよう」
そう言って頭を下げるセシルだが、口元には笑みを浮かべている。
このクソガキ……いい加減ブチ切れたぞ。
怒りに任せ、義手に魔力を集中させていく。
みしり、と刃が軋み音を上げた次の瞬間、辺りの風が爆発した。
―――ブラッククラッシュ。
発動したのはセルベリエか。ちらりと視線を送ると、セルベリエはわざとらしく目を逸らした。
「うわああああ!?」
「な、何事だっ!」
セシルの部下たちの剣が爆風で巻き上げられ、奴へのガードが消滅する。
しかも丁度いい具合に身体がよろけ、ワシは勢いそのままにセシルの顔面に思いきり拳を叩きこんだ。
「ごぶっ!?」
醜い悲鳴を上げ、セシルは船体に頭を打ちつけそのまま動かなくなった。
打ち所が悪かったのか、白目を剥いて泡を吹いている。気絶してしまったのだろう。
「き、きさま……! セシル様になんてことを!」
「――――あぁすまんすまん。今の風で手が滑ってしまってな。わざとではないのだよ」
「そ、そんな言い訳が――――」
言い終わる前に、威圧の魔導を薄く展開させる。
連中とワシのレベル差は20以上。これだけのレベル差でも相当の息苦しさを感じているだろう。
動けなくなった彼らをおいて、ワシは彼らに背を向けるのだった。
「あ、あの……っ! ありがとうございましたっ!」
部屋に帰る途中、シルシュが小走りでワシらの前に来てぺこりと頭を下げる。
思わずセルベリエを顔を見合わせ、くっくっと笑ってしまう。
「……あれは風のせいだな。ワシらは何もしてないよ」
「そうそう、いたずらな風のせいだ……ふふっ」
笑いながらセルベリエと二人、シルシュの頭を撫でてやる。
俯いたままのシルシュの目がじわりと潤むのが見えた。
「……それでも、うれしかったです」
「こ、こら! ……くっつくな」
「うふふ、いいじゃないですか」
セルベリエに抱きつき、嬉しそうに笑うシルシュを見送るのだった。
しばらくして、ワシの背後に生まれる気配。
暗い船内から影のように現れたのは、さっちゃんだ。
「ふむ、一件落着といったところでござりますかね」
「……あぁ、そうだな」
音もなくワシの隣に立つと、さっちゃんは少し声を低くする。
「ほう、拙者の気配に気づいていたか。やるものでゴザル」
「殺気が漏れていたからな……いつ飛び出すのではないかとヒヤヒヤしたぞ」
「ふん、丁度通りかかってな……全く下衆な輩はどこにでもいるものだ」
さっちゃんの手には小刀が握られていた。
怖いぞさっちゃん。
「拙者も同じ獣人だからな。あぁいう目には何度かあった事がある……だがシルシュはいい仲間に恵まれたでゴザル」
「そうだな。皆もよくしてくれている」
「うむ、これからもシルシュの事を頼むぞ」
そう言うとサルトビはまた暗闇に消えるのであった。
何とも神出鬼没な事である。
0
お気に入りに追加
4,129
あなたにおすすめの小説


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。